立ち向かうべき相手
混迷が極まる状況とは相反し、ウァサゴの口元は微笑みを借りて、今際の際に放り込まれたとは思えない楽観的な表情をぶら下げていた。友人との再会に際して思いもよらぬ感情を催したように、今回もまた、目の前に広がる光景にとある感情が芽吹いていた。
「これってまさか……」
伝聞でのみ存在を認知する御伽噺の一つである、「クトゥルフ」をウァサゴは想起していた。関節部分を除いた全身に渡って硬質な外骨格に覆われた生物の見目は、昆虫のようにも見えたが、二本足に二つの腕を有し、丸みを帯びた頭部と胴体を繋ぐ、所謂首から無数の触手がウネウネと独立して動いている。人の想像力によって形作られた「クトゥルフ」は、あらゆる生物の特徴を混ぜ合わせたような人外さを持ち合わせ、まさにウァサゴのイメージする姿形に即していたのだ。目を輝かせるウァサゴの横顔に、いつかの教室で幾度となく聞かされたオカルト話を思い出し、レラジェはそぞろに笑みをこぼす。
「本当にやる気なんだな」
ベレトはこそりと独り言をこぼし、水鏡に映る自分の苦笑と相対する。世界の救済を志すバエルを初志貫徹して煙たく思い、ウァサゴに利害の一致を見出すと、邪魔立てするように働きかけてきた。だが、そんなベレトの目算ははみごとに逆手に取られ、バエルの計画の一部を担う一人として、湖に呼び出されてしまった。ベレトは自らを王とし、城を築いた過去の自分に別れを告げ、通過儀礼とも呼ぶべき必ず乗り越えなければならない障害に対して、正面切って向き合う覚悟を腹の内で決める。常に険しい顔を浮かべ、一寸先の判断に難儀していたベレトが、冷や水を頭から浴びたかのように、清々しい顔付きに変わった。
魔術師という肩書きに固執し、背信者を目の敵にしてきたスミスの今度の敵は、地表を等しく平に変える巨大な未確認生物となり、本分に立ち返ったような口角の上がり方を見せる。もし仮にここで落命しても悔いはないと腹を括る姿は、自罰的な側面も窺わせたが、その実「魔術師」の矜持を持った人間らしい感情に違いない。
ビーマンは懐刀として召喚したフラガラッハ剣を見つめ直し、この窮地を抜け出せるかの思案に耽る。スミスを相手に一進一退の攻防を演じたばかりのビーマンからすれば、大勢の魔術師が足止めに苦心する存在と、たったの一振りで対抗するような真似は想像し難い。だが、共に運命を辿る者達がいるのならば、いくら前代未聞の命題を課せられても、突破口を見つけてしぶとく生存しようという欝勃とした感覚を覚えていた。悠然たる姿でバエルの家臣を全うするカムラの姿に一抹の侘しさを抱えつつ、尾根の如き巨大な生物を血気盛んに睨んだ。
「さぁ、いこうか。世界を救いに」




