義母妹
私には義母姉がいる。姉と言っても同い年だ。生まれるのが数日私の方が遅かった。義母姉というからには、私達は母が違う。
父は私の母を愛人にして別宅に住まわせていた。
私がそれを知ったのは、十歳の時だ。妻を亡くした父が私の母を後妻として本宅へ呼び寄せたのだ。
私と同じ金色の髪に青色の瞳をした可愛らしい少女が、悲しげな顔をして私達を出迎えた。
この子は誰?
父と母を見ると、父はその子を冷たい目で見下ろし私の義姉だと紹介した。そして、父は私達母子を嬉しそうに邸の中に迎え入れた。
おいおい分かったことだが、父は私の母を愛していたが前妻と政略結婚をさせられ、愛人として母を囲っていたらしい。状況を把握した私は、両親が義母姉を虐げ、部屋を使用人部屋に移し下働きさせるようになるのを見て、同じように義母姉を使用人のように扱った。邸の使用人達も両親に倣い義母姉をぞんざいに扱った。
私は両親の仲を引き裂いた女の娘を憎み、私達をずっと別宅に住まわせていた事を恨んだ。
それから何年も経ち私は十六歳になった。
変わらず義母姉は使用人部屋を宛てがわれ使用人として働いている。私は邸で一番日当たりのいい広い部屋で、伯爵である父からドレスや宝石を贅沢に与えられ何不自由なく暮らしていた。
そんなある日、王宮から我が伯爵家に使者が来た。なんと義母姉を第二王子の婚約者として迎えると言うのだ。
両親は怒りに打ち震えた。どうして義母姉なのか?なぜ妹の私ではないのか? と。
使者の話によると、昔に義母姉と第二王子の間で結婚の契約が魔法によって結ばれていたらしい。魔法契約は絶対だ。反故は許されない。
一週間後に迎えに来ると言い、使者は王宮へと帰っていった。
食事の時に両親からその話を聞いた私は、フォークに刺していた芋をポロリと落とし、突然前世の記憶を思い出した。
前世で私は女子高生だった。ファンタジーが好きで沢山の本やコミックを読んでいた。その中でも特に王道恋愛コミック "春風が運ぶあなたの声" 通称 "春声" が大好きで、私は何度もそれを読み返していた。
"春声" は、ヒロインが母を亡くし、父が連れて来た義母と義母妹に虐げられるところから始まる。父から顧みられることもなく、毎日辛い使用人生活の中、しかしヒロインは持ち前の明るさで健気に頑張り、周りの使用人達からも慕われていく。そんなある日、王宮から使いが来て、ヒロインが第二王子の婚約者だと告げられるのだ。
私のいるこの世界はその "春声" と全く同じだ。しかも登場人物の名前もピタリと当てはまる。
頭が混乱する中、私は自分がヒロインを虐げ破滅するヒロインの義母妹メリッサだということに気がついた。
私は椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がる。
どうしよう! まずいよ!
このままじゃ御家断絶、一族郎党辺境へ島流しになる!
私の様子を見て両親は、私も怒りに打ち震えていると思ったのだろう。
「メリッサ、安心しなさい。アメリアを王子の婚約者などにはしない。王子の婚約者になるのはお前だ」
その言葉に唖然として父を見る。
「そうよ。あの女の子供を王子の婚約者になんてするものですか」
母はテーブルナプキンに怒りをぶつけ、ギリギリ握りしめている。
「でも魔法契約は絶対ですわ」
「大丈夫だ。お前とあの子はよく似ている。王子だって分からないはずだ」
確かに私とアメリアは義母姉妹とはいえ姉妹だからかよく似ている。しかし、知っている人が見れば分かるし、双子のように似ているわけではない。
それにさっきも言ったように魔法契約は絶対だ。
「お父様、いくら似ていても魔法契約は誤魔化せませんわ。ここは大人しく、アメリアを王宮に送る準備をしましょう」
アメリアはずっと使用人として過ごして来た。早く一端の令嬢にしなければ、私達は王子に断罪されてしまう。
しかし、両親は私の言葉に笑い出す。
「何を言うんだ。メリッサ、心配しなくてもお前が代わりに行けばなんとかなる」
「そうよ、アメリアなんか絶対に行かせてなるものですか」
物語補正が働いているのか、両親は絶対に私を行けせようとしてくる。
いやいやいや、なんとかなるって何? もうちょっと説得力のある話をしてよ。
物語ではメリッサがアメリアの振りをして王宮へと行き、その間にアメリアは遠くの親戚の元へ送られてしまう。
しかし、いずれはメリッサが偽物だとバレて、両親共ども爵位剥奪のうえ北の辺境の地へと追放される。そこで強制労働に耐えきれず逃げ出し、最後は凍え死んでしまうのだ。
もう両親に頼っていては駄目だ。自分でなんとかしなければ。
私は部屋を飛び出すと、アメリアを探す。使用人に聞くと、もう自分の部屋で休んでいると言う。
私はアメリアの部屋へ行くと、ノックと共に勢いよく扉を開ける。
「アメリア、話があるの!」
アメリアはベッドの上で向こうを向いて座り俯いている。
もしかして泣いてるの?
前世の記憶を取り戻した今では、いつもアメリアに酷い仕打ちをしていた自分の行いが恥ずかしい。
「アメリア……」
そっと手を伸ばしアメリアの肩に手を置くと、アメリアの肩が震える。
「私、今まで、あなたの事を……」
アメリアの前に回り込み覗き込む。
「虐めて……ごめ」
そこで言葉が止まる。
アメリアは泣いていなかった。大きなパンを口に咥えている。
「アメリア……」
「ご、ごめんなさい」
アメリアはパンから口を離し私を見る。
「そのパンはどうしたの?」
「料理長がくれたの。お腹が空いてるだろうって」
「そうなの。パンは食べてもいいのよ。でもベッドの上で食べてはいけないといつも言ってるでしょう?」
「そ、そうだったわね」
いそいそと立ち上がるとアメリアは椅子に座る。
「アメリア、話があるの」
「は、はに?」
「食べながら話さないの!」
アメリアは口いっぱいにパンを頬張りながら俯く。ついいつもの調子で怒ってしまう。
コホンと咳払いをして私は話を進める。
「一週間後、王宮からあなたに迎えが来るわ。あなたは第二王子の婚約者として迎えられるのよ」
私は笑顔でアメリアに言うが、アメリアは急に苦しみ出す。
え! 何? 毒が入っていたの?
私は慌ててアメリアの側に行き、吐き出させようと背中を叩く。
しばらくすると、アメリアはふぅと息を吐き出し、私を見て笑う。
「アメリア! 大丈夫なの?」
「ええ、驚いてパンが喉に詰まったの」
「……」
私は深呼吸をして自分を落ち着かせる。また怒ってしまいそうだ。
「アメリア、あなたを淑女に教育する必要があるわ。明日から私がマナーを教える、いいわね」
「ふぁい」
「食べながら話さないって言ったでしょう!」
結局いつも通り怒ってしまう。これでは先が思いやられる。一週間でなんとかなるのだろうか。いや、絶対なんとかしなければ。
「食事中、邪魔をしたわね。明日からは仕事をしなくてもいいわ。私の部屋で特訓よ」
私はアメリアの部屋を出ると、溜め息を吐く。
どうしてこんなにギリギリで思い出したのか。でも今からならまだ何とかなる、はず。
前世の私は道路に飛び出した子どもを助けようとして車に轢かれて死んでしまった。今度は絶対に長生きしてみせる。なんとしても破滅への道を回避してみせるわ。