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水を浴む

「ちょっ、ちょっと待ってくれよ」


 情けない声を発し、今起きている不思議な現象の根っことなる原因につぶさな説明を求める。


「わたしはバエル様の配下として、力を授かっております。今はレラジェさんに地下まで案内するということで、身体の都合を此方に任せて貰っています。決してわたしの手腕ではございませんよ」


 柱の一人であるはずの俺が、バエルの配下一人に手玉に取られる現実を上手く受け止められず、肩を落とした調子をそのままに言葉が溢れた。


「ハハッ……慰めにもならないよ」


 悪魔と侍従関係を結ぶという蠱惑的な響きは、その命が尽きるまで続く一種の呪いのようなものに思え、甚大なる力と引き換えにこき使われる姿が想像に難くない。とはいえ、主人より低位の悪魔を簡単に従わせるほどの力は、俺達からすればなかなかに度し難い。


「まぁまぁ。悪いようにはしませんよ。あくまでもわたしは、バエル様の指示に従うだけの傀儡そのものですから」


 まるで安全は保証されているかのようにアイは言うが、バエルの判断如何で簡単に命が奪われることを暗に言われているようなものだ。俺は見目なき首輪を恨めしく思いながら、階段をつづら折りに降りていく。次第に、冷気がミミズのように顔を出し始め、地下ならではの肌寒さを覚える。


「寒いですよね。だからわたしは、いつも町で身体を洗っていますよ」


 正月どきに賽銭箱へ小銭を放って祈願する程度の験は担ぐが、冷たい水を頭から浴びて身をいつく経験は一度たりともない。


「……」


 水が流れるせせらぎが聞こえて来て、肌に無数の凹凸が隆起する。寒さを嫌った生物としての生理現象である。


「ここです」


 池造りを目指したような石の囲いに、象徴的な噴水を模した石の突端から、水が逆立つほどの勢いでこんこんと湧いて、細かい飛沫が顔を打った。アイは俺が水を浴びる様を待ち望むようにニコヤカに笑う。この女、嗜虐的な心の持ち主に違いない。細かい粒となって当たった水の温度からして、俺の心臓は大きく脈打ち、肩を上下に揺らす姿が瞬く間に走り抜け、青紫色に染まった唇の呪詛が今にも聞こえてきそうだ。


「レラジェさんは生真面目ですね。このタオルに水を染み込ませて身体の汚れを拭えばいいんですよ」


 俺の決死の覚悟を慮った後にタオルをやおら差し出す、底意地の悪い性分が透けて見えた。睥睨しつつタオルを受け取って、指摘通りに身体を拭うことにする。


「……あっち向いていてくれないか?」


「勿論」


 俺はまだバエルから信頼を預かるのに値しない、如何わしい存在であるようだ。これから先四六時中、監視の目は続き、いつになるか分からぬバエルの合否をまんじりと待つ。信頼を獲得するのは容易ではない。腹を割って話し合い、時には衝突するような万難を経た後に、漸く辿り着く境地のような気がする。


「くぅー」


 アルコールを呷るより引き絞った声の出自とは、真水につけたタオルを左肩から手首まで滑らせた際の悲鳴であった。

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