33.聖国
帝国の要塞に背を向け進み見えてきたのは聖国軍。白を基調とした神聖さを感じさせる武装に身を包み整然と並んでいる。
そろそろ〈魔術〉の射程だが攻撃してくる気配はない。俺が帝国軍を壊滅させたのを知っているため敵か敵なのか測りかねているのだ。急遽交渉役を選出しこちらに送ろうとしているがそれを待つ意味はない。
遠慮なく帝国軍のYPから作った新《スキル》の試し撃ちをさせてもらう。
《天災地変(103100YP)》ランク8:《魔力》を消費し十の天災の力を揮う。
この《天災地変》は《天変地異》の上位版だ。消費|《魔力》は増加したがその分範囲が広がった。威力も上がった。
冷却時間も伸びてしまったが扱える天災の種類が十個あるので計画的に使えば困ることはそうそうない。依然|《天変地異》も使えるので適度に使い分けて行こう。
「発動、《天災地変》」
これより揮うは天与の災禍。理外の運動量を孕む破滅の巨岩。
遥か上空で形成された隕石が聖国軍の中央へと目にも留まらぬ速度で放たれる。衝撃波が駆け抜け付近の聖国兵を葬り去り大量の土砂を巻き上げた。
轟音を聞きながら新たな天災の力を発動させる。
強酸の雨が全てを溶かす。日をも食らい空を覆う闇が圧し潰す。複数の嵐が重なり生まれた激甚なる颶風が吹き飛ばす。
天災一つにつき軽く四桁は殺している。屈強な兵士達ですら成す術もなく屍に変わる。これぞ正に天災の力であろう。
そんな調子で聖国の砦に向けて侵攻する。時折災禍の弾幕を乗り越えて聖騎士が現れるが苦戦することはない。多くは一太刀で、最高でも三合で斬り殺せている。
それらの作業と並行して上空に打ち上げておいた星刃を降らし《天災地変》の届かない位置にも攻撃を加える。こうした細やかな努力を積み重ねることが成長への近道だ。
そしてその甲斐あってここに来て《魔王》が《レベル5》になった。五万の人間を屠った実績で一つ上がったのだ。
足にぐっと力を込める。速度が格段に上昇し災禍の荒れ狂う空間をあっという間に走破する。狙いは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う聖国兵だ。足止めになろうと向かって来る聖騎士はスルーして聖国兵達の近くに駆け寄る。そして《魔王Lv5》の能力を開放する。
「《魔王・恭化》」
闇の波動が俺から広がり聖国兵を呑みこむ。波動が過ぎ去った後にはその場で立ち尽くす聖国兵が残された。現在の《魔王レベル》で《洗脳》できる最大数、五百人を洗脳することができた。
「《配下》になれ」
《洗脳状態》の聖国兵に《配下》申請を送り受理させる。これで《配下》が五百人弱増える。五百人ピッタリではないのは《配下》になる前に《洗脳》から脱した者が何人かいたからだ。とはいえ《配下》は三百人増やせたら良かったので何ら問題はない。
《配下》の総数が五百を超えたことで《魔王レベル》がまた一つ上がる。元々二百の《配下》が居たところへ五百人弱が加わりめでたく要求値を超えたわけだ。
《洗脳》した聖国兵に巻き込まれないよう俺の後ろまで下がれと命令する。《洗脳》対象への命令は精神的なパスを介して行われるが《魔王・恭化》はこのパスの有効距離が非常に長いため一度で全員を動かせた。
《洗脳》集団がいなくなったので攻撃を再開する。羊のように逃げ惑う聖国兵に牧羊犬の気分で追い打ちをかけることしばらく、聖国の要塞に着いた。
要塞の前ではない、要塞に着いたのだ。四分の三ほどが崩壊した構造物を要塞と呼んで良いかは疑問だが。
既に天災に蹂躙され尽くした要塞内は見るも無残な有様で、兵達は最早戦意の欠片も残していない。彼らはただ呆然と、或いは背を向け逃げながら、一様に天災の餌食となった。
無駄に堅く面倒な要塞攻略が終わったので、後は要塞を捨てて撤退した騎兵部隊を追いかけて殺すだけだ。ついでに近くの街も襲えばさらなるYPの収穫が見込める。
YPのためにも全力で走るとしよう。
◆ ◆ ◆
──聖国ハーネシア首都ユクチア 光聖堂
聖国の実権を握るハーネ教、その総本山である光聖堂は大規模でこそあるものの質実剛健といった趣の、良く言えば落ち着いた、悪く言えば地味な建物だ。
その光聖堂の奥、縦に長い机の置かれた会議室にはこの日、司祭以上の地位にある神官達が集められていた。出席者は皆、口を閉じているもののどこか浮足立っている様子だ。
最初に言葉を発したのは会議の主催者にして聖国の主権者、教皇だった。
「突然の招集であったにもかかわらずこれだけの者が応じてくれたことを嬉しく思う。此度の議題は他でもない、新たに誕生した《千呪魔王》の対策である」
縦長テーブルの一番奥に座す老齢の教皇は威厳を感じさせる重々しい声でそう切り出した。それを聞いた神官達の表情が強張る。
「既に知っている者もおるかもしれぬがまずは報告から入ろう。ディアナ」
「かしこまりました。昨日昼頃、《三千魔王図》にて《千呪魔王ケイタ》の誕生が確認されました。《レベル》は百二十七。後天的に《魔王》となったと推測されます。我が国、及び同盟国では目立った魔物被害は確認されていないため今しばらくは安全かと思われます。今後は各国の諜報員から情報を集めつつ《魔王》の発生地域を絞り込んでいく方針です」
教皇の後ろに控えるディアナと呼ばれた女性が現在判明している情報を述べて行く。彼女の『《魔王》は近くには居ない』という言葉に神官達はホっとしたような顔を浮かべた。実際はお隣の国に居るのだが。
長距離通信のできる大型通信用|《魔道具》は秘密裏には持ち込めず、皇帝とルネリスが持っていた通信距離無限の《魔道具》は《迷宮》産の一点物であるため用意すらできない。そのため無駄に広い国土を持つ帝国からでは情報の伝達が遅れているのだ。
そうとも知らず呑気に会議は続く。聖国では執政は神官の仕事なため「恐怖を煽らないために国民には秘匿しておこう」や「対策に役立ちそうな《装備品》や《魔道具》を集めておこう」といった聖職者というより為政者然とした話が多い。「敵国で暴れてくれれば万々歳だ」などという不謹慎なジョークもあった。
ちなみに、ディアナの話に出て来た《三千魔王図》は《魔王》の《称号》を持つ者の情報を得られる《魔道具》だ。原理的に《隠蔽》も《偽装》も通じず《和光同塵》でも隠すことは出来ない。
プライバシー侵害甚だしいがこの《魔道具》で見れるのは《個体名》と《レベル》だけ。俺の戦闘スタイルは《千呪魔王》の名から連想されるものとはかけ離れているため情報面での不利はない。
必要な議題を粗方語り終え会議も大詰めといったところで扉が強く叩かれる。
その勢いから危急の報せだと勘づいた教皇が入室を許可した。入って来たのは聖騎士団の制服を着た男。胸のエンブレムから聖騎士の中でもエリートに分類されるとわかる。聖騎士は軽く自己紹介を済ませると口早に話し始めた。
「今しがた帝国との国境沿いにある砦が一人の男に破られました! 男の特徴は黒髪黒目。炎や風、土、闇、雷等の多彩な超広範囲攻撃を使用します。帝国の要塞から現れた男はまず帝国軍を壊滅に追いやり、その後我らの軍を強襲。奮戦するも止められず軍は全滅、男は現在も西に直進中。現在は生き残りが〈魔術〉で監視しておりますが男の進行速度は凄まじく、じき監視範囲からも外れる見込みです」
一気にまくし立てた聖騎士は報告を終え周りの様子を窺う。会議室の神官達は皆沈痛な面持ちで押し黙っていた。
聖騎士は「民を見捨てて逃げるとは何事か」と叱責されることも覚悟していたがその心配はなさそうでである。当然だ、そんなことをしている場合ではないのだから。
しばし無言の時間が続く。胸を締め付けるような沈黙を破ったのは教皇だった。
「西進していると申したな。国境の西にはドムクエフ枢機卿の都市があるが連絡はしておるのか?」
「はい、謎の男の進路になり得る地域の統治官様へは連絡を入れるよう部下に指示しております」
ドムクエフ枢機卿は聖国の辺境伯に当たる人物であり国境が破られた時の防波堤となるべく軍備に力を入れている。とはいえ帝国軍と聖国軍を相次いで壊滅させるような存在に狙われても無事で済むと思う楽天家は一人としていなかったが。
報告に来た聖騎士が退室すると誰からともなく言葉を漏らす。
「これは、どういうことだ? 報告にあった男が《千呪魔王》なのか?」
「しかし人間が《魔王》になることなどあるのですかな? 《呪詛術》のような力を使っていたという報告もなかったのですし新手の十二騎士なのではありませんか?」
「十二騎士なら帝国軍は襲わないでしょう」
「そう思わせて戦後の賠償請求から逃れようという算段やもしれぬぞ」
「ええい、奴の正体など学者に調べさせればいい! 今は対策を決めるのが先だ!」
「ですからその対策を考えるために──」
「うむ、皆の意見はよくわかった」
議論百出の室内にあっても決して掻き消されない重みを宿した教皇の声。それが響いた瞬間に会議室は静寂を取り戻した。誰もが教皇の言葉を待っている。
「《勇者》様のお力をお借りする。異論のある者は申してみよ」
異を唱える者は一人として居ない。教皇の提案は神官達が心の底で密かに待ち望んでいた答えだったからだ。
「……無いようであるな。では後詰の軍の手配と物資の調達について話し合うとしよう」
そうして、俺の元へ《勇者》パーティーがやって来ることが決定したのだった。




