6、炎に気を付けて(前編)
前編です。よろしくお願いします。
「え~では、本日は炎の魔法の実技を行います。くれぐれも怪我をしないように注意をして行うように!ではペアを作って!」
先生の言葉が教室に響き渡る。私は自分の杖を持ってエリックのいる方向へと歩いて行こうとした。しかし、目の前に来た生徒に阻まれて手から杖を落としてしまう。
「あら、ごめんなさい。もし良かったら一緒にやらない?」
聞き覚えのある声が私に呼びかける。杖を拾って立ち上がると、そこにはローズがいた。いつもと変わらぬ余裕の笑みを浮かべた彼女は私に問いかける。てっきり嫌われて声もかけてくれないと思っていた私は拍子抜けした。頷くとローズは満足げに私の腕にいつも通り絡みつく。遠くでエリックは不思議そうに見ていたが、彼は友達が多いので難なくペアを見つけていた。
「炎の魔法は…」
先生の解説が始まる。ノートをとっていると、ローズは興味深そうに私の書き込む内容を見ていた。私が努力型だとすれば彼女は天才型で、一度聞いた話は忘れないし残してく必要が無いと昔言っていたのを思い出した。普通に接してくれるローズに、もしかして自分が意識的に避けていたのかもと罪悪感が生まれる。教室内では実技をしたくてウズウズしている一部の男子生徒と、話しを聞き飽きた一部の女子生徒がお喋りを始めていた。
「ねえ『リンゴの実が落ちる頃に』読んでくれた?」
「読んだよ!アラン様素敵だよね~絶体絶命のピンチの時に颯爽と現れてフレイヤを守ってくれるの本当に羨ましい!」
「私もアラン様とフレイヤみたいな恋してみたいな」
「前回すごく良いところで終わったじゃん?最終巻が楽しみよね~」
近くの席に座っていた女子生徒たちの話を聞いて口元が綻ぶのを隠せない。学校に読者が多く、感想を生で聞ける貴重な場所なのだ。ローズは突然手を止めてニヤニヤしている私を見て変な顔をしていた。変な顔でも十分に美しいけれど。そしてまだプロポーズの言葉を思いついていなくて悩んでいることを思い出す。こんなに期待されているのに変な終わり方できるわけがない、何だかプレッシャーで押し潰されそうになって来た。
「そろそろ集中力が切れている生徒も増えてきたので、実践を始めていきましょう。名簿のはやい方が杖を持って構えなさい」
私は杖を持つと、呪文の言葉を呟いた。頭の中に炎のイメージをする。
「flamma」
杖の先からは、辛うじて見える程度の炎が出てきたが一瞬で消える。換気の為に窓を開けに来ていた先生が、偶然私の一瞬で消えた炎を見てため息をついた。
「ターシャさん、びっくりして頭の中でイメージするのやめたでしょう?アナタは出来ないわけではないのだから、もっと集中してやりなさい」
周りでは勢いが強すぎてペアの子を怖がらせたり、逆に何も出て来なくて不思議そうに杖を振り回している生徒もいた。多分呪文を間違えているんだと思うけど…。先生に言われたように思い浮かべるが、炎が出た瞬間に怖くなってイメージすることの継続が難しくなるのだ。結局うまくいかずローズの番になった。
「flamma」
杖先から炎が迸る。消えることなく持続する炎に思わず拍手をしてしまう。ローズの取り巻き達も褒め称えていた。ただ少し距離が近い気がして後ろに下がろうとした時だった。
それはいきなり起きた。これまで穏やかだった外で突如突風が吹いたのだ。先生が換気にと開いた窓から強烈な風が入って来て、私の髪を襲う。抑えようとしたが間に合わず、なす術もなくローズが出している炎の方向へと流れてしまう。いとも簡単に炎は私の髪の毛へ燃え移った。近くで見ていた生徒はパニックになり走って逃げようし、先生は慌てて水魔法で鎮火をしてくれる。何とか助かったもののびしょ濡れになった。鏡が無いので自分がどうなっているかわからないが惨めな姿になっているのは間違いない。
「先生、俺が保健室に連れて行きます」
エリックは呆然とする私を軽々と抱き上げると、堂々と歩きだした。授業中で誰もいない廊下を抜けると保健室へたどり着く。保健室の先生は私を見て驚いた顔をしたが、予備の制服に着替えている間にエリックが話しをつけてくれたらしい。同情した顔で鏡と櫛を渡してくれた。燃えた部分が無残な状態になっている。朝、あれだけ綺麗にしてくれた髪の毛はチリチリになり、焦げて短くなっているところもある。
「火傷が無かったのは不幸中の幸いね…髪の毛は本当に残念だけど戻すことができないわ。とにかく担任の先生を呼んでくるわね」
先生が出て行くと、エリックと二人きりになった。ようやく頭が追い付いて、ポロポロと涙がこぼれるのを止められない。ハドリーが綺麗だと褒めてくれた髪の毛が醜い姿になってしまったのだから。エリックは何も言わずに背中を撫でてくれた。
「アイツ、絶対わざとやったんだ」
「え?」
忌々しそうにエリックは言った。怒りが込められたその言葉に驚いて涙が引っ込む。
「ローズのやつ、ターシャのことを見て笑ってやがった。きっとあの突風も誰かの仕業に決まってるんだ、じゃなきゃ自分の炎で怪我させたのに悠々と座っているわけないだろ!」
背中に置かれたエリックの手が握りこぶしを作って、必死に怒りを我慢するように熱がこもるのがわかった。その手が私の中途半端になった髪の毛に優しく触れる。
「俺が無理やりでもターシャとペアを組めば」
「そんな、気にしないで。もし良かったら梳いてくれない?」
櫛を渡すとエリックは無言で受け取って梳いてくれた。鏡でエリックの顔を見ると、怒りを必死に我慢していた。いつもヘラヘラしているエリックが真面目に怒ってくれているのを見て、ダメだとわかっていても嬉しくて笑顔になってしまう。
「なんで笑ってるんだよ」
「ううん、本気で怒ってくれるのが嬉しくて」
呆れた、と言ってエリックも笑い出した。二人でケラケラ笑っていると保健室の扉が開き、保健室の先生と担任が入って来る。エリックは私に手を振ると保健室から出て行った。それからは慌ただしかった。荷物を全部片付けて馬車で家に帰ると、両親は玄関で出迎えてくれた。二人とも涙を流しながら私を抱きしめてくれて、恥ずかしいやら嬉しいやらで胸がほわほわする。いつも無表情のアリスも今回は眉毛が下がっていた。アリスはガタガタになった髪の毛をショートにしてくれた。生まれてから一度も短くしたことが無かったので違和感があるが、いずれ慣れるだろう。
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