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腹に巣食う虫

 神の啓蒙より徳を積んだ魔術師は、この都市を守護する存在として全幅の信頼があり、いつ訪れるか分からぬ巨大な足跡に怯えるような気配は、街に根を下ろす住民から一切感じられない。だが、当の魔術師は結界による一時凌ぎが如何に脆いものなのかを、日増しに数が増えていく巨大な影によって実感していた。都市に身を置く魔術師の多くが件の対応に追われ、その留守を任されたイシュはやはり、惰眠を貪る魔術師として汚名を捧げられても文句は言えないだろう。魔術師の代名詞であるローブを羽織らずに街中を闊歩し、風見鶏にも劣らぬ気ままな生活を送るイシュへの当て付けに、ハーキッシュがついて回っているのだとしたら、あまりに生ぬるく、肩無しの気風が伝播している。


 表通りの雑踏に目を覚ますいつもの受動的な幕開けは、イシュが持つ生来の性質に起因し、起き抜けの機嫌の悪さへ紐付けられる。薄い膜のような眠気から脱するまで、空腹感を度外視してベッドの上でうつける。


「……」


 覚醒までの間、身じろぎ一つしないイシュの振る舞いは、雑多に汚れた部屋を生んだ張本人として、お誂え向きだ。足の踏み場に困る無数の紙切れが床へ散らばっていて、超然とそこを歩こうとすれば、足を滑らせて天井を見るハメになる。それを避けるには、水溜りを避けて歩くように爪先を立てて歩く必要があり、ベッドの上で頑なに眠気眼を振り払おうとするのは寧ろ、危機感が働いた結果だと言えるかもしれない。


「はぁ」


 倦怠感を露わにしながら、しっかりと持ち上がった目蓋の動きに合わせて、床の上を摺り足で歩き始め、白波を起こす。逆立った髪の癖は、寝息を立てた向きが一目で分かる酷さを有しており、手櫛すらせずに共用の通路へ出てしまうイシュの座持ちは、忌避して当然の出立ちであった。等間隔に並んだ四枚の窓ガラスから差し込む陽光は、挨拶代わりの欠伸を誘い、イシュはその生理を受け入れる。


 他人の呼気が耳の横を掠める外の賑わいは、潔癖症を標榜せずとも嫌悪感に顔が歪み、人流に従い首を左右へ振る。そんな光景に辟易したイシュが時計台を高台代わりにしたのは、そこまで飛躍した感情とは言えず、ぽつねんと俗世から切り離れようとする姿はヒッピー文化に類した。


「……」


 だがしかし、世俗への関心の薄さと厭世的な立ち回りは、駆け出しの魔術師としては極めて異質だと言っていい。魔術師になるには先ず、その出生が大きく関わり、魔術師の家系でもなければ、魔術について学ぶのは難しい。何故ならば、口頭での教示は神の如き采配となり、「本」という文字の情報を頭に入れることが前提条件となっているからだ。それは、傍若無人なる者を選別する仕組みと捉えて問題なく、この世にバランスをもたらす大きな枷でもあった。


 一握りの人間だけが躍起になって知見を磨いた結果、ローブを羽織るのに至り、故に国からの厚遇は計り知れず、歳を重ねただけ手を抜く工夫というのが生まれる。しかし、イシュは若輩ながら、恩恵を授かるだけ授かり、骨身を惜しまず働く魔術師の甲斐甲斐しさなどそっちのけで、都市の暮らしを謳歌していた。出生から始まる魔術師としての道は、イシュにとって荊と然のみ変わらず、自ら選んで得た立場ではない為、枝についた熟れた果実のような気構えを孕んだ。


「なんだよ、来ないのか」


 イシュは独り、肩透かしを食らっていた。時計台で時間を潰すのに際して、ハーキッシュの登場は街に下りる合図となっていたが、いつまで経ってもやってこない。悪戯なハーキッシュの焦らしを看破しようと何気なく周囲を見渡すものの、いずれの景色にそれらしき影法師は見つからず、尻のむず痒さに何度も座り直した。

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