3、帰って来た幼馴染
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「おはようターシャ」
「おはようエリック」
教室に着いて席に座ると、隣の席のエリックが話しかけてくる。今日の座学で当てられるところが難しくて解けなかったらしい。一通り教えると、納得したように何度もうなずく。
「やっぱりターシャはすごいよ。教科書読んでもわからなかったのに、君の説明だと簡単に理解できるんだもの。今度何か奢るよ」
「ううん、気にしないで。エリックにはいつも魔法の実技で迷惑かけてるから…」
「おはよう!」
賑やかな教室に朗らかな声が響き渡ると、一人の女子生徒が入ってきた。すると彼女の取り巻きや気がある男子が早速囲みだした。しかしその子は何も気にせずこちらに近づいてくると私とエリックの真ん中に割って入って来た。
「おはようエリック、それにターシャ」
「あ…おはようローズ」
「おはよう、俺たちに何か用?君の友達が大勢後ろで待っているよ」
薔薇のように真紅の髪がクルクルと腰まで伸びている。シトリン色の瞳が私たちを交互に見た後に、唇が弧を描く。ローズは自分の席へ行くと即座に囲まれていた。
ローズは私の幼馴染だ。地味な私と違って、ローズは昔から人を魅了することができる華やかさを持っている。顔がいっそ不気味なほど美しく、人形と言われても納得してしまうほどの美貌の持ち主だ。幼馴染として私と仲良くしてくれるが、劣等感のせいで自分が嫌になる。
「アイツのこと皆は好きっていうけど、俺はそんなに好きじゃない。あ、わりぃ、ターシャとローズは幼馴染だったよな」
「大丈夫言わないよ」
「へへ、俺はローズよりもターシャの方がよっぽど良いと思うけどな?」
コソコソと私に聞こえるくらいの声で、エリックは抜群の笑顔にウインクもセットにして言った。私は顔が赤くなるのがわかって余計に恥ずかしくなっていると、エリックの栗色の髪と瞳が楽しそうに揺れている。からかわれたと気づいてそっぽを向くとローズと目が合った。感情が読めない目で私を見ていた。本当に人形になったのかと思って目を逸らさずにいると、ローズは立ち上がって再び私たちのもとに来た。
「ターシャ、昨日ハドリーのもとへ会いに行った?」
「ううん、、昨日は忙しかったから」
「じゃあ会いに行こう!特進科だから隣のクラスだよ」
特進科といえば、文武両道の選ばれし人間のみ入ることができる超エリートクラスである。転校生で特進科なんて注目の的になるのは時間の問題だろう。私が返事をするよりも早くローズは私を立ち上がらせると、腕にするりと巻き付いた。エリックはその様子を見て変な顔をしているが、私に軽く手を振ってくれた。
廊下に出るとローズは大勢の人から挨拶をされている。そしてその大勢の人は私を見て恨めしそうにするのだ。どうして私のような地味な人とローズは一緒に行動しているの?たかが幼馴染のくせにベタベタしないでよ…と。しかし今日は別のことで廊下は賑やかになっていた。女子たちが話しているのを盗み聞きしてみる。
「特進科の転校生見た?」
「めちゃくちゃカッコイイ男の子だったよね!」
「誰か探してたっぽいよね?ずっと扉の方見てたし」
半分くらいローズに引きずられるように特進科の教室の扉の前に来た。躊躇することなくローズは開くと、そのままの勢いで教室に入る。基本的に普通科の教室で席を離れず休み時間を過ごす私にとって、特進科の教室は新鮮で緊張してしまう。キョロキョロしていると頭一つ分大きな影が私の前に立ちはだかった。それと同時にローズは巻き付くのをやめた。
「久しぶり、ターシャ」
上から声が降って来る。声変わりをしてあの頃よりも随分と低くなった声。当時は私の方が背が高かったのに、いつの間にかこんなにも身長差ができている。もはや別人なのではないかと疑うくらいに十年の月日は彼を変えていた。
「どうして顔を見てくれないの?」
「あ、えっと久しぶりで緊張して…ます」
心配する声に反応して慌てて見上げると、思わず言葉を失った。太陽の光を反射させる美しい金色の髪とラピスラズリ色の瞳が私をじっと見据えていた。まるで挙動の一つ一つを見落とさないように監視するように見つめてくる。その上何故かほんのり眉間にしわを寄せている。十年前は整った容姿から『天使』と呼ばれていたハドリーは、立派な青年になっていた。可愛い男の子から美しい男性になっていたのだから声が出なくなるのは仕方ないと自分に言い聞かせる。不満げな顔さえ、まるで本の中から出てきた王子様のように全てが完璧だった。
「敬語?僕のことを…覚えてる?」
「もちろん!十年ぶりに会ったらカッコよくなっててびっくりしたよ」
私が言うとハドリーは嬉しそうに笑った。その無邪気な笑顔は昔から変わっていなくて、この人が幼馴染のハドリーだと実感する。つまり私の初恋の相手であると実感する。
私とローズとハドリーは幼馴染。ハドリーのお父様の仕事が原因で引っ越しするまでは、毎日遊ぶほどに仲が良かった。そして幼いながら恋心を抱いていた。偶然ハドリーが来なくてローズと二人きりの時に、彼女がハドリーを好きだから応援してほしいと言われるまでは好きだったのだ。ローズは昔から可愛くて、皆をメロメロにさせる女の子だったからハドリーもきっと彼女が好きだろう。突然突き付けられた現実に耐えられず、その日の夜は泣いてしまったが私の恋は諦めて応援すると決めたのだ。
「ターシャも綺麗になったね。昨日来てくれなかったから僕のこと忘れたのかと思って心配だったんだ、でもその心配はなさそうだね」
「ごめんなさい、昨日は外せない用事があったから」
昨日は原稿が進む日だったのだ。ふとプロポーズのセリフが思いつかなくて悩んでた自分を思い出して口元が綻ぶ。アリスの声が聞こえなくなるほど集中していた自分はどんな顔だったのだろうか。
意識をハドリーに向けた瞬間、何故か悪寒が走った。彼の青い瞳は曇っていた。感情の読めない目が私に向けられている。いつの間にか手首が掴まれていた。力がこもって痛くなってくる。視線は一切離さずに何かを探るように少し首を傾げてハドリーは言う。
「……誰かと?」
「ううん、課題だよ」
小説を書いているとは言えなくて、咄嗟に噓をついた。すると曇っていた瞳が晴れて、先程までが噓のように再び美しい笑みを浮かべる。手首を握っていたハドリーの手はいつの間にか私の手に移動して、そのまま流れるように指が絡められている。まるで恋人のように握られた手に神経が集中してしまい顔が赤くなる。
「また前のように仲良くしてね、僕のターシャ」
耳元で名前を呼ばれて思考が停止しそうになる。満足そうにハドリーは笑みを浮かべると、握っていた私の手にキスを落とす。教室のざわめきで我に返る。いつの間にか私とハドリーを中心として円が完成していた。少し離れたところでローズが睨むように私を見ている。ハドリーは私しか見えていないような、うっとりした表情で見てくる。
チャイムが鳴り、意識が完全に戻った私は飛ぶように教室に帰ると自分の席に飛び込んだ。エリックは何事かと驚いたように私を見ていたが、私も何が起きたのか理解できていなかった。
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