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忌む

 もはや僕から出る言葉は全て現実に即した情感が伴い、常軌を逸した空間に触れた証として、滝のような汗が額から落ちてくる。


「君はこれから、僕達と同じ目標に向かっていく仲間だ。だから、そんなに疑心暗鬼にならなくてもいい」


 上唇を躊躇いなく持ち上げて、歯茎も剥き出しにする笑みの作り方はまさしく、「満面」と言って差し支えない。言葉では敵対を望んでいないと言いながらも、笑顔は時に威嚇として働くことを知る。


「やめてくれよ。こんな夢みたいな話を受け入れろって?」


 僕は目の前に差し出された手をはたき、やおら立ち上がった。一歩二歩と後ろへ下がりつつ、一挙手一投足につぶさに気を配る。バエルが抱えている腹積りを穿とうと睥睨していれば、切迫した息の吸い方をする中村から声を掛けられる。


「落ち着け、落ち着くんだ」


 それは、窓に鉄格子が取り付けられた部屋から人目を盗んで抜け出してきた病人を諌めるような言葉遣いであった。


「なんだよ……それ」


 僕の態度が如何に常識から乖離しているかを自覚させようと促すその様は、健常者である僕に対して失礼極まりなく、唾棄するのに無理がない。……健常者? 閃くように背筋を走る水滴が、寝間着の隙間を縫って踵まで落ちた。欠落した皮膚の感覚が蘇っていることに顎も落とすと、僕はゆくりなく中村と見合った。


「……」


 目尻に溜まる笑みを見て、ハイタッチを交わすのも吝かではなかった。しかし、僕は早々に悟る。ここは夢想の世界。自分の願望が反映されて然るべきであり、過大な興奮は目覚めた時との落差に軋轢を起こす。


「ハハッ」


 傍目から見れば、とても突飛な感情の発露だったに違いない。皆一様に怪訝な顔付きをし、手放しには近付けない腰の低さもポツポツと窺えた。僕は得意の口笛を鳴らして、如何にも危険な男を演じる。


「いいか? 僕の名前は日浦聡だ。ウァサゴなどという奇天烈な名称はいらない」


 取り巻く環境に影響を受けない飄々とした人間がどのようにして視線を操っているかが、眼前にて繰り広げられる様は壮観だった。


「日浦!」


 見当違いな乱痴気騒ぎだと言いたげな語気の強さを発する中村は、手綱らしきものを意識させ、主導権がどちらにあるかを暗に語ってくる。湯気を吐くのをやめたコーヒーカップの冷めた感覚が手に取るように分かる。空気を読み合う遠回しなやりとりに気焔を吐くなど、現実の中で飽きるほどやってきた。今更興じるまでもない。


「凄いな、全く。こんな出来事に少しでも現実感があるように思えるほど、僕は今弱っている」


 中村が奥歯を噛み締め、真一文字に口を閉じる。「察する」ことは美徳だが、口に出さないことを念頭に置いて強要するのは、「言葉」の責任を放棄した自分の勝手ばかり追いかけた利己的な考えだ。


「中村、君は夢の中でさえ煮え切らないんだな」

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