腹に一物
これから先に待つ悪事を見越して、腹を満たすのがビーマンの習慣であった。デザートや軽食、今回のようにわざわざ食事処に出向き、その軽重に従い食事を取る。おれはこの習慣に関して、あまり同意的ではなかった。そもそも、物を掠め取るのに下準備を周到に重ねることは、あらゆる万難を跳ね除ける為の英気を養う行為といえ、凡そ乗り気はしなかった。運ばれてきた料理をパクパクと口の中に運んでいき、急かされるように咀嚼していく様子は卑陋に映り、なかなか手が進まなかった。
「まさか、パンで腹がいっぱいか?」
ビーマンは尽く的外れな見識を披露する。おれにとってそれは体よく乗っかるのに丁度よく、食事を控える建前が期せずして拵えられた。
「普段からあまり食べないせいか、胃が小さくてね」
腹をさする虚飾めいた振る舞いによって、ピーマンの“慧眼”もすっかり肩なしだ。おれの手元にあった皿を引っ張っていき、手の掛かる弟の面倒を見るかのように料理を片付けていく。訳知り顔を浮かべるビーマンは、おれが如何に不憫な環境にあったかを察した気分にあり、水を差すのも悪いと思って閉口した。皿をまっさらにして退店する気持ちよさをおれは未だに知らない。施しを受けるたびに、「見返り」が肥大でいくかのような煩わしさに襲われ、ソワソワと落ち着かない。満足げに退店するビーマンの後ろを肩身を狭くして歩く。根城にする住まいへ戻ると、盗みを働く前の休息をそれぞれ取ることにした。まだここに来てから間もないが、部屋の天井を取り止めもなく見つめるのにも慣れた。徒然と過ごしていると陥りやすい、典型的な自己探求や回顧などとは既に縁を切っており、蝋燭が溶け落ちるまでの間、頭を伽藍にしてひたすら時間を潰した。これは日々の欠かせない所謂、墨守すべきものであり、おれがおれでいる為の地ならしだ。
夜の帳が下りた街は一段と冷え、氷を舐めとったような冷たい夜風に巻かれると、外套に身を包んでも無理がない寒さを享受する。ただし、軽はずみにも外套を翻せば、険しい巡視の対象になりかねない。なるべく後腐れなく窃盗を終えたい気持ちでいたおれは、この寒さを飲み込んで屋敷に飛び込む意気込みを性急ながら、咀嚼した。
「行くぞ」
布に灯した炎を水先案内人として、おれ達は再び、屋上を走り出す。雲間に差し込む月明かりは、森閑なる街の雰囲気によく似合い、吐いた息を白く染め上げそうな寒気の流れを黒い雲の動きから捉えた。このように夜間に外を出歩く者は、すべからく悪事に手を染める者とみなすべきだし、もし仮に鉢合わせてしまえば身包みを剥がされることを覚悟しなければならない。それどころか、命が脅かされる危険も承知するのが、闇が跋扈する夜への常識であった。
故に、ビーマンが突然、手放しに宙へ浮かせたランプ代わりの炎が付いた布を、慌ただしく足の裏に引き寄せて消す動作は、危機感となっておれを襲い、ありもしない茂みを暗闇の中に隠れることにより再現した。閑静な街の風景に溶け込むことに、細心の注意を払う様子が背中越しから感じ取れ、「なんですか?」と間抜けな問いかけをせずに済んだ。




