終幕
不幸は続くらしい。身近な人間が立て続けに神隠しに遭えば、裏で糸を引く黒子のような存在を意識せざるを得ない。ただ、必要以上に塗炭の悲しみに塗れるようなことはなかった。彼等は、担任教師を共有するクラスメイトでありながら、今回の失踪事件に合わせて苗字をしっかりと把握する程度の間柄だった。恐らく、ほとんどのクラスメイトが同じ認識だと思う。彼等は教室の片隅で、慰め合うように二人で仲睦まじくしており、他のクラスメイトと繋がりを持とうとはしてなかったのだ。
それでも、二人の内一人が交通事故によって下半身付随となり、もう一人が脈略なく行方不明になれば、クラスメイトとしてその動静を注視せざるを得ない。あまつさえ、病室から動けないはずの下半身付随の日浦も姿を消したとなると、“神隠し”と形容されても差し支えなかった。
花曇りの教室は灰色めいて、黒板とノートに視線を行き来させるボクらの顔は辛気臭い薄暗さが漂う。信じ難い事態の連続は、以前にあった如何わしい私語を交わす様子や、教師を小馬鹿にしたような冷笑すら放棄させ、自浄作用が働いたかのように、学習に於いて健全な環境が築かれた。ボクはそんな環境に心地良さを覚えていて、中村と日浦には不謹慎を承知で感謝していた。これは、墓場に持っていくべき秘密だ。思わず口を滑らせてみろ。共感性の低い人間だと把捉され、忽ち投げやりな言葉の応酬を演じることになるだろう。
時計の長針が右肩下りに落ち込み、教室には倦怠感が跋扈する。隣の席に座る高橋の腕回しに、背後から聞こえる舌打ち。学徒の不健康さが浮上し出す週末の授業は、少し息を深く吐いただけで“嘆息”の姿を借りる。熱心に授業に取り組むボクの姿は、授業を受け持つ教師の目には恐らく届いていないだろう。人間はとかく、嫌な部分に目を向けがちだ。
窓に吹き付ける風の音が激しを増す。下校時に雨が降り出しそうな天気模様にあり、ボクは憂鬱な気分になった。雨に濡れて催す風邪の気配はひたすら気落ちするし、出来るだけ健康的でいたいのだ。そんなボクの願いとは裏腹に、虎の子が雲から尻尾を垂らし、ピカリと教室に閃光が瞬く間に満ち引きした。雨雲の機運が色濃く現れ、今度こそボクは溜息を吐いた。
「なんだアレ」
ボクは窓の外の様子に興味はなかった。だが、妙に色めき立つ教室の雰囲気に流されて、ふと目を向ける。
「霧……?」
遠くに見える山の稜線から、霧が津波のように雪崩れ込み、町を覆い隠そうとしている。生き物めいた霧の動きに耳目が集まり、教師もまた手を止めて窓の外の景色に見惚れていた。アルミニウムで出来た窓ガラスのサッシが、ミシリと不気味な音を立てると、天井からぶら下がる蛍光灯も静かに揺れ出す。それは、大きな地震がやってくる前兆のように思えてならず、ボクは息を呑んだ。
「アレって、なに?」
誰に尋ねる訳でもない質問が頭上を掠め、恐る恐る窓の外に目を向ければ、ゆくりなく肌が粟立ち、現実離れした光景と相対した人間の電気信号が“怖気”を訴えた。
「巨人……?」
山の稜線をまるでガードレールのように跨ぐ二本足の生物の影法師が霧の中に現れる。対岸の火事のように見ていた不幸の連続の延長上に、ボクらはしっかりと立っており、今し方それは形を成して現れたようだ。




