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気分はまちまち

 皮肉に感謝を述べて、来た道を引き返す。見知らぬ世界で見知らぬ人々の日常に苦悩を頭から浴びるような四苦八苦は、「柱」を冠する悪魔の依代を阿吽の呼吸で引き寄せあった。


「ベレトさん、大変なことになりましたね」


 部屋で一人、悩みの種を咲かせるより、廊下を闊歩し汗の一つでも流す方が健康的であることを俺は知っている。だから、ベレトと鉢合わせた際も些かも驚きはしないし、これから進んでいくであろう獣道を前に、憂いを発露して慰め合うつもりで返事を待った。だが、俺よりも遥かに憮然としたベレトの辛気臭い雰囲気が、見通しを甘く見た楽天的な調子だと貶められた。


「これからだよ。本当に大変なのは」


 ベレトの脅し文句は迫真がこもっており、此方に来てから間もない俺にとって、何よりも説得力があった。


「……」


 バエルから身を守るとはつまり、あの巨大な影から遠ざかる為の方便に変わりなく、事の深刻さを正面から受け止めるベレトは、悪魔の力を備えて尚、太刀打ちできぬ存在であると態度や言葉から把捉できる。


「それほどの相手なのか?」


 俺は魔術の扱いに関してズブの素人ではあったが、世界に影響を及ぼす甚大なる力だと理解している。もし仮に、国を一つ滅ぼすほどの存在が居たとしても、魔術を駆使すれば撥ね付けることなど容易いと腹の底で思っていた。


「君の楽観的な考えが通じているならば、バエルは既に英雄として名を挙げて、私達が呼び出される謂れはなかった」


 世界に出来た傷の後始末に魔術師の藁にもすがる思いで俺達の肩を叩いた。これはれっきとした事実であり、バエルが協力を求めたことから、そぞろに首を縦に振るしかなかった。


「……」


 悲観的な展望をまつ毛に引っ掛けたベレトの重苦しい眼差しが、血溜まりにぽつねんと打ち捨てられた俺の死体を形作る。退廃的な気運に唆されて、泥濘みにハマる感覚に襲われた。このままでは身動き一つ取れぬ深さまで浸かってしまい、垂れ下がる蜘蛛の糸を掴んでも、途中で断ち切れることが容易に想像できた。


「それじゃ」


 これ以上の問答は、下り坂を勢いよく転がるだけのやるせない思いに駆られるだけだ。息苦しさを覚えた俺は、立ち話を切り上げて新鮮な空気を吸いに城の外へ出た。著しく基調に欠けた家の連なりや大気を汚す自動車の排気音がどれだけ息を吸って吐く行為に泥を塗っていたか。木漏れ日を象る葉の群衆が青空の下で一段と生き生きとし、吹き抜ける風を追った先で草花が健やかに揺れる。そんな城の庭で深呼吸をすれば、汚染した血液が気化するかのような気持ち良さに笑みがこぼれた。

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