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口火

「もういいか?」


 スミスの語気は、猶予を与えたにも関わらず、ろくな答えも出さなかったビーマンに対する痺れを切らした呆れ加減が込められていた。それでもビーマンは、相変わらず床を舐めるように俯いたまま、まんじりともしない。


「時間は十分に与えた」


 幾度となくビーマンに問いかけ、決断を迫ったスミスの誠実さは、長物たる迷いにより有耶無耶になった。そうすると、温かみを帯びた緑色の光が天井から床まで、部屋の中に満ち始める。虫の息同然に固まっていたビーマンは、ビクリと上下に身体を跳ねさせ、血が通い始めた人形さながらのおずおずとした顔の上げ方をし、眼前で起きている事象を把捉しようとした。皮膚を栄養に膨れ上がった炎によって、見る影もなくなっていたスミスの顔が、糸が編み込まれていくように形を取り戻し始める。


 奇跡としか例えようがない事象の全ては魔術に帰結し、神が万物を創造する際に用いた神通力の名残りとして残存する。半開きになった口は茫然自失を語り、ビーマンの凝視は目を疑う現象を前にした人間の姿を見事に湛えている。


「チャンスはあったし、チャンスを与えた」


 スミスは優柔不断な考えをもとに長々と判断を先延ばしにしていたビーマンの浅ましさを咎め、後悔を抱くには遅すぎると冷視が言った。以前と変わらぬ容姿を取り戻すスミスは、椅子から徐に立ち上がる。その瞬間、


「ぐっ!」


 突風が部屋の中で吹きあられ、手前勝手にビーマンが用意した椅子は壁に叩きつけられた。いとも簡単に破片となって飛び散る目まぐるしい変化の連続に、ビーマンは驚きよりも頭が冴えていくような感覚に陥っていた。そして、この場に臨む前の目の鋭さが、寄せては返す波のように戻った。


「スミス……!」


 喜びと不安が入り混じった、どっち付かずの曖昧な顔は、罪と罰を受け入れ恭順に審判の瞬間を待っていたスミスが、自らに治癒を施す倒錯した行為によって形作られた。複雑怪奇な心情を表すのにそれは即し、しずしずと握り込んだ拳がこれから取るべき行動を明朗にした。


「今度こそ死ぬか? ビーマン」


 ビーマンの力量を把捉した上でスミスは言葉を選んでおり、漁夫の利を睨んだ姑息な立ち回りに走った背信者を直裁に誹る。言い返そうとすれば、自身の顔に泥を塗るだけだと察し、ビーマンは拙速に恨み言を口にするのを避けた。


「……」


「何も言うことは出来ないか。それもそうだよな。脱兎の如く逃げ出した人間が、軽口で返すほど間抜けなことはない」


 ビーマンは右手を背中に回し、腰のベルトに隠していた一枚の紙をさりげなく手に持った。その紙には極めて複雑な陣が書かれていて、詠唱では追いつかない高等な魔術の一端を見る。


「スミス、勝った気でいるのか? 自分はこの時の為に準備をしてきたんだ。殺す為の準備を」

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