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歯抜けとそばかす

 今度は王都の公園の方へと歩いて行く。公園には大きな湖があり、奥には整備された木立が並んでいる。

 こちらにも露店が立ち、広場では花を浸したフラワー水をかけ合い邪気を払うまじないをしている。私達も水の神の仮面を被った子どもたちに水をかけられながら歩く。地味に服が濡れていくのでマントを羽織っていて良かった。


 王子はマントを羽織っていないので、いい感じに水も滴るいい男になっている。道行く人が振り返るのも気持ちは分かる。


「ルーク様、これを」


 アメリアが差し出すハンカチを私は凝視する。あれはあの時に縫った蜘蛛のエンブレムのハンカチだ。


「アメリア、ありがとう」


 王子は笑顔でハンカチを受け取り、絵柄を見て一瞬ビクッとしたが、何事もなかったのように顔を拭いている。

 まずまずの反応に私は満足して頷く。


 今頃気がついたが、私は邪魔者ではないだろうか?

 カーティスもいないし、王子とアメリアの二人のデートになぜ私がくっついて来ているのか?


 もっと早く気づけばいいのに、こういう気が利かないところが私の悪いところだ。ここはさり気なく消えることにしよう。


「私、カーラ様に仕事を頼まれていたのを思い出しましたわ。先に王宮へ戻りますので、これで失礼いたします」

「仕事とは何だ?」


 二人に礼をして去ろうとするが、王子からまさか聞かれるとは思っていなかったので、特に仕事を考えていなかったため直ぐに思いつかない。


「え? それは……」

「急ぎでないならまだ戻る必要はない。カーラには私から言っておく」

「……はい」


 せっかく気を効かせたつもりが、逆に気を遣われてしまった。



 広場を抜けて公園の道を歩いていると長い列をなしたマーチングバンドが通り、その後をカラフルな服を着た男女が踊っている。女性の赤や黄色のスカートがふわりと広がると、そこに大きな花が咲いたようで、みんなが見惚れている。最後に続く子ども達が沿道の人に花を配っている。

 私とアメリアも受け取りお互い髪に差し合う。


「もうそろそろ戻ろうか」


 王子の言葉に頷き馬車へと向かおうとすると、遠くで馬の嗎が聞こえ、すぐに悲鳴が上がる。

 何かとそちらを見ると、黒い馬車を引いた黒い馬がすごい勢いでこちらに走ってくる。御者は乗っておらず荒れ狂った馬が前後不覚になっているようだ。


 被り物を被った小さな女の子が転ぶのが見える。馬はもう目の前だ。

 私は咄嗟に飛び出して女の子に覆い被さる。


 目を固く瞑ってその時を待つが何も感じない。辺りは静かだ。


「メリッサ!」


 声に顔を上げると目の前に馬の蹄が見える。

 馬は前足を上げたまま微動だにしない。


「大丈夫か?」


 王子が手に杖を持ちながら私の腕を引き立ち上がらせてくれる。


「これは、……ルーク殿下が?」


 止まったままの馬を見ると、目を見開きたてがみを靡かせ完全に時を止めている。周りを見回しても私達以外全てが時を止めている。

 この魔法も私は見たことがある。子どもの時にあの子が使っていた。時を操る魔法を使える者は他に聞いたことがない。


 私は腕の下にいた女の子を抱き上げる。

 

 王子が魔法を解くと同時に魔法で水を浴びせると、馬は興奮を収め大人しくなった。御者が来て馬の手綱を取っている。御者が離れた隙に虻に驚いて暴れ走り出したらしい。御者は周囲に謝りながら馬を連れて行く。


 女の子は母親が来て連れて行き、母親に抱かれ泣きじゃくっている。



 私は王子に向き合い、その紫の目を見つめる。


「ルーク殿下、助けていただき、ありがとうございました」

「怪我はないか?」

「はい、お陰さまで無事でございます」

「そうか、良かった」

「希代の魔法使いは、ルーク殿下だったのですね?」

「……やっと思い出したのか」

「はい」


 私はあの丘で会った男の子を見つめる。

 王子も私を見つめると優しく笑いかける。

 その笑顔があの男の子の笑顔と重なる。


「では、結婚の契約も思い出したのだな?」

「あれは、本物の契約だったのですか?」

「そうだ。偽物だと思っていたのか?」

「子どもがあの様な契約魔法を使えるとは普通は思いません」

「……確かにそうだな」


 あの丘で二人手を繋いで結婚の契約をしたのを思い出す。


「でもそうなると、アメリアと結婚されるのに、私との契約はどうなるのでしょう」


 王子は少し気まずそうに私を見てからアメリアを見る。


「アメリア、メリッサが思い出したようだ。当初話したように君はもう婚約者の振りをしなくてもいい」

「かしこまりました、王子殿下」


 アメリアがくすくす笑いながら私を見る。


「婚約者の振り? アメリアは全て知っていたの?」

「ええ、王宮に着いた日にルーク様からお聞きしていたの。メリッサが思い出すまで婚約者の振りをしてほしいと」


 なぜそんな事を?


「デビュタントで再会した時、私はすぐにメリッサが分かったのに、君は私に全然気づかなかっただろう」


 王子はどこか拗ねたような顔をしている。


「確かにそうですが、ルーク殿下は子供の頃とあまりにも違いました。それに瞳の色も違います」

「瞳の色は魔力が増すと共に紫に変化したんだ。それを言うならメリッサもあの頃とは変わっていた」


 私はあの派手な化粧とドレスを思い出す。よくあれで私だと分かってもらえたものだ。


「それに君は伯爵家の長女だと言っていたのに、伯爵家に迎えに行ったら妹だった。そして私に姉を紹介したんだ」

「子どもの時は義母姉がいる事を知らなかったのです」

「あまりに私を思い出さないから、思い出すまで待つことにした」

「それで私を侍女に?」

「そうだ。一緒に過ごすうちに思い出してくれるかと思って」


 桜の丘に行ったのも兎も私に思い出させるためだったのか。


「名前もミリーだと名乗っただろう。随分探したが同じ年頃のミリーは見つけることができなかった」

「ミリーは私の愛称でした。あの頃は母にそう呼ばれていましたので。ルーク殿下もヴィンスと名乗られましたよね」

「ヴィンスはお忍びで使うミドルネームだ。あの日も城を抜け出して、一人で桜を見に行っていたからな」


 それではお互いに見つけることができないはずだ。


「でも話していただければ、すぐに思い出せたと思います」

「そうだろうが、私はメリッサ自身で思い出してほしかったんだ」


 あの魔法で王子がヴィンスだと分かったが、いまだに信じられない。あの頃のヴィンスは痩せて前髪も長く、顔を隠していた。それに歯が生え変わりで前歯が無くて、私は歯抜けだと笑ってしまった。


 今思うと王子に対してかなり不敬な態度しか取っていなかったように思う。

 口に手を当てて青ざめる私を見て、王子はほくそ笑む。


「全部思い出したようだな。しかし私もメリッサをそ

 ばかすと呼んだからおあいこだ」


 そうだった。私はあの頃顔がそばかすだらけでとても気にしていた。それなのにヴィンスにそばかすを揶揄われて、お返しに歯抜けと呼んだのだ。

 こんなのでよく結婚の話が出たものだ。


 しかし、そうすると "君声" のシナリオは?


「ルーク殿下とアメリアは子どもの頃に会ったことはないのですか?」

「私はアメリアと伯爵の邸で会ったのが初めてだ」


 アメリアも首を振っている。

 "君声" ではアメリアと第二王子は子どもの頃に出会い魔法契約を結んでいた。アメリアはそのことを支えに辛い日々を乗り越えていく。


 私が王子に先に会ったから?だからシナリオが変わってしまったの?


「何を考えているか知らないが、魔法契約は絶対だ。もう後戻りはできないからな」


 王子は考え込んでいる私の左手を取ると、胸ポケットから金の指輪を出し薬指にはめる。すると指輪が輝き私の指のサイズに変わる。


「私との契約の証だ」


 王子は私の前に片膝をついて跪くと、指輪にキスを落とす。


 それを見て道行く人が歓声を上げている。


「メリッサ、私と結婚してくれるか?」


 少し緊張した面持ちで王子は私を見上げてくる。物語とは違うシナリオになってしまったけれど、私が王子と結婚してもいいのだろうか?


 アメリアを見ると、笑みを浮かべて頷き返事を促している。


 私は王子に向き直り深呼吸をする。


「はい、ルーク殿下。よろしくお願いいたします」


 返事を聞くや、立ち上がりながら王子は私を抱きしめた。



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