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仇を討つ

 出来ることなら、カムラの頬に平手打ちをし、この場から去ってもらい、改めて救出という体裁を整えたい気分にあるアイは、忌々しそうに睨みつける。もういっそのこと、愚かな争いに興じるカムラの視界に映り込んで、この場に使わされた趣旨を顧みてもらおうか。そんな風にアイは考え、交錯する魔術のやり取りに水を差すように、建物の影から飛び出した。目立つことを念頭に、再び見知らぬ屋根の上に仁王立つと、街の象徴として聳え立つ時計台にて、青く発光する何かが目の端に飛び込んでくる。アイはとっさに首を振って、それを真正面に捉えようとした直後、槍のように鋭く直進する鋭利な水がすぐ目の前を横切った。それは、明らかにアイを標的にしており、命を断つことに躊躇いや甘えをまるで感じさせない、虎視眈々とした目論見の上で実行された。


「おいおい、手が早いなぁ」


 イルマリンが皮肉混じりに笑う。直撃を睨んだイシュの腕を掴み、既の所で血飛沫が上がることを阻止したレラジェは、敵対を意味する睥睨に燃えた。


「離せよ」


 イシュも負けじと睨み返し、生半可な気持ちでアイを攻撃した訳ではないと、毅然なる態度を示す。時計台を起点に奇しくも顔を合わせたレラジェ、イルマリン、イシュの三名は、アイという人物に対してそれぞれの見解と目的があり、意気投合するよりも一触即発の関係に発展しかねない間柄にあった。導火線に等しいアイが、野生動物さながらに突飛な登場を果たせば、やはり価値観の相違から対立するのは行きずり上、仕方ないことだ。


「断る」


 レラジェはイシュとの軋轢を恐れていない。胸ぐらを掴み合うより激しい諍いが、火花を散らす睨みあいによって醸成された。イルマリンはその様子を高みの見物らしい軽薄な笑みを浮かべ、この先に待つ展開を今か今かと口を開けて待ち、事を好む炯々たる眼差しを送っている。しかし、どちらが先に手を出すかの牽制に傾倒し、なかなかじれったい二人の様子に耐えかねて、イルマリンは一つアドバイスをする。


「こういう時は、決まって早いもの勝ちなんだ。欲しい物が目の前にあって、手を伸ばせば届く距離にあるなら、尚更ね」


 盗人の見識を献上することで、膠着状態にある状況を前進させようと試みた。その効果は、毒を舐めるより早い即効性が発揮され、イシュはレラジェに掴まれた腕を攪拌する。保持し続けるには無理がある動作となり、二人の結び付きを断ち切った。そして、ハヤブサの如き素早さで時計台を飛び立ち、次なる攻撃に備えるアイへ猛然と突撃する。


 イシュは内心、驚いていた。人間を人間たらしめる理性とは相反する、「激情」という不得手な感覚に身をつまされて、ひたすらアイを目の敵にする行動は、魔術師になった経緯や怠惰な日々を鑑みると似つかわしくない。だが、“ハーキッシュ”という人間が、朴念仁を気取るイシュにとってどれだけ深い影響を与え、社会的な繋がりとして機能していたかを図らずも理解する機会となり、「仇を討つ」などといった、定型的な指針を得たのだ。

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