抜き打ちテスト
「……」
暫くすると、ビーマンはゆっくりと身体を真っ直ぐに伸ばし出し、首を長くした。それはまるで、野生の動物と間合いを牽制し合った後の緊迫とした名残りに程近く、おれは潮騒を見届けるように目も細くする。月明かりに鳥目は脱して、注視を続けるビーマンと並んでおれは息を合わせたが、そこに人影らしき動くものは見当たらず、端然と並び立つ建物が昼間の喧騒からくる疲労を取り除こうと励む様子があるだけだ。
「オッケー。いい反応だ」
拙速に身を屈ませ、凝然と固まったおれの姿勢をビーマンは満足げに笑いかけ、腰に両手を当てる。
「……おれを試したんですか?」
虚を突くように行われた査定の結果は、ビーマンにとって不足がなかったようで、布に炎を再び点火し、水先案内人としての任を三度与えた。
「屋敷内はもっと慎重になる必要があるけどな」
ビーマンはおれを教え諭す役を自ら課して、窃盗に於ける「いろは」を授けようとしている。公爵の屋敷へ入ろうとしているのも、指導の一環としてビーマンが選んだといえ、迂闊な身の処し方は点数を下げる行為にあたるのだろう。おれは玉のような嘆息をビーマンの目を盗んで落とす。針の筵と呼んで相違ない状況に追いやられたことへの不満であり、物陰を選んで吐いて捨てた。
「予行演習をどうも」
感謝しても仕切れないとやや露骨に頭を下げれば、嫌味が顔を覗かせる。極めて太々しいおれの態度をビーマンは咎めることなく受け入れ、苦笑混じりの息を漏らす。
「いいねー。それでこそ“アニラ”の一員だ」
教典を用いて組織される従順さとは裏腹に、“アニラ”は無法者の集まりにも関わらず、指針とすべき言動や身の振る舞いなどが存在し、明言する野暮な真似はしない。雲を掴むような曖昧としたものを基準に、おれはひたすら試されていた。自らその価値を示し、窃盗集団への加入を促した立場にある為、居心地の悪さをあからさまに露見させることは憚られた。だが、婉曲な言い回しでチクリと針で突くような、小言は吐かせてもらう。
「いくぞ」
道半ばに用意された抜き打ちの査定をみごとに乗り越えて、本分たる屋敷への道筋がビーマンの先導により明朗となる。数える間もなく建物を次々と足場にしていると、壁のように横並びになる影の塊を目前に捉えた。それは、所狭しに肩を寄せ合う木々の群生だということは、白昼にて確認済みではあったが、闇に浸ったそれらは、不気味な存在感を雄弁と語る。
「なかなか迫力があるな」
おれの感覚に狂いはなかった。苦し紛れに笑うビーマンは、屋敷を標的に選んだことを少しだけ後悔しているかのように見えた。それもそのはずだ。金目の物を根こそぎ掠め取ろうとすれば、一夜では足りない機運をそこはかとなく感じている。しかしこれは、おれの立ち回りを見定める為に選ばれた場所。ビーマンの思惑通りにその所作だけに細心の注意を払おう。




