欝勃と猛然に
疾しさなどまるで感じさせないイシュの後ろ姿に掴み所はなく、不平不満を吐き損ねたスミスが足元の宙を蹴った。惰眠に蝕められた身体は外部の刺激にとりわけ弱く、あの手この手で面倒事を避けるきらいがあり、称賛などの評価を受ける土台は出来ていなかった。回転草とさして変わらぬ風来坊の軽々しさと妙に心が跳ねる感覚を覚えたイシュは、目の前に現れる障害を飛び越える準備があった。
滞りなく自宅に戻れば、絵に描いた怠慢を眼下の床に捉える。イシュは堰を切ったように腰を屈め、齷齪と手を動かし始めた。眠て起きるだけの部屋を快適に過ごそうなどと考える頭の使い方をしてしていない人間が、突如として強迫観念に襲われ、汗を垂らして環境を変えようと励む様は、どこか発作的にも見え、手放しに囃し立てるより不安が先立つ。
「はぁはぁ」
形容し難い高揚感をガソリンに部屋の掃除を貫徹しようと気炎を吐き、手を動かす。正味三十分ほどだろうか。紙に占領されて久しかった床は顔を出すと、鼻先をくすぐる埃の臭いが舞い上がった。イシュは、全ての窓を開けて換気を図る。集めた紙を折り畳んで重ねると、腰の高さまで積み上がり、置き場に困ったイシュは、邪魔にならない隅を選んで清潔感を確保した。
「よしよし」
身の回りの家事など気にも留めず、部屋全体を揺り籠のように扱ってきたイシュが、目障りだからといって没我した掃除は、変調を来したと言っても過言ではない。しかし、良いか悪いかを語るには時期尚早の段階にあり、断言は避けるべきだろう。だがあえて、イシュの状態を言及するならば、「躁鬱」としか言えない。
泥のように寝るには些か、疲労感が足りないように思えたが、イシュはベッドの上でこんこんと思い詰めることなく眠りに入った。街の喧騒をきっかけに起床する目覚めの悪さは、寝入りが遅いイシュの悪癖から来ており、鳥の囀りによって自然と自立し、片付いた部屋の様子を横目にすれば、眠気が瞬く間に尾を引いて、低血圧ぎみな青白い顔は窓から差し込む太陽の光に霧散する。澱みない血の巡りにより、ベッドから跳ね起きることなど造作もなかった。
「……」
とはいえ、有り余る時間を研鑽にあてる殊勝な心掛けとは袂を分かったイシュからすれば、朝のこの時間はただひたすら、漫然と過ごすしかなかった。イシュはふいに、ベッドの下にある隙間へ手を伸ばす。底冷えの冷気が指先に触れ、まるで昆虫の外骨格に触れたかのような驚き加減で手を引いた。それが見知ったローブの感触にも関わらず。




