別視点
“モノ”は誰の所有権も主張しない。無節操に人の手を移動する間も、不平不満を垂らさず、何度も切り落とされ掛かった盗人の手すら受容し、区別すべき問題として叩き台の上で紛糾するような差別的な真似はしない。しかし、人間の主観的な物差しによって個人に囲われ、厳粛なやりとりを介して漸く、モノは人から人へ移っていく。価値は常に流動的で蜃気楼のように掴み所がない。それは人にも同じことが言え、魔術師などという存在は常に権威の象徴として君臨し、街の安全と引き換えに住民はすっかり絆されていた。
「ッて!」
足元を駆け抜ける猫の無鉄砲さには幾度か驚かされたことはあったが、よもや曲がり角から女が飛び出すとは思いもしなかった。接触の激しさは女の転がり方から明白であり、その責任のほとんどが女にあった。吐瀉物を睥睨するように女へ視線を送ろうとすると、日差しの照り返しを目撃し、みごとに咎められた。加護の由来はポケットにあり、ぼくの背中越しに差し込む熱い日差しを盾にして目を突かれたのだ。今の攻防に毛ほども興味を示さない女は、やけに所在なさげに見え、立つこともままならないと虚脱感を露わにする。ぼくは助力を申し出る為の布石を打った。
「だ、大丈夫ですか?」
身体をぶつけ合った直後の乱れた心の揺れ動きを言葉のつっかえ方に付与した。だがしかし、そんな繊細な感情の演出すらも目に入らぬ女は、俯き加減でこう返すのである。
「えぇ……」
反応は著しく愚鈍だ。何か意図を飾り付けたところで、それを感じ取る力は女に備わっておらず、苦心も徒労に終わるだろう。共生という名の支配を撥ね付けるだけの自立する力もなければ、単純な言葉を額面通りに受け取る感受性の低さを鑑みると、この白痴を良い様に扱うのは簡単なはずだ。耳障りのいいものを取捨選択し、ひたすら巧言令色を極めた先に、“奴隷”の完成が待っている。女の座持ちを手前勝手に決め掛かり、徹底的に貶めたぼくの見解を誤ったものとして指摘するかのように、女は鋭く発声の通った言葉を口にする。
「すみません!」
“我に返った”と表現するのが正しいだろうか。先刻までのうつけた目の動きはなくなって、溌剌と忙しなく視線を操り、立ち上がろうとしている。ぼくはすかさず、一助となるはずの肩を差し出す。
「どうぞ、使って下さい」
全面的に非があることを自覚した女は、眉を下げ、腰を低く保って如何にも反省しているような態度を示す。それはぼくの肩を借りることを意味し、ポケットから覗き見えた光の正体に手を伸ばす絶好の機会となった。硬質な、石にでも触れているような感触から、口角が僅かに持ち上がる。
「お互い気をつけましょうね」
ほくそ笑んだこの顔を浅薄な愛想とし、訝しむきっかけを塗り潰す。そして、道徳的に注意を言い渡すことにより、女の立場が如何に頼りないものかを自覚させた。
「申し訳ないです」




