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7、炎に気を付けて(後編)

昨日の後編です。よろしくお願いします。

 その日の夕方にローズの両親が家に来た。私の様子を見てから、申し訳ないと頭を下げて謝罪をされた。偶然起きたことなのに謝られても困ると言うと、二人はローズとこれからも仲良くして欲しいと言い、もう一度頭を下げるとそのまま帰ってしまった。本人は来なかった。

 次に現れたのはハドリーだった。自室でソファーに座り紅茶を飲んでいた私を見て安堵の表情を浮かべたが、短くなった髪を見て表情を強張らせた。心配ないと伝えるために笑みを浮かべると、私はティーカップをテーブルに戻す。


「その髪は?」

「アリスが整えてくれたの。変かな…?」

「とても似合ってる。ターシャはどんな姿でも美しいから」


 恥ずかしい言葉を簡単に言ってのけると、扉の近くから近づいてきて優しく髪に触れた。首筋にハドリーの指先が僅かに触れるのが生々しく伝わる。思わずピクリと反応して僅かに声が漏れてしまった。今まで髪が長かったので首元が守られていたが、短くなって余りにも無防備になった。自分から予想外の甘い声が漏れて動揺してしまう。しかし動揺したのはハドリーもだった。髪に触れていた手を吹き飛ばすような勢いで上に持ち上げると、その手を自分の頭に持って行って髪をせわしなく触りだした。気まずくなって正面の席を促すと、紅茶の準備を始める。ハドリーが向かい側に座ってじっと私の作業を観察してくる。微妙な空気が続いたが、ハドリーがようやく口を開いた。


「…俺も普通科なら、ターシャのことずっと守れるのに」

「守るってそんな、特進科はエリートクラスなんだよ?もっと誇ったら良いのに」

「ターシャがいないと意味無いよ」


 私は紅茶を淹れてティーカップを渡そうとする。ふとハドリーの顔を見ると、あの日と同じ様にどんよりした瞳になっていた。私が見ていることに気付いていないのか、ぼそぼそと呟いている。


「僕はターシャと一緒に過ごすために、両親に無理言って帰って来たのに。こんなに綺麗になったら虫がついてしまう。というか既に茶色い虫がいるんだよな…鬱陶しい。どうしたら僕だけを見てくれるのかな?いっそ屋敷に閉じこめてしまうべき?」

「ハドリー?」


 呼びかけにハッとした顔をして戻って来た。差し出されていたティーカップを受け取ると、ようやく落ち着いたのか、ハドリーは静かになった。ただ無言で私を見てくる。まるで愛しい人を見つめる恋人のような甘い視線に耐えられない。ちらりとハドリーの目を見ると、嬉しそうにニッコリと笑ってくれた。その甘さに耐えられなくなった私は、手元の紅茶を見て気持ちを落ち着かせる。淡いオレンジの紅茶からは茶葉の香りが広がっていた。

 幼い頃の淡い恋心がまた芽吹きそうになる。パンドラの箱としてずっと閉まっていた気持ちが今にも開いてしまいそうだ。何とか気持ちを抑え込むために私は質問をした。


「ハドリーは好きな人いる?」

「うん、いるよ」

「その人にプロポーズするなら、どんな言葉を伝えるの?」

「そうだな…考えたことなかったよ」


うーんと唸りだしてしまった。小説を書くヒントになると思ったけれど上手くいかないようだ。


「やっぱり考えたことないよね。私も思いつかなくて」

「え?ターシャがどうして悩んでいるの?」


 心臓に突き刺さるような低い声でハドリーが私に尋ねた。驚いてハドリーの方を見ると、まるで人を殺めたかのような強烈な目で私を見ていた。何もかも見透かされそうな気持ちになって、本能的が危険だと警鐘を鳴らす。


「ターシャが誰かに言うの?それとも言われたの?」

「ち、違うよ!」


 部屋の温度が急速に下がった気がする。黒い瘴気のようなものがハドリーから立ち込めているような気もする。テーブルの反対側からハドリーの手が伸びてきて私の手に触れようとしたタイミングで扉がノックされアリスが入って来た。私とハドリーの異様な雰囲気に気付いて、表情をわずかにかえるが元に戻して私に話しかけた。


「エリック様が来られました。玄関でお待ちです」

「わかった!少し話してくるね」


 ナイスタイミング!そう思った私は立ち上がって部屋から逃げ出した。部屋にはハドリーとアリスが残される。扉が閉まる直前に振り返ってハドリーを見ると、ほぼ真っ黒になった瞳が私の姿を捉え続けていた。

 玄関には制服のままのエリックがいつも通り立っていた。ハドリーといると今のように息が詰まる瞬間がある。まるで支配された様な気持ちになって逃げだしたくなる。だからいつも通りのエリックを見たら心の底からホッとした。


「な、なんだよ息を切らして。まさか俺に会いたかったのか?」

「そうなのかな…そうかも」

「嬉しいことを言ってくれるねぇ…あ、短いのも似合うじゃん」


 ポンポンと頭を撫でてくれる。ハドリーに触られたときは妙に緊張していたが、エリックが触った今は不思議と心地良い。暫く楽しそうに頭を触っていたエリックの手がピタリと止まった。エリックは私の背後に目を向けて動かなくなる。まるで威嚇をするかのように視線は後ろに向けたままだ。不思議に思っていると、いきなり後ろから腕を引かれて抱きしめられるような体勢になった。禍々しいオーラを出しながら、ハドリーが後ろから抱きしめてきたのだ。


「どうも、ターシャの友達のエリックです。あんたは?」

「ハドリー。ターシャの幼馴染」


 ハドリーの抱きしめる腕に力がこもる。まるで大事なおもちゃを取られまいとする子どもの様に大事そうに抱えられてしまった。この状況でも私の心臓は馬鹿みたいに騒いでいる。


「ターシャは僕が面倒みるから君は何もしなくて良いよ」

「普通科で同じクラスの俺の方が面倒見やすいですし、ローズと何かあっても直ぐに守れるので俺に任せてください」

「黙れ、ターシャを守るのは僕だ」


 背後から殺気が漂ってきた。エリックの雰囲気もいつもと全然違う。下手したら手が出てもおかしくはない状況に、私は固唾を飲んで見守っていた。だがエリックは怯える私の方を見ると、いつものふざけた雰囲気に戻った。ハドリーも腕の力を弱める。


「ま、これ多分ローズが仕組んだことなんで。幼馴染同士で解決してください。ターシャ、また明日な」

「うん、また明日ね」


 手を振ろうとするが腕を押さえつけられて振ることができなかった。玄関の前で彫刻の様に動かなくなったハドリーから出られるわけもなく、抱きしめられたまま時間が過ぎる。


「ターシャ、あいつに会わないで」


呟くように漏れたハドリーの言葉に私は答える。ハドリーの声と腕が震えていた。


「同じ普通科の友達だから」

「友達?本当にただの友達?」


 頭にポツンと水が降ってきた。何事かと思って見上げるとハドリーが何故か泣いていた。涙が流れるその顔でさえ神秘的で美しい。理解ができなくて啞然としているとハドリーは言う。


「僕との約束…忘れちゃった?」

「約束?」


 小さい頃に約束をしたのだろうか、思い出せない。必死に記憶を巡ってみるが答えが出て来ず唸り続けているとハドリーは私を腕から解放した。ほぼ真っ黒になった瞳からボロボロと涙を流したまま私の顔を虚ろに見つめている。


「絶対思い出してね」


 それだけ言うと、私の横をすり抜けて出て行ってしまった。何が起きたのかわからないまま私は廊下に突っ立っていた。

読んで頂きありがとうございます。

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