如何様に
生活の土台となる衣食住に不安がない生活力は、弛緩した余裕を生み出し、物が一つ消えたところで頓着することはない。ビーマンが盗みを働く場所として選んだのは、実に合理的でイルマリンの舌鋒を向けられる筋合いはないはずだ。
「屋上に飛び移れますかね?」
並外れた跳躍力をもってしても、その爵位に相応しい器が広い庭を前に、あえなく墜落する姿が想像に難くない。
「難しいか?」
魔術を覚えたてのおれに能力の如何を問うてくるビーマンは、適切な判断力があるかを試す為に、あえて質問していると分かる。はっきり言って、融通がどこまで利くのか測りかねており、公爵の屋敷へ忍び込むことで精一杯だ。だからといって、踵を返すような真似は落第に比肩し、イルマリンの注進が正しいものとして認識されれば、ビーマンは“アニラ”での立場をなくすはずだ。それは後味が悪く、おいそれと公爵の屋敷へ背中を見せる訳にはいかなかった。おれは苦し紛れに、この街で最も背の高い時計台を指差して言う。
「試しにここからあそこまで飛んでみませんか?」
「……」
盗みに入る手前の算段を明確にして、意思の疎通を図ろうとするおれの提案は、魔術への知識不足がもたらす疑心に収まるはずだ。及び腰を指摘されるような振る舞いとは言えない。しかし、ビーマンの顔色は冴えず、内省的な静けさを纏う。そして、やおら口を開く。
「そうだな。曖昧なことはしないで、確実に屋敷の中に入ることをしよう」
自分の慧眼は間違っていないと踏んで、ビーマンはおれの判断に寄り添った。白昼に行う悪事の算段は、殊更に視線を高くし、屋上の一角を矢のように飛ばさなければ、明るみになることはない。塗炭の悲しみに暮れて天を仰いだり、脇目も振らずに喜ぶようなことがあるならば、目の端にでも捉えられるかもしれない。
「先ずは軽い視察だ」
ビーマンの合図をきっかけに、屋上を足場にする軽やかな身のこなしで駆け出す。地面に落ちるおれ達の影法師が、空を横切る鳥のように颯爽と動く。ビーマンが何食わぬ顔で前進する中、おれは笑み噛み潰しながら、先導するビーマンとの距離間に気を張った。ぎこちなさはあるものの、縁もゆかりもなかった魔術を手足の一部のように扱う現実に胸が高鳴る。
「降りるぞ」
人間の背丈を優に超えた屋敷を囲む鉄格子が目と鼻の先に迫り、おれ達は人流の隙間を縫って石畳へ降り立った。
「これなら、まぁ楽勝か」
屋敷の裸を守るように木々が植えられているが、幹の隙間を縫ってその外観はしっかりとお目見えしている。敷地が広いといえど、一気呵成に走ってしまえば、壁に張り付くことは容易く思えた。窓の一つを侵入場所とし、無数にある死角を利用して息を潜めて、速やかに金目の物をさらう。そんな光景を想像してみたが、魔術の有無に関わらず、蛮勇があれば行えるだろう。それはつまり、魔術を前提とした派手な盗みに数えられず、イルマリンから言下に言われてしまいそうだ。
「俺達は只のコソ泥ではないんだぞ。街を揺るがす窃盗集団なんだ」
このように。




