加熱
「あの時は狭い室内だったからな。今度は広く使おう」
ナイフにあやかって万能感を全身に纏うビーマンからすれば、小賢しく死角を突こうするスミスの企みはチンケなものに感じられるのだろう。不遜に吊り上がった口端に合わせて、目には見えない風の音が台風まがいに肥大する。そして、眼下にある半壊した建物を取るに足らない障害とみなし、ナイフの突端を差し向けた。大気が散り散りになって道を開け、凄まじい勢いで建物はボロ雑巾のように形が失われていく。スミスが身を隠すべき場所は破壊され尽くす中、ビーマンは一抹の不安を覚えた。このまま加減を知らない濁流の如き風の勢いに任せていると、スミスの亡骸は粉々に成り果てて、唾棄するように溜飲を下げる機会が失われるのではないか。ビーマンはナイフを逆さ手に持ち、建物を攪拌する風の牙を収めた。
「……」
夜の帳が降りた街で、喧騒の手綱を握るビーマンはまさに支配者の様相を呈し、狩人さながらの炯々たる眼差しを瓦礫の隅々に落とす。だがやはりというべきか。稚児が玩具を散らかしたかのような惨状に、視覚を用いて発見に身をやつすのは、砂漠の中で針を探すに等しい。それこそ、千里を見通す眼力にしか叶わぬ望みである。スミスと同じ目線に立つことに不満を覚えつつ、地上に向かって降りていく。
だが、直ぐに形容し難い不安が、水の中に墨を落とすように広がった。手痛いしっぺ返しを受ける前の、致命的な見落としから生じる不安のように思え、ビーマンは宙吊りとなって静止する。思慮深さとは相反する感傷的な機微となり、理路整然と理由を注進する手立てはない。それでも、野生の本能に基づく危機感は確かに正しかった。
「!」
浅からぬ因縁に誘引されて、スミスの安否を目で確認しようとする行動に、期せずして瓦礫の中から影法師を飛び出させた。自身を釣り餌に闇夜の礫に対応する体裁を取ったビーマンは、ナイフを振って両断する。四肢と頭部を粗野に再現した瓦礫の傀儡がバラバラと音を立てて崩れた。これは所謂、陽動の類いであり、忙しなく首を回して視界の確保に走った。死角からスミスが襲ってくる姿が想像に難くなく、その警戒はきっと間違っていないはずだ。
触角めいた鋭敏な動作を見せる頭の甲斐甲斐しさは、物陰に身を潜ませて動かないスミスから笑みを引き出す。気を散らすことに重きを置いた誘導に引っ掛かるビーマンの道化具合はスミスの冷笑がよく似合う。
魔術は基本、言葉による“詠唱”から“陣”という目に見える形で書き起こすことによって、現世に顕現する。陣が持つ役割とは、急場に際して詠唱を語る手間を省き、身を守ることにかけてより良く働く。そしてそれらを併用することで、召喚魔術などの扱いが難しい高等魔術の足掛かりにできる。ただし、中断されれば初めからやり直す必要があり、敵意を持った人間が周囲にいる状況では、甚だ場違いな手段であった。だがここに、それを見事にやり遂げた者がいる。古ぼけた空き家の瓦礫の中で、スミスは詠唱と陣を瓦礫の中で恙無くこなしたのだ。持て余す力に加減を知らないビーマンの身の振る舞いは、スミスにとって反撃を虎視眈々と狙うだけの余裕を生み、忌々しい体験を再現しようとする。つまり——




