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異世界の門

 俺にとってトイレとは地獄の門そのものだ。腹の重みに耐えかねて、渋々便座に腰を下ろす。便意に促されたものの、どれだけ力を入れても息を吐くだけ吐いて、肝心のブツを落とそうとしない。この幻覚めいた便意を何年にも渡り、経験してきた。全身に汗が吹き出し、嘔吐を伴わない気持ち悪さに支配されながら、ひたすら長い時間をかけて肛門と向き合うのだ。


 頭を掻きむしり、携帯電話で気を紛らわしつつ、腹を押し出すような前傾の末に、兎の糞のような小さく丸いブツが水面を叩く。これはまだ序の口だ。大物はまだ奥に潜んでおり、更なる漏斗を求めて固着する。


「クッソ」


 悪態も滑稽だ。早い話、普段の食生活を改善すれば、このような苦しみから解放されるはずなのだ。しかし、俺は実際に行動には移してこなかった。自ら指摘できる怠慢を甘んじて受け入れて、いつ肛門が裂けてもおかしくない踏ん張りを長年に渡って続けてきた。


 俺は全身の力を抜き、背筋を正す。何度も深呼吸を繰り返すのは、今一度力を押し出す為の準備運動であり、涙を流す海亀さながらに目元に汗を溜めた。下ろした目蓋に灯った意志は、これから向かうべき便意の発散であったが、トイレの中で淹留していた熱気が、瞬く間に消えた。


「うわっ?!」


 それは便座も例外ではなく、座ろうとした椅子を手前に引かれたかのように、盛大な尻餅をつく。


「おいおい……」


「勘弁してくれよ」


 白眼視と冷笑が俺を中心に円を描き、恥辱の体現者として恐る恐る目を開けた。


「やぁ、第十四柱のレラジェ」


 魔術師を自称するのに充分なローブを羽織る五人の人間が、俺を囲むように等間隔に並び立つ異様な光景に言葉を失った。トイレという狭い空間で便秘と向い合った結果、頭が強制的に意識を絶ち、押せば倒れる書割の世界を作ったとしか思えない。ただ、他人の顔がはっきりしない夢現とは違って、五人の顔は鮮明だ。日本人とは一線を画す彫りの深さと、自身が黄色人種である事を顧みる白い肌からして、この五人は外国人と呼んで差し支えない。羽織ったローブも様になっている。


「先ず話をする前に、それをどうにかしてくれないか?」


 丸出しになった股間と、ゆくりなく弛緩した腹が痛みを訴え出し、俺は直前まで脱糞の為に試行錯誤していた事を思い出す。尻が異音を鳴らしだすと、この場にいる全員が眉根に皺を作った。俺は今から、なけなしの尊厳を失うつもりだ。


「おぇ」


 正しい反応である。他人の糞をする姿など見るに耐えず、吐き気を催して当たり前なのだ。しかし、地面にのたうち回り、口から泡を拭くのは明らかに行き過ぎな反応となり、心外だ。


「ま、まさか」


 あまりに大仰な一人のはしゃぎっぷりに、残った四人が顔を青ざめさせた。それでも俺は、俺はそれでも排泄行為を止める事ができず、地面に座りながら糞を垂れた。長らく腹の中で溜めてきた事も手伝い、とめどなく溢れて止まらず、俺は両足を上げて避難させる。残った四人も覚束ない足元に膝が崩れて、如何にも息苦しそうな表情をしながら地面に横臥する。


「……」


 森閑とした雰囲気に悪臭が醸成する如何わしさは、堪らず居た堪れなくなり、そぞろに声を掛ける。

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