エピローグ
今日は第二王子の婚約者をお披露目する舞踏会が開催される日だ。
朝から入念に肌の手入れをされて、ドレスに手を通す。
今日のドレスは紫色のAラインのオフショルダーだが、首元までレースで覆われていて露出度はかなり低めだ。スカート部分もレースで覆われて小さな宝石が散りばめられている。髪はハーフアップにして細かい編み込みには生花が挿し込まれる。
イングリッドのデザインはやはり洗練されていて素敵だ。
「メリッサ、とても美しいわ」
「ありがとう、アメリア」
アメリアは私の付き人として王宮に残ってくれている。アメリアも今日のために薄いピンク色のドレスを纏っていて、まさにヒロインという感じだ。
「アメリアはルーク様を好きではなかったの?」
「初めてお会いした時は素敵だと思っだけれど、メリッサへの想いを聞いてからは二人を応援していたわ」
「アメリア、私はあなたと姉妹でとても幸せだわ」
アメリアは優しく私を抱きしめてくれる。
ノックがあり、侍女に伴われてルークが入ってくる。正装の騎士服を着たルークも眩しいくらい魅力的だ。私は今、同じ人にまた恋をしている。イングリッドの言うような燃えるような恋ではないけれど、穏やかな恋だ。
「メリッサ、とても綺麗だ」
「ルーク様も素敵です」
ルークは私を抱き寄せると、おでこにキスを落とす。
「では、行こうか」
「はい」
舞踏会場に入ると、煌びやかなドレスを纏った紳士淑女が集まり皆が頭を下げ礼をする。
王と王妃、第一王子、イングリッドと共に壇上に並び、皆を見下ろす。
両親も嬉しそうにしている姿が見える。
「王様、この様な場で進言する無礼をお許しください」
突然、ライザが前に進み出て来る。
「ライザ公爵令嬢か?どうしたのだ」
王がライザを見て応える。ライザは王に礼を取ると、一人の侍女を手招きする。
「この者は長年グリフィス伯爵家に仕えていた者です。この者によりますと、アメリア様は義母妹のメリッサ様によって長年、使用人として仕えさせられ虐げられていたとの事です。このことが本当ならメリッサ様は第二王子の妃として相応しい人物とは言えません」
私は血の気が引いていくのを感じながら、ライザの連れている侍女を見る。確かに見たことがある。我が家に長年勤めていて私が辞めさせた者だ。
両親は顔を怒らせてはいるが、王の前では何も言えないのだろう。
皆の視線が私に集まっているのを感じる。アメリアを我が邸で使用人として仕えさせていたことは事実だ。それは王子妃としての品性が問われる事だろう。
ルークが前に出ようとするがそれを止めて、私は腹を決めるとライザに向きなおる。
しかし、アメリアが壇上に上がると私の前に立ち、ライザに向かい合う。
「私は使用人として過ごしたことはありません。私は今までメリッサと姉妹として過ごしてきました」
アメリアの言葉に驚いて私は前に立つ背中を見つめる。
「アメリア様はメリッサ様に紅茶を浴びせられて火傷をしたこともあると聞きました」
ライザが声高に言い、静まり返った会場に声が響く。
「それは……」
アメリアが言い淀む。それを見て更にライザは言い募る。
「階段から突き落とされて怪我をしたこともあるとか。そんな酷いことをされてきたのに、どうしてメリッサ様を庇うのですか?」
アメリアは狼狽えて私を振り返る。私も気まずい思いでアメリアを見るが、アメリアはライザをもう一度見ると辛そうに口を開く。
「紅茶をひっくり返してメリッサに火傷をさせたのは私です。それと、階段から滑り落ちて、メリッサを巻き込んで怪我をさせたのも私です」
そう、物語ではメリッサがアメリアにしたことになっていたが、この世界ではなぜか私がアメリアの失敗によっていつも痛い目をみていた。
ライザはそれを聞き唖然と口を開ける。
「そ、そんなはずは、」
「アメリア様は使用人のように下働きをさせられていたではありませんか!」
侍女が大声で叫ぶ。しかし、アメリアは今度は侍女に向き合う。
「あなたはメリッサにクビにされて逆恨みしているのでしょう?」
「……」
侍女は顔を歪めて私を睨み言い淀んでいる。
確かにその侍女は私がクビにした。私の部屋で掃除をしていたアメリアが、誤って私の大切にしていたオルゴールを落として壊してしまったのを見て、アメリアを叩いたからだ。
私はアメリアが叩かれたのを見て、すぐにその侍女を邸から追い出した。
「私にとってメリッサはかけがえのない妹です。妹を愚弄することは私が許しません」
侍女は言葉に詰まりライザを見る。ライザもアメリアから反論されると思っていなかったのだろう。握りしめた手を震わせている。
「これで疑惑は晴れた様だな」
王が声をかけると、護衛騎士が出て来て侍女を連れて行く。
「ライザ公爵令嬢、まだ言いたいことがあるのか?」
王の言葉に、タリス公爵が慌てて出てきて、ライザを無理矢理引っ張っていった。
王が手を上げると音楽が鳴り始め、それを合図に皆が踊り談笑し始める。
振り返ったアメリアを見ると、私は涙が込み上げて来る。
「アメリア、どうして……」
「だってあの時、私の姉に何するのって怒ってくれたでしょう?」
確かに私はそう言った。アメリアが叩かれて無性に腹が立ったのだ。
「私は妹ができてとても嬉しかったの。ずっと一人だったから」
「……私も嬉しかったわ。手のかかる姉だけど」
私はアメリアの手を取ると、アメリアも私の手を握って笑う。
そこへ両親が私達の元へやって来る。両親はアメリアへ向き合うと、居心地悪そうにしながらも頭を下げる。
「アメリア、メリッサを庇ってくれてありがとう。今まで私達がお前にして来た仕打ちを許してほしい」
「アメリア、あなたの母親への恨みからあなたに辛く当たってしまい、本当にごめんなさい。これからはあなたを私達の本当の娘と思わせてほしいの」
アメリアは両親の言葉に驚いていたが、すぐに笑顔になり、謝罪を受け入れて両親と抱きあっている。
どこから変わってしまったのか分からないけれど、物語と違う結末に安堵すると共に、皆と本物の家族になれたことがとても嬉しい。
「さぁ、泣いてないで主役が踊らないと」
アメリアが泣く私の背中を押す。
ルークのエスコートで会場の中央へと歩いて行くと、お互い礼をしてワルツに合わせて踊り出す。
アメリアも招待されていた隣国の王子に誘われて踊り出している。
私がルークを見上げると、ルークは優しく笑ってくれる。
「……ルーク様、私はずっと姉を虐げていました。本当はあなたに相応しくないのです」
私は軽蔑されるのを覚悟でルークに真実を告げる。
「アメリアはメリッサに救われたんだ。私と同じ様に」
「救われた? ……ルーク様も?」
「そうだ。私も君に救われた」
首を傾げる私にルークが優しい目を向けてくれる。
「私は君に会うまで魔力制御ができずに、いつも魔力暴走を起こしていたんだ。魔力暴走を抑えるために常に魔法を使って生活していたが、それでも毎日のように暴走してしまい、周りは私を恐れるようになっていった」
ルークは辛そうに目を伏せる。魔力暴走はとても危険なものだ。周りも巻き込み何もかも傷つけてしまう。
「あの日も一人になりたくて、桜の丘へ行って君に出会ったんだ。君と一日中駆け回って遊んで気がついた、魔力が安定していると。魔力は使うだけじゃなく、心の安定と身体も使わないと制御できないと分かったんだ」
「そうだったのですか」
「あの日が無ければ、いつか僕は魔力暴走に身体が耐えきれずに死んでいただろう」
「そんな……」
「それからは身体を鍛えて魔力を安定させられるようになった。僕は君に救われたんだよ」
「そんな、私はただ、ヴィンスと遊びたかっただけです」
「でも、君がきっかけをくれたんだ」
ルークの笑顔に、私は遠い幼い日の事を思い出す。
――
母が出かけたので私はそっと邸を抜け出す。
西の森の丘は邸の裏なので、すぐに辿り着く。丘を駆け上がると、もう一面桜が咲き誇っている。朝早いので誰もいなくて桜を独り占めだ。桜の木立の中を歩いていく。下から見上げても桜の枝が重なり、薄いピンク色の花が空一面に見える。
見惚れていると、ガサガサという音と共に小さな兎が駆けてくる。その後ろを大きな狼が追いかけ、兎は縦横無尽に駆け廻るが、狼を振り切ることはできずにいる。兎は私を見つけると、私の後ろに隠れてしまう。狼は私と対峙して唸り声を上げる。私は震える手でそっとウサギを抱き上げて、後ろの木に登ろうとするが、片手では上手くいかない。
とうとう狼が咆哮を上げて飛び掛かろうとし、私は兎を抱きしめて踞る。
目を強く瞑って待つが、いつまで経っても痛みがやって来ない。
そっと顔を上げると、目の前に狼が飛びかかろうとしたまま止まっている。
「大丈夫か?」
横からの声に振り向くと、同い年くらいの少年が杖を持って立っている。
私が頷くと少年は私の腕を取り、狼の前から引っ張っていく。
「凄い、……これはあなたがしたの?」
「ああ」
「それでこの後どうするの?」
「……どうしよう」
狼は魔法を解けば、また襲いかかってくるだろう。でもこのまま置いておくわけにもいかない。
私は抱いていたウサギを地面に下ろす。ウサギはしばらくキョロキョロしていたが、森の方に駆けて行き見えなくなった。
「木の上に登ってから魔法を解きましょう」
少年は頷くと杖を振る。すると二人の体が浮かび上がり木の枝にふわりと降りる。
「凄い! あなたなんでもできるのね」
少年は長い前髪の間から少し目を覗かせて嬉しそうに笑う。
そして杖を振ると狼にかかった魔法を解く。狼は地面に降り立つと、しばらく匂いを嗅いでいたが、やがて森の奥へと走っていった。
私は木から飛び降りると、少年はまた魔法でゆっくり木から降りてくる。
「ありがとう、助かったわ! 私はミリーというの。あなたは?」
「僕はヴィンスだ」
「あなた凄い魔法使いなのね。それだけ魔法が使えたら楽しいでしょう?」
「僕が怖くないのか?」
ヴィンスは驚いたように目を見開いている。
「怖いわけがないわ。助けてくれたじゃないの」
「そうか」
「でも魔法ばかり使っているから、そんなに痩せっぽちなのよ。もっと身体を使わなきゃ駄目よ」
「……痩せっぽちじゃない。ミリーだってそばかすだらけじゃないか」
「な、なによ。ヴィンスは歯抜けのくせに」
ヴィンスは両手で口を押さえている。それを見て私は笑いながら丘を駆け上がる。
「丘の上まで競争よ! 魔法を使ってはダメよ!」
「ずるいぞ!」
夕方近くまで二人で丘を駆け回り、芝生に寝転がると夕日が落ちてくるのが丘の上からよく見える。
「あー、もう帰らないと」
「……ミリー、僕と将来結婚してくれ」
私はガバリと起き上がる。
ヴィンスも起き上がり、夕日を受けて真っ赤な顔をしている。私も顔が熱いのを感じる。きっとヴィンスと同じような顔をしているのだろう。
「うん。ヴィンスとならいいわよ」
「じゃあ、契約をしよう」
ヴィンスが左手を出すので、私もその上に左手を乗せる。
ヴィンスが杖を振ると光の筋が現れて二人の手を包み込む。まるで本当の魔法契約のようだ。
「これで契約が結ばれた。いいね?」
「わかったわ。じゃあ将来私を迎えにきてね」
「ああ。必ず」
ヴィンスは長い前髪を払うと、真っ黒な目で私を見て笑った。
完