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とある一件

「そういえば、ビーマンはまた来てないのか」


 公爵の屋敷で魔術師とやり合ったと聞かされてから、ぼくらの前にピタリと姿を現さなくなった。もはや“アニラ”を抜けたと言っても差し支えないほどの日数が経っている。


「魔術師さんにこっぴどくやられて、ショックだったんだろうよ。それも、大事に扱ってきたカムラには逃げられる始末。そりゃあ顔も出しづらいだろうよ」


 ビーマンの心理的状態を慮り、どれだけ居た堪れない気持ちを抱いているかを推測した仲間の見解に、ぼくは全くもって同意しかねた。著しく気骨の欠けた人間が、“アニラ”に属するなど言語道断である。寸暇に糾弾し、ビーマンが如何に器量に欠けた人間かを口端に泡を溜めて語るのは、些か見苦しく、ひいては白い目を向けられる機運すらあった為、ぼくはなるべく静観することに決めた。


「まぁ、目利きがなかった。ということだろう」


 仲間からの評価を落としたビーマンに関して、首を振って同意する。ぼくは初めから懐疑的であったし、よしんば“アニラ”に不利益をもたらすような失敗を犯した際には、それに乗じて追い出す腹積りがあった。だからこそ、件の出来事は晴天の霹靂ながら、ぼくは嬉々として受け入れていた。朗らかな気分そのままに先刻に起きた、とある事象について四方山話の机上に置く。


「さっきの地響きには驚かされたよな? まさかここまで大きいものとは……魔術師もさぞかし頭が痛いだろう」


 多くの魔術師は自分の庭を放棄し、突如出現した湖の巨人にてんてこ舞いであることは既知の事実であったものの、まるでそこにいるかのような地響きは今まで聞いた覚えがなかった。


「いや、ちょっと待てよ。まさかあの破壊音を湖の巨人の仕業だと思っているのかよ」


 ぼくの考えがまるで見当違いかのような指摘を受ける。改めて回顧したものの、それ以外にはあのような音は立てられないと確信している。


「だったら、誰があんな音を出せるんだよ」


「……魔術以外にあるか?」


 皆が顔を見合わせて閉口した。今この場に於いて、“アニラ”のメンバーは全員揃っている。不可解極まりない結論に思案は尽きず、愚鈍さも垣間見えた瞬間、とある考えがテーブルの上に落とされた。


「ビーマン……かもな。魔術師を恨んでいてもおかしくないだろうし」


 それは極めて合理的な答えである。公爵の屋敷で盗みを働こうとしたビーマンの失敗は、魔術師という邪魔立てがあって成立し、逆恨みに近い感情を抱いても不思議ではない。目下に男の生殖機能を奪う物騒な事件なども起きており、魔術師の監視の目が緩んだことに合わせて、治安は確実に悪くなっている。


「いいじゃないか。これはこれで」


 ぼくは見誤っていた。仮にビーマンの仕業だと仮定するならば、喜んで然るべき反骨精神だ。見習ってもいい。“アニラ”に顔も出さずに行うその情動的な姿勢に乾杯を捧げよう。

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