暗黒のガラス
割れた窓から宇宙を覗いているかのような暗黒が、壁紙の如く空中に張り付いてる。世にも奇妙な景色の“穴”へ、バエルは興味深くつぶさに目をやった。妙な勇み足で浅はかにも触れようとすれば、ブラックホールさながらに引き摺り込まれて跡形もなく消えてしまいそうだ。無知からくる、漠然とした恐怖がこんこんと湧いてきて、バエルが標榜する英雄的思想すら、書割めいた矮小なものに成り下がる。そして、不意に夜風が通りすがると、隙間を見つけた風の甲高い悲鳴が上がり、確かにこの“穴”が何処かと繋がっていることを暗に理解した。
バエルは懐から紙の束を取り出す。草の根を分けるように巨大な影が倒れていく奇天烈な光景を背負いながら、番号が振られた紙を一から順番に恐る恐る、本来は存在しないはずの空間の“穴”へあてがっていく。さしものバエルも、半信半疑なところがあったのだろう。一枚目が栓を塞ぐように張り付いたことに関して、朗らかに顔を明るくし、一つ息を吐く。恙無く順々に紙を張り付けていくと、整然と並ぶ紙の一面が出来上がり、“穴”が浮かんでいる以上に奇妙な光景を形作る。裏手に回り、複数の紙を使って繋ぎ合わせた召喚の陣を拝もうとしたが、直ぐに考えを改めた。そこにあるはずの“穴”を度外視して、風景が何一つ欠けることなく目視でき、まるで細工を施された鏡のような奇妙さに、そぞろに手を伸ばす。それは、虚空に握手を求めるような滑稽な動作となり、バエルは乾いた笑い声を上げる。
「ハハッ」
浮世離れした現実を前にした一人の人間として、バエルは“穴”と向き合った。奇矯な経験ながら、「分からない、分からない」と頭でっかちに塞ぎ込むより、きわめて前向きな悩ましさが浮き彫りになる。巨大な影法師に飛び付く豆粒ほどの人間達の気炎をバエルはやおら注視し、目を閉じた。そして、力強く念じるのである。
(皆んな、もっと早く掃討してくれ)
各々の身体に熱が帯びるかのように、空気がクラリと揺れだす。各人、己の身体に起きている変化を仔細に受け取ると、訝しむ者がほとんどであったが、一部の人間は仔細顔をし、バエルがいる方向を見やった。その一人であったレラジェは、不自然にこんこんと湧いてくる力の源泉をいち早く看破すると、上記の通りバエルを一瞥した。
「早くしろってか?」
意図を汲んだレラジェは、身体の中に満ち満ちる活力を迅速に魔力へ変換する。外気に影響を及ぼすほどの魔力の迸りを、本来なら感化されるはずがない距離感にある触手さえも鋭敏に感知し、うねうねと暴走気味に暴れ出す。
「随分と繊細な反応だな」




