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なけなしの打算

 幸先のいいスタートを切った九名は、それぞれが立ち向かうべき個体を選んで散開する。ウァサゴは直感していた。魔術に関して知識を持たずとも、手足を動かすかのように自然と魔術を駆使していた。人間達の反抗を感知した触手による縦横無尽な鞭遣いに対して、ウァサゴは未来を予知しなければ到底なし得ない、身持ちでもって触手を避けていく。全ての触手を躱した先でウァサゴは外骨格に張り付き、その生体が持つ特有の質感や硬度を肌で感じ取る。文字や絵を通じて視覚化した、「クトゥルフ」の姿形が如何に正確であるかをウァサゴは実感しており、世界の命運を握る勇猛果敢な行動とは似ても似つかない、きわめて明るい顔をして喜んだ。


「すごいな……!」


 怒髪天を突く勢いで触手は逆立ち、烈火の如き怒りの矛先をウァサゴに向ける。だが、目にも止まらぬ早さでその場を脱したウァサゴの判断を前に、触手は自らの身体に鞭を打つ。直上に飛び上がったウァサゴは、生体観察に余念がない。


「そうなってるのね」


 魔術による後押しと、未知なる生物への探究心は、つぶさに視線を動かす動機となり、頭の先から爪先まで目に焼き付けた。ウァサゴは満足げに息を吐くと、落下の速度に合わせて自身を押し出す風をまとった。衝突することへの恐れをまるで知らないウァサゴの落下は、外骨格の硬度を肌で感じたとは思えない。まるで、プールに飛び込むかのような速度を有し、硬質な脳天を目前に捉えた。


「!」


 ドリルに比肩する直進具合で外骨格を破ると、そのまま体内に侵入し、肉を穿ち続ける。正味十秒程度の横断は生物の身体の中で行われ、産道を通った赤児のように血液に塗れたウァサゴが下半身にあたる中道から肉を破って出て行く。水面の上を舐めるように移動し、ウァサゴは次なる標的に狙いを定めた。


「やるぞ」


 バエルの指示を仰がずとも、アイとカムラは息を合わせる。水場であることを利用してアイは湖の水に意思を通わせ、巨大な体躯を包み込む。敵意を察知した触手を鈍化させ、カムラの接近を手助けする為だ。そして、水の障壁に触れたカムラの姿を目にすると、アイは水の制御を放棄し、その全権をカムラに引き継がせる。水は無数の気泡を作り始め、やがて渦となって形をなす。人間を簡単に押し潰せる四肢が、渦の勢いに巻き取られ、あらぬ方向を向きだす。赤い染色料を投げ込んだかのように、水は赤く染まり、やがて中を覗くのも困難なほど、染色された。


 魔術と知恵によって、次から次へと人類の天敵を薙ぎ倒していく中、イシュとイルマリンだけが取り残されていた。威勢よく飛び出したものの、手段を講じるだけの寄る方がなく、大きく波打つ水面の上に立ち尽くす。


「……関わるだけ損だよな?」

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