悪魔の名
「ベレト、レラジェ。これらは、悪魔の名だよ」
悪魔に関連付けられるカムラの怪しさは確かにあった。しかし、ぼくがにわかに期待したことから乖離し、肩透かしにあった気分にさせられた。
「巷の噂で聞いたことがあるんだ。郊外の召喚士は湖の巨人の存在を憂いて、打開策の一つに“悪魔”の召喚を試みたと」
本来なら、奇妙な与太話だと無下に扱うであろう“噂”の所在を、ぼくは前のめりになって聞き返す。
「召喚士だと?」
ジワリと腹の奥で熱いものが広がっていくのが分かる。やがてそれは、手足の先まで伸びていき、頭が齷齪と働く足掛かりとなった。カムラは魔術師の子飼いとしてアニラ”に潜伏を試みた裏切り者であり、その真実を知ったビーマンが尻拭いのように魔術師を強襲しているのだとしたら、先刻の地響きも合点がいく。
「何笑ってるんだよ」
「え?」
ぼくは仲間からの指摘に虚を突かれた。“アニラ”が魔術師に目を付けられていて、いつどのようにして闇夜の礫を投げられるか分からぬ状況にある現在を度外視し、楽しげな笑みを浮かべていたのなら、それは確かに訝しく言及されて然るべきことだ。
「貧乏くじを引いたピーマンに同情したんだよ」
他愛もなく笑って見せて、裏に抱えた知られざる真実とやらを値踏みする仲間からの視線を掻い潜ろうとしたが、決して晴れやかになることはなかった。居心地の悪さを感じていると、マーカスだけは小競り合いを無為にして思索を口にする。
「この石は、もしかしたら魔術師が持っているという特別な石なのかもしれない」
頭の片隅で沈潜していた記憶が泥を巻き上げて浮上する。あれは雨雲が頭上に発達した薄暗い日のことだ。色彩は尽く灰色に染まり、石畳みの黒染みばかりを追いかけるような気分の底をなぞる。とりとめもなく町中を歩いていれば、憩いの場として酒を提供する、「アミュー」という看板を掲げた建物から、宴にも負けない花盛る声が聞こえてきた。吸い込まれるようにして建物の扉を開けば、赤ら顔をした客の酒気が彼方此方から臭ってくる。
「こちら空いてますよ」
二人掛けのテーブルに案内され、ぼくは腰を下ろす。人の声が塵芥に類するゴミゴミとした塊となって支配する酒場の席で、会話の内容を仔細に理解し、相槌を打とうとするのはあまりに困難だった。しかしふと、殊更に耳をそばだてた訳でもなく、不可解なほど滑らかに耳へ届いた声がその中にあった。
「またヘルプの要請だってよ」
「はぁ?! 流石におんぶに抱っこすぎるだろう。こっちは大半の奴らが湖に行ってるんだぜ」
聞き齧りの会話を事も無げに読み解くような機知に富んだ人間でもない為、幾ばくか前のめりになって男達の声に耳を傾けた。ぼく自身、どうしてここまで執着しているのか。形容し難い理由が目配せに現れ、二人の男の口元を盗み見ていると、その答えは間もなく言葉を介して明示された。
「魔術師も最近は肩身が狭いな」




