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第二王子の婚約者

 翌日から特訓を始めるが、明らかにおかしい。仮にもアメリアは物語のヒロインだ。いや、ヒロインである前に十歳までは伯爵令嬢として育てられていたはずだ。それなのになぜ、こんなにマナーがなっていないのか。


 目の前で、ずずずと音を立ててスープを飲むアメリアを見て顔が青くなっていくのを感じる。


「アメリア、スープは音を立てて飲んではいけないわ。スープだけじゃない。食事中は音を立てずに食べないと」

「それでは、とても食べられないわ」

「あなたも十歳まではマナーを習っていたでしょう?」

「お母様はいつも出かけていたし、私は一人で食事をしていたから」

「……」


 物語とはいえ、ヒロインに対する扱いが酷すぎる。


「これから気をつければいいのよ。すぐにできるようになるわ。……多分」

「ありがとう。頑張るわね」


 食事を終えると、デザイナーがやってくる。


「姉のドレスを仕立ててほしいの。一週間でお願い」

「お嬢様、一週間ではとても無理です」

「そうなの、……では、仕立て直しならできるかしら?」

「それなら何とか」


 私は自分のドレッサーへ行き、アメリアに似合いそうなドレスを探す。といっても、私のドレスは母の影響で、どれも派手な色合いとデザインだ。前世の記憶を思い出した今は、どれもゴテゴテしていて露出が多く、とても着たくない。


 その中でもなんとか大人しそうなデザインの物を選びだす。

 デザイナーがアメリアを採寸しながらドレスを着せるが、どうも難航しているようだ。


「プロポーションがとてもよろしいんですが、少し腰回りの生地が足りないようですわね」

「アメリア、夜ご飯の後にパンを食べていたの?」

「……ええ」

「これからは食事のみよ」

「そんな!」

「ドレスに体を合わせなさい!」


 しゅんと項垂れるアメリアに、私も脱力する。

 いけない、いけない。なんとしても一週間で...なんとかなるかしら。



 私のダンスのレッスンをアメリアも共に習うが、もうさっきから何度先生の足を踏んだだろう。先生の顔が苦痛に歪むたびに申し訳なくなってくる。


「アメリア、下ばかり見ては駄目よ。でも、もう先生の足を踏まないであげて」


 相反する事を言っている気がするが、言わずにはいられない。

 ようやく曲が終わり、先生の顔が安堵の表情に変わる。


「アメリア、十歳までダンスを習っていたわよね?」

「ええ、でも私、昔からダンスが得意ではなかったの」

「そう、じゃあ何が得意だったの?」


 もうあれこれしている時間はない。得意なものを伸ばしていったほうがいいかもしれない。


「刺繍は得意だったわ」

「そう!では刺繍をしましょう」


 先生の足も限界なのでダンスは早く終わってもらい、私の部屋に戻り刺繍をすることにする。


「ハンカチに刺繍をして第二王子にプレゼントをすれば喜ばれるわね」

「どんな模様がいいかしら?」

「イニシャルと何かエンブレムがいいんじゃないかしら?」

「わかったわ」


 二人で座って刺繍をする。メリッサは刺繍が得意ではなかったが、前世の私はミシンが趣味で、よく服や鞄を自作していた。だから刺繍も好きだ。一時間くらいかけてハンカチの隅にイニシャルと横向きの鷲のエンブレムを刺繍する。

 なかなか上手くできたと思う。


 チラリと隣を見ると、アメリアはまだ刺繍をしている。よく見ると何か足がいっぱいあるものを刺繍しているようだ。


「アメリア、……それは何かしら?」

「これは蜘蛛のエンブレムよ」

「なぜ、蜘蛛なの?」

「昨日部屋にいたの」


 もう突っ込む気にもならない。このハンカチをプレゼントした時の王子の顔が是非見てみたい。



 その後も、マナーやお辞儀の訓練、食事の作法など、一週間かけてできるだけのことはした。できる、だけ。


 思い返せば、アメリアは今まで全てのことにおいて要領が悪かった。

 掃除をしては花瓶を割り、洗濯をしては洗濯物を地面にぶちまけ、私の部屋でも転んでバケツをひっくり返し、私のベットを水浸しにしたこともある。いつも誰かに怒られていて、もう何もしないでくれと使用人に頼まれているのを見た事もあるくらいだ。

 物語でもアメリアはこんなに要領が悪かっただろうか?


 明日は王宮から迎えの馬車がやってくる。私は正直、もう早く来てほしくて待ち望んでいた。後は王宮で何とか教育してほしい。


 王宮からの迎えより早く、父が呼んだという遠い親戚の男が物語通りにアメリアを迎えに来た。


 私は父より先に知らせるようにと使用人に言い含めておいたので、呼ばれてすぐに男が待つサロンへと赴く。


「まぁ、やっと迎えが来たのね。どうしてもっと早く来られなかったのかしら。アメリアは黒い斑点が広がって痩せ衰えて、触ると感染るというから誰も看病もせずに部屋に閉じ込めてあるの。死ぬ病気なんて怖いわよね。早く連れて行ってちょうだい」


 男は私の言葉に慄いている。


「なんだって?死ぬ病気なんて聞いてないぞ」

「あら、そうなの?父はここに置いておくと私達が危険だから、遠くの親戚に預けると言っていたのに」

「なんだそれは!働き口を探していると聞いて来たのに。俺は帰るぞ!」


 男は怒りながらも急足で帰って行った。


 晩餐の席で父がアメリアの迎えが来ないと憤慨していたので、私を無理矢理連れて行こうとした男がいて怖くて追い返したと言ったら、父は男にもっと憤慨していた。これで大丈夫だろう。



 今日、アメリアは仕立て直し終わったドレスを身にまとっている。化粧をしてドレスを着ると流石はヒロインだ、とても美しい。

 私も母によって着飾り立てられているが、いつもの派手な化粧とドレスのため、上手くアメリアの引き立て役になれている。


 侍女がやって来て、王宮から迎えが来たと言う。私と両親が先に玄関へ向かい、その後をアメリアも付いてくる。母はアメリアの姿を見て酷く怒っていたが、お母様の方が数倍美しいわとお世辞を言ってなんとか宥めた。


 玄関へ行くと、騎士服を着た若い男が立っている。黒髪に深紫の瞳を持ち、肌はきめ細かく彫刻のように整った顔立ちをしている。背はスラリと高く体は引き締まり、若いがかなり鍛えているのが分かる。


 彼がこの国の第二王子であり、"春声" の王子様だ。まだ十六歳だが完成された美を有している。ハマって読んでいた時はまさに理想の王子様だったが、実際に目の前で見ると、近寄り難いものを感じる。やはり物語は物語だからこそいいのであって、現実では受け入れ難いのかもしれない。


 王子がこちらを見る。

 私達は皆で王子へ礼をする。チラリと横を見るとアメリアも、なんとかカーテシーをしている。


「ルーク殿下自ら来ていただけますとは、光栄でございます」


 父が王子に挨拶をする。

 王子は鷹揚に頷くと、私と目が合う。ジロジロと私を見ているので気分が悪いが、こんな悪趣味な見た目だと仕方がないのかもしれない。


 父が私の背中を押しながら私を紹介しようとする。


「これが私の娘のアメ」

「メリッサでございます」


 父の言葉を遮り自ら名乗ると、私はもう一度王子へ礼をする。父が私を見ているのを感じるが、私はその視線に気づかない振りをする。


「ルーク殿下、こちらが、私の姉のアメリアでございます」


 私は横にいるアメリアの腕を引っ張り前に連れてくる。両親は止めようとしてくるが、それを押し退けて私は王子の前に出る。


「お会いできて嬉しゅうございます、ルーク殿下。アメリアでございます」


 意外にも、アメリアはしっかり自己紹介をして、もう一度カーテシーを決める。


 私の教育も無駄ではなかった。私の役目が終わったことにホッと息を吐く。両親は青筋を立てているが、王子の前ではもう止めようがない。


「君が長女のアメリアか」

「はい」


 さあ、早くアメリアを連れて行ってください。私はこの後、両親を教育し直さなければいけないので忙しいのです。


 さっと後ろへ下がろうとすると腕を取られる。見るとアメリアが私の腕を掴んでいる。


「アメリア、どうしたの?」

「わ、私、一人では……」

「何を言っているの?大丈夫だから一人で行きなさい」


 アメリアは泣きそうな顔をしながら首を振る。私は腕を抜こうとするが、予想以上にアメリアの手の力が強くて抜けない。

 それを見て王子は口の端を持ち上げて笑う。


「アメリアは一人では寂しいのか。ではメリッサ、君も一緒に来るといい」


 王子の提案に目を剥く。

 冗談じゃない。やっと断罪を回避したと思ったのに、また地雷を踏むような真似はしたくない。


「いいえ、私は、」

「私の命令が聞けないのか?」


 綺麗な笑顔を向けながら、王子は冷淡な言葉を告げてくる。王子ってこんなキャラだったかな?


 両親は後ろで「メリッサも是非」と嬉しそうに話している。私はあなた達のためにも頑張っているんですよ。


「……かしこまりました」


 もう断りようがなくなった私は、頭を項垂れるように礼をした。




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