アニラ
老生に長年に渡って仕えてきた世話係は、その言葉の意図を正確に汲み取ることができなかった。しかし、聞き返すなどして浴びせられる悪罵の数々を憂いて、世話係は迷子と遜色ない手掛かりの少なさを露見させながら、恐る恐る棚の上に置かれていた花瓶を手に取った。
「違う! お前は耳が悪いな。ワシが言っているのは、ヒューリーが首から下げている首飾りのことだ!」
癇癪を起こしたように怒気をぶつける老生の理不尽な口吻にも、世話係は腰を少し折り曲げ、頭をしずしずと下げる。首輪を付けられた愛玩動物と変わりない従順さは、老生への反対意見を口に出すことを極端に恐れた姿であり、後先考えずに発言すれば忽ち首が飛ぶ。
「早くしろ! お前はノロマなのか?」
唾を浴びせられて尚、世話係は不承不承に眉根を寄せるなどの嫌悪感は一切見せることはしない。黙って頷く首振り人形のように承諾した。それでも、世話係も馬鹿正直に自らの手を汚すつもりはなかった上、老ぼれの底知れない欲望を目の当たりにし、これから更に無理難題を突き付けられると踏んで、とある集団を組織することにした。それが“アニラ”の誕生であった。逸れ者が窃盗を拠り所に集まった集団は一見すると、まとまりに欠け、一触即発の喧嘩っ早いものを想像するだろう。だが、“アニラ”は全くもってそのような内紛を有しておらず、共有する意思の見解によって、強固な結び付きを持ち、ある種の排他的な側面を持つ集団へ昇華した。新たに集団に属そうとする人間がいれば、皆揃って懐疑的な眼差しを向けた。ぼくはとかくその気が強い。ビーマンが一人の男を連れてきたときは、盛大に悪態をついて嫌悪したものだ。しかし今となっては、ビーマンの節穴加減にウンザリするところである。男は早々にアニラから足を洗ったのだから。
「おぉー、綺麗だな。それ」
ぼくが最初に評した感覚に狂いがないことを押印するように同調する仲間の一人の反応から、テーブルの上にこれ見よがしにモノを置いた。すると、忽ち好奇な耳目を集め、誇らしさに思わず口元が緩む。
「イルマリン、教えてくれよ。こんなモノをホイホイ見つけてくる場所をさ」
水面の浮き沈みをあてに街中を探し歩くような愚者ではないとする仲間からの評価に対して、ぼくはモノを手に入れた理由を嘘偽りなく吐露する。
「それがさ、これは本当に偶々なんだ」
実直に答えたつもりでも、穴場を隠す為の方便にしか聞こえず、猜疑心を誘うには十分な言い回しであることを自覚している。それでも、これ以上の答えはどれも相応しくなく、「偶々」という言葉は誠実さの塊であった。
「そうかい」
一気呵成に空気が白んでいくのを感じ、ぼくは返す刀で話の展開を切り離し、目下の問題に取り上げるのに過不足ない注進を行う。




