30.帝都の惨劇
力なく落下していくルネリスの首と体を抱え着地する。今も流星雨が降り続いているが《呪われた不可侵の指環ラニジェ》の《障壁》で防ぐ。
魔術師数十人分の《魔力》を注いだ肉厚の《障壁》は流星雨にじりじりと削られながらも未だ健在。この調子なら〈スターリーナイト〉が止むまでは持つだろう。
〈魔術〉が止むのを待つ間に計画を進めておこうと地面にルネリスの死体を置き《魔力》をじっくり練り上げていく。
「〈生贄呪詛術〉」
発動させるのは新鮮な死体をコストにして《呪詛術》を補助する〈呪詛術〉だ。
前回は《呪詛》の跳ね返り対策に使ったが今回は違う。これから作る《呪詛》を強化するために使うのだ。
〈生贄呪詛術〉で《呪詛》を強化するには死体の生前の強さが重要になってくる。強化対象の《呪詛》に比べて死体が弱いと生贄にできないのだ。そこでルネリスである。《超森人》の死体であれば《神淵級呪詛》の強化にも使える。
降りしきる閃光をよそに俺は途方もない量の《魔力》を練り上げ続ける。《呪詛術》は他の《生産系魔術スキル》に比べれば作製に手間がかからないが《神淵級》ともなれば相応の時間と集中を要する。
下ごしらえが終わったのは外の攻撃が止んだ頃だった。加工した《魔力》を死体に浸透させていく。
「作製、《修羅の呪詛》」
《魔力》を流した部分から死体が黒く染まっていく。やがて全身が黒に覆われると蒸発するようにしてその場から消え、《呪詛》が完成した。
出来た《呪詛》を一度〈呪詛保管〉で収納し、長手袋から一振りの魔剣を取り出す。打製石器さながらのゴツゴツとした刀身に血を垂らしたような赤が伝うこの魔剣は帝城の宝物庫から持ち出した物だ。
手にした石器剣を地面に突き刺す。
「発動、《修羅の呪詛》」
石器剣に手をかざし《呪詛》を送り込む。
──瞬間、世界が一変した。
未だ土煙の立ち込める光景も、それらをかき混ぜる風音も、〈魔術〉に見る影もなく耕された元・石畳の感触も何一つとして変わりはない。
けれど五感ではなく直感で理解できた。ここはつい先ほどまでと同じではないと。
全身を突き刺す悍ましい悪寒が教えていた。ここに居ては致命的な脅威に晒されると。
より正確に言うと《気配察知》によって感知した。ここが《修羅の呪詛》の効果圏内だということを。
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《修羅の呪詛》ランク9:呪詛への耐性が低下する。理性を失い暴れ出すが、攻撃力と敏捷性を大きく引き上げる。付近の生物に伝染する。伝染範囲を飛躍的に拡大させる。伝染範囲を倍加させる。伝染による劣化を抑える。
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石器剣に掛けた《修羅の呪詛》は伝染能力がずば抜けて高い。《ゴブリン》や一般市民のように弱い生物ならば大本の石器剣から最長十数キロメートル離れていても伝染するのだ。
伝染する度に劣化する、距離によって効果が落ちる、といった弱点はある。だが《呪詛》に侵され本能で動く者達は《呪詛》の根源たる石器剣から逃げようと移動するため、彼らを介して遠方にまで伝染することだろう。
そのために《敏捷性》強化をつけたのでしっかり働いてもらわなければ。
これにて帝都での計画は完了だ。もうここに思い残すことはない。《呪詛》に抵抗できた者も居るには居るが今の俺が彼らを倒したところで大して《経験値》は得られない。《神の祟り》を併用したことで《魔力》も心許ないのでわざわざ余計なことをする必要もないだろう。
そう結論付けた俺は《ステータス》を偽装し気配を殺して西へと走り出した。
◆ ◆ ◆
帝城近くの戦闘跡。
瓦礫の山が崩れ甲冑姿の青年が哄笑と共に這い出てくる。
「は、はぁ、ハハハっ、かはっ、ハハハハハハハ! やった、やってやったぞッ‼」
咳こみながら快哉を叫ぶ青年の視線の先には体を上下で分かたれた皇帝の姿があった。
遡ること数分。激闘の末に第三席セレーナを下した青年は重い体を引きずって皇帝達を追いかけた。《漆炎》に《生命力》を奪われながらも皇帝の元に辿り着いた彼が見たのは十数人の反乱軍と皇帝一行の繰り広げる壮絶な戦いだった。
劣勢だった反乱軍は青年の加勢により盛り返した。薬物による時間制限付きの強化を施していた反乱軍はそのタイミングで切り札、《喘津々酩蛾》を発動。本来は闘技場で使うはずであったが予定外の混乱により温存出来ていたそれは護衛達の注意を大いに引いた。
その隙を突いて一気呵成に攻め立て激闘の末に青年が皇帝を討ち取ったのだ。
「ぐぅ……っ、貴様、よくも陛下を……!」
そんな青年をよろよろと立ち上がりながら睨むのは第二席ガンクだ。先の激闘で片腕を失った彼だが腐っても十二騎士、こんな状態でも《漆炎》の切れた今の青年など容易に殺してしまえる。
「大丈夫ですかガンクさん、今治療します」
瓦礫の向こうから駆けて来たのは第十席ケヴィンだ。ガンクに近寄ると手を翳し──、
「ぬ!?」
「《ノータイム》、〈手刃裂き〉」
──腹を手刀で斬り裂いた。
「ぐぅっ……な、ぜだ……っ」
「僕も陛下には感謝してます、孤児の生まれで十二騎士にまで成れたのは陛下の政策のお陰ですから。ですが我々十二騎士がまず考えるべきはこの国の未来です。無為に肥大化を続けた帝国が無二の指導者を失えば残された道は分裂しかありません。東大陸統一前の無秩序な戦乱が再び起これば苦しむのは帝国の民です」
しかし、とそこで青年達にちらりと視線をやるケヴィン。
「陛下を討った彼らが居れば反帝国側は一つにまとまりやすくなる。そして彼らが団結すれば帝国側もいがみ合ってはいられなくなる。だからここで無駄死にさせるわけには行かないんですよ」
まあ確実にとまでは言えませんがね、と付け足すが地に伏したガンクが何かしらの反応を返すことは無かった。
それを申し訳なさそうに見つめていたケヴィンが目線を上げて青年達を見渡し口を開いた。
「そういうわけで僕にはこれ以上争うつもりはありません。あなた方も感じているでしょうが先程から瘴気のような気配が辺り一帯を覆っています。ルネリスさんとの連絡も取れませんしそちらの仕込みでないのなら早く逃げることをお勧めしますよ。それとこれは餞別です、〈セラフィックヒーリングフィールド〉」
ケヴィンはそれだけ言うと〈魔術〉を残しさっさと駆けて行ってしまった。
反乱軍の生き残りと青年はしばし互いを見つめ合う。
「……ところであんたは何者なんだ?」
痺れを切らした反乱軍の一人がそう問いかけた。青年が答えようとしたその時、ふらりと体のバランスを崩してしまう。
「おいおい大丈夫か?」
「……ああ、少し《装備》に《生命力》を食われすぎただけだ。そっちのリーダーほど重症じゃぁない」
青年の言うように、反乱軍のリーダーはそれはそれは酷い容態だった。
彼は切り札のために『変蛙』を濃縮、精製した『偏魔』という薬物を服用したのだがその副作用に耐えられず地面に伏して吐瀉物をぶちまけている。反乱軍は皆、薬物で強化していたがリーダーはその中でもとりわけ強力な薬物を使っていたのだ。
ケヴィンが去り際に残していった継続回復の〈魔術〉によって段々と良くはなってきているがリーダーの回復にはもうしばらくかかりそうだった。
それを待つ間、青年と反乱軍は瓦礫に座り込み互いの素性を話し合った。そんなことをしていれば兵士達が駆け付けて来て即刻逮捕されそうなものだが、復讐を果たした彼らはそうなってもいいとさえ思っていた。
実際は今の帝都にそんなことをする余裕はないのだが。《修羅の呪詛》は下級騎士すらも蝕むため正気の者達はそちらの対応に追われている。
「──ならば我らと共に来るか? 生き永らえた以上、各地の混乱を平定して回るつもりであるが貴君ほどの強者が居れば百人力だ」
青年が自身の身の上を話し終えこの先の展望が無いと言ったところ、そこそこ回復した反乱軍のリーダーがそう口にした。
「いいのか? どこの馬の骨とも知れない俺なんかを陣営に加えたりして」
「ハハハッ、戦場を共にした仲ではないか。戦友を無碍にするような輩はここにはおらんよ」
「それじゃあ、まあ、よろしく頼みます」
「うむ、こちらこそだ」
ぎこちなく握手を交わした二人は立ち上がり、新たな目標へ向かってへ歩き始めた。




