11、キャンプは危険が多すぎる(後編)
明日で最終回です。あっという間でした。
番外編は考えていませんが、何かあれば書くかもしれません。多分。
改めまして、評価・ブックマークありがとうございます!
「う、うーん」
頭が痛いし体も痛い。
「ターシャ!良かった…!」
視界が鮮明になる。目の前には何故かハドリーがいた。私はキャンプ場のある森にいたはずだ。もしあちらで目を覚ましたならば森の中かキャンプ場の救護室にいるはずなのに、なぜ目の前にハドリーがいるのだろうか。意識が朦朧として考えることができない。見渡すと、簡素な部屋にはテーブルやソファーなどの必要最低限のものしか置かれていない。ここはどう考えても誰かの自室だ。
「キャンプ場で行方不明になったと聞いて慌てて捜したんだよ。崖の下で血を流して気を失っている君を見つけたときは本当に怖かった。やっぱり僕無しで外に出たらだめだよ。僕が目を離している隙に事件に巻き込まれるんだもん」
矢継ぎ早に話すと、心配そうに私の頬を撫でた。ひんやりと冷たくなってしまったハドリーの手から、どれほど目覚めない私を心配していたかわかり申し訳なくなる。その手は私の頭の方に向かうが、痛みに顔をしかめると手は離れていった。どうやらあちこちを打ったようだ。
「私はどれだけ寝ていたの?」
「まだ数時間だよ。安心して、ここは僕の部屋だから好きなだけくつろいで大丈夫」
「でもキャンプ場に戻って無事を伝えないと…えっ?」
上半身を起こそうとすると、ハドリーは起き上がれないように覆い被さる。至近距離で深く暗い瞳を覗き込むことになり、手が震えた。感情の籠らない声でハドリーは言う。
「だめ、外は危険だよ。ターシャは僕だけを頼りにして生きて。僕は完璧だから何でもしてあげることができる……あとは何が足りないの?」
唇同士が触れてしまいそうな距離でハドリーは話し続ける。瞬きをすれば彼の長い睫毛が肌に当たってこそばゆい。恐怖で声が震えているが、私も負けじと話す。
「私を守るために完璧になってくれてありがとう」
「思い出したの?あの時の約束」
「うん、全部思い出したよ。でも、守るために閉じ込めるなんて酷いこと言わないで」
ハドリーは傷ついた顔をして私を見ていたが、眉間にしわを寄せて不機嫌な顔になった。彼は私から離れるとテーブルにあるノートを見えるようにベッドに置いた。身を起こしてノートを開く。そこには私の家にいる時の行動記録がみっちりと書き込まれていた。欠伸をした時間や執筆をしていた時間まで詳細に書かれている。食事の内容やトイレに行った時間まで、私でさえ気にしたことのない情報が全て漏れていた。血の気が引く。意味が分からずハドリーの顔を見ると、恍惚とした表情で私を見ていた。
「凄いでしょ?アリスはね、僕が初めてお金で雇った人なんだ。彼女は前職がスパイで、処刑されるのを助けるかわりにターシャの行動を報告する約束で買った。僕が引越してすぐにターシャの家で雇われたでしょ?あの頃からずーーっと君の行動は全部知ってるんだからね」
私が口を挟もうとすると、間髪入れず言葉を続ける。
「僕は離れてからも君を守るために必死に勉強をしたよ。剣だって扱える、乗馬もできる、魔法だって誰よりも強く念じて完成させられる。あとはターシャが僕のプロポーズに応えてくれたら何もかも完璧になるんだ。前に僕に聞いてくれたでしょ?プロポーズの言葉は何にするのって。今書いている小説の最後のプロポーズのためだよね?あれからずっと考えたんだよ、どんな言葉が一番良いのかなって」
もはや私は絶句していた。ハドリーは棚を漁っている。お目当ての物を見つけたのか、背中に隠して再びベッドの前に戻って来て近くの椅子に座った。青く澄んだラピスラズリ色の瞳は最初から無かったように、鈍い色の瞳が私を捉える。
「あの小説僕も大好きだよ。特に二度と森から出られなくなる設定は最高だよ!僕がアランだったらフレイヤを一生森から出してやらない。他の男に目移りされないし、僕だけを見てくれるのでしょ?それに僕なら家事も全部やってあげて、僕がいないと生きられない体にする。そうしたら二人とも幸せだ。ずっと、永遠に、ね?」
目を離さずにハドリーは小さな箱を差し出した。ハドリーが開くと、その中にはシンプルだが細かい装飾がこだわられたリングが入っていた。どうやら彼の左薬指のリングと同じものらしい。リングを見て、ハドリーは嬉しそうに目を細めた。
「アランはフレイヤよりも長生きだ。でも彼はきっと共に生きることを願うのだろうね、死んで別れることになるのに。僕だったらフレイヤが死んだ時点で自分の喉を搔っ切るけど。生きてる意味ないし……じゃなくて、アランはきっとこう言うんだ」
リングを取り出すと私の左手の薬指にはめた。寸分の狂いもなくピッタリのリングが私の指でキラキラと輝いている。
「『死んだら煮込んで食べてあげる。そうすれば一生一緒にいられるね』」
私はハドリーのことが何もわかっていなかった。エリックの言葉を冗談半分で聞いていた過去の自分を殴ってやりたい。ここにいては危ない。私の口は勝手に言う。あの時エリックが教えてくれた魔法の言葉を。
「き、嫌いになるよ」
ハドリーは大きく目を見開くと、勢いよく喋っていたのを忘れたかのように口をポカンと開けて動かなくなった。両腕がだらんと下がると両目からボロボロ涙を流し出した。ハドリーが戻って来てから何度彼の涙を見ただろうか。これを見ると罪悪感で何も言えなくなってしまうのだ。
「嫌いにならないで。僕にはターシャしかいないから、お願い、どうしたら許してくれる?」
縋るようにベッドに飛びついてきた。いきなりの変わりように驚きつつも、次に何をするか必死に考えて言う。泣いている時は大型犬に見えて、なんだか可愛く見えてきた私も相当なのかもしれない。
「とにかく、私の無事を伝えに行こう?」
「うん」
私よりも頭一つ分背が高いハドリーが、目元を泣いて真っ赤にしながら素直に頷く姿に心臓がキュッとなる。涙を拭うと、私をベッドから抱き上げた。そのまま馬車へ向かうと丁重に扱われて恥ずかしくなる。馬車の僅かな揺れが響き、体中が痛くて小さく呻いてしまう。するとハドリーがこの世の終わりのような顔で私を心配してから御者にブチギレた。
それを何度か繰り返していると目的地に着いたようだ。壊れ物を扱うようにハドリーは私を馬車から降ろすと、また当たり前のように抱き上げられた。乗っている時から気づいていたが、自分で思っている以上にあちこち痛めているようだ。骨折はしていないと馬車で説明されたが、精密検査は後で医者に来てもらってからしかできないと言われた。アリスはキャンプ場で何かをしているらしい。何をしているのか聞いたが教えてくれなかった。
「あ!」
馬車の中で聞いた話を整頓していると聞き覚えのある声が聞こえる。声の方向を見るとエリックが一直線に走って来た。そしてハドリーに敵意むき出しのままで唸るような声を出して言う。
「ターシャを離せ!」
「良いけど、ターシャはあちこち打って痛いんだから丁重に扱えよ」
素直に私が渡されて拍子抜けしたエリックは、次に言おうとした言葉を忘れたようだ。ハドリーは当初の予定通り私を送り届けると戻るようだ。馬車でも怖いことは何もしてこなかった彼に言葉をかける。
「ハドリーありがとう。その、嫌いは取り消すね」
「良かった。ターシャ、愛してるよ。そのリングは絶対に外したら駄目だよ?約束」
痛みで一歩も動けない無防備な私の頬にキスをひとつ落とすと満足そうに笑みを浮かべて歩いて行った。一連の流れを見ていたエリックは、呆れた顔でこちらを見てくる。
「そのリングを受け取ることで和解したのか?」
「わ、わからない」
因みに今何が起きたのかもわかっていない。エリックはため息をつくと私を抱き上げた。軽々と持ち上げると、私の痛みを心配しつつ捜し続けてくれた皆がいるテントがある場所まで運んでくれたのだった。
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