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よしんば

 直前に後ろへ飛び退き、距離をとった事が功を奏し、飛散する肉片や髪、白い歯の数々を浴びなくて済んだ。破裂した顔はゴミを投げ入れるのに丁度いい風穴が空き、もはや人間とは思えぬ形に変わったその光景に、喉の奥から熱いものが迫り上がる。慌てて口を閉ざし、背中を真っ直ぐに保つ。


「……」


 無残な二つの死体が転がる前で茫然と立ち尽くす様は、殺人の反動からくる疲労感を湛える犯人そのものだ。つぶさに状況を説明したところで、語るに落ちる狂った人間のあえぎとなる。俺は先ず、そこから離れる事にした。


「ベレト……ベレト」


 城内で唯一の理解者である者のところへ行こう。このまま異常な事態が発展していけば、必ず俺達は異端者として囃し立てられ、ベレトの態度如何では血を見る事になる。それは、異世界に来たばかりの俺からすると、浮き足立ったまま過ごす日々の到来を意味し、顔は青白く染まった。


「ベレト!」


 俺は扉をノックもせずに部屋に押し入った。人を脅かす勢いを纏っているにも関わらず、ベレトは当然のようにそれを受け入れた。


「随分と忙しそうだね」


 これほど焦燥感に駆られた人間を前にして、平静でいるのは能天気と言わざるを得ないが、だからこそ俺も、二つの死体について棚上げした。


「なぁ、ベレト。どうして俺を召喚できた?」


 原因と結果を結ぶ事により、現在進行している事態の把握を図った。それは慧眼や閃きなどといった、言語化を介す前の鋭敏な感覚とは違い、穴を埋めるような確認作業である。


「それは偶々、君が今の今まで召喚されていなかったから」


 本来ならバエルがこの世に召喚された時点で、全ての悪魔を手中に収めたようなもの。ベレトが一つ下の序列であるレラジェを召喚したように、傅けて然るべきなのだ。ただそれをしていない。何故か。俺は水を飲むように息をして、喉仏を上下させる。そして、


「バエルは召喚を扱える魔術師を有しておらず、手元に置いておきたいはずの悪魔を召喚できずにいる。苦肉の策として、この城内に手駒を送り込み、あわよくば召喚の知識と技術を持った魔術師を拐うつもりだったが、それは俺によって阻止された。その腹いせに、蜂起を誘導する連続殺人を起こした」


 一つの仮説を一気呵成に列挙したものの、ベレトの反応は芳しくなく、妄言を聞かせられたかのような神妙さを湛える。だが少しして、ベレトはおずおずと口を覆い、ぽつりと溢す。


「バエル……」


 さぞ忌まわしい名前なのだろう。ベレトの手先に震えが垣間見え、どれだけ驚異的な存在なのかを咀嚼した。


 俺はトラビスに案内された部屋を不意に思い出す。「号令」を受けたはずのトラビスが何度も部屋を取り違える不自然さは、バエルの支配下にある証であり、諦めたように踵を返して俺を案内した一室は、本来用意されていたものとは違う。本棚で発見した異世界に似つかわしくない題名の数々は、ベレトの物ではなく、トラビスが持ち込んだ物だとしたら、そこにバエルの素性へ繋がるヒントがあるかもしれない。

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