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27.最強との邂逅

 結論から言うとヘクターの置き土産は何の効果も発揮しなかった。

 もし有効ならわざわざリスクを取って〈術技〉を使わず戦ったりしないし、たとえ使われたとしても《呪われた不可侵の指環ラニジェ》で《障壁》を張ればいい。いくらでも対処のしようはあった。



 《シックスボックス・玉手匣(タマテボックス)》。

 使用者の周囲に灰を撒き散らし、灰に触れた者を無差別に《老衰》にするという強力かつ凶悪な能力だ。

 《老衰》は実際に老化するわけではないが肉体的な《パラメータ》が激減し、五感も鈍る。灰は()が早く範囲も広いため近距離で使われれば回避は至難。

 《玉手匣(タマテボックス)》の《老衰》は《ランク7》相応の強度なため並の《抵抗力》では抵抗は不可能。

 使用者も巻き込まれるがその効力は折り紙付きだ。



 このように驚異的な《シックスボックス・玉手匣(タマテボックス)》だがこれも《現人神》で防げてしまう。俺を倒したいなら《状態異常》なんかに頼らないで正面切って戦えということだ。

 正面からでは勝てなかったから《玉手匣(タマテボックス)》に賭けたのだが。

 また、仮に《現人神》がなくとも俺にはコイツがある。



《不老の神体》オオタケ専用職業スキル:肉体を全盛期の状態にし活性化させる。



 この《職業スキル》は不老の名に違わず《老衰》も遮断してくれる。ヘクターが戦ったのは丸っきり無駄だった。

 結局のところ、彼は実力差を悟った時点で逃亡するべきだったのだ。だというのに怨恨や使命感を刺激されまんまと俺の描いた通りに動いてしまった。

 魂を持たないが故だろう、この世界の人間は計算外の行動を起こさない。

 どう動けば望む反応を引き出せるか、《全知全能》の情報を元にしたシミュレートで簡単に導き出せる。

 まるでゲームのNPCだ。



 ……さて、ヘクターは殺せたがこの城にはまだまだ騎士が残っている。今も戦闘が行われていたこの部屋に多数の騎士が向かっている途中だ。

 苦戦はしないが相手をする価値はない、さっさと目的を果たして立ち去るとしよう。

 待機室の出入口とは反対側の壁にある固く施錠された扉に近づき澄剣を構える。



「〈秘鋭斬〉」



 錠前が涼やかな音色と共に切断され床に落下する。豪奢で重厚な両開きの扉を押し開き待機室の隣の部屋、宝物庫に侵入した。

 体育館より広い室内には帝国の長い歴史のなかで献上されてきた名品・秘宝の数々がゆったりとスペースに幅を取って陳列されている。そのほとんどが《装備品》や《魔道具》だ。この宝物庫には芸術的というよりも戦術的な価値の高い宝物が集められているのである。

 毛足の長い絨毯の上を移動し所蔵品の一つ、肘まである長い手袋に手を伸ばした。

 キラリと光る銀糸があしらわれた長手袋は、深い海を思わせる紺色をしたシルクに近い手触りの素材で編まれており、少しひんやりしている。



===============

《山河沈む虚空の海面》ランク9:装備者の全パラメータを大きく引き上げる。装備者の魔力を常に高速で回復させる。接触している物を特殊な空間に隔離し保管する。装備者の空間魔術を大きく強化・補助する。魔力を貯蓄し望む時に使用できる。損傷を自動修復する。

 損傷を自動修復する。耐久力強化。耐火性強化。防刃性強化。

===============



 国宝として埃を被っていたこの長手袋は東大陸を統一した帝国にも四つしか現存していない《ランク9装備品》の一角だ。百年ほど前に征服した国から強奪したものらしい。

 長手袋を《装備》した俺は今後使えるかもしれないアイテムを長手袋に収納しながら重苦しさを感じさせる乳白色の壁に近づき拳を握る。



「〈墓誕〉」



 腰だめに構えた拳を全力で打ち付けた。

 激しい音と揺れが起こり白亜にへこみと亀裂が生じる。

 この壁自体が《魔道具》であるためすぐに修復が始まるがすかさず追撃を加える。



「〈衝角(ラム)突き〉」



 今度は蹴りだ。貫通力を中心に高める〈下級体術衝角(ラム)突き〉は壁に深々と突き刺さった。亀裂が広がる。

 壁から足を引き抜いて一度大きく距離を取り助走をつけて。



「〈飛礫撃〉」



 渾身の一撃は堅牢なる宝物庫を遂に破った。白い瓦礫を伴って城の通路に転がり出た俺は間髪入れず走り出す。目指すは突き当たりにあるガラス張りの大窓、程なくして見えてきたそれに速度を緩めることなく飛び込んだ。

 耳をつんざく甲高い音と共にガラスの破片が宙を舞う。大窓から飛び出した俺は〈浮藍空〉や《装備効果》で空中を翔けて城の外を目指す。途中、何度か遠距離〈術技〉が放たれたが距離があったため躱すのは容易だった。

 そのまま城壁を越え街中に降り立つ。

 城壁の上に敷かれた《感知障壁》も気にせず通り抜けた。もう帝城に用はないので気付かれようが関係ないのだ。



 俺が飛び出したのは帝城の北側、当然落下場所も帝城の北だ。着地と同時に砲弾が落ちたような音が響き大通りの石畳に蜘蛛の巣状の罅が入る。

 騒然とする人々に構わず澄剣を振るった。



「〈壊都薙ぎ〉」



 俺より北に居れば両断され、南に居れば恐慌する。

 目前に広がる鮮血のレッドカーペットを歩いて帝都の北を行進する。中には咄嗟に伏せて難を逃れた者も居るが実力差を察し逃げるなり怯えるなりしていて邪魔にはならない。

 闘技場があるのは南東だが俺の獲物はこちらにいる。〈壊都薙ぎ〉を使ったのは目立ち見つかりやすくするためだ。

 大勢の気配が一斉に途絶えるという分かりやすい目印があったのであちらもすぐに気づいた。



「〈ペナルティチェイン〉」



 どこからともなく伸びてきた光の鎖が俺の体に巻き付く。かつてメルチーヨで戦った闇組織の長、ダラスのものより速く固く数も多い。



「無駄だと思うけど一応忠告。抵抗を止めて大人しく捕まれば苦しませずに殺してあげる」



 声は空から降ってきた。当然、声の主も空に居る。

 白と黒のせめぎ合う光輪を背にしその効果で飛行するその女の名はルネリス。

 帝国の最高戦力。帝下筆頭十二騎士第一席。《傲慢》の保有者。『光陰』の異名で畏怖される最強の冒険者。

 そして《エルフ》から《種族進化》を果たした稀有なる存在、《超森人(ハイエルフ)》である。

 カラフルな染料がふんだんに使われたエキゾチックな衣服を身に纏い、首にはネックレスを三つも吊るし、四肢を真鍮のような輝きを放つ装甲で覆っている。



 感情の読み取れない表情でこちらを見下ろす女の顔は俺と同い年くらいの少女に見えるが、その実百年以上を生きている。

 いつもは皇帝の指示など無視して放浪しているルネリスが、今回に限って帝都に戻ってきたのは最近の情勢からきな臭さを感じ取ったためだ。道中で事件に巻き込まれ多少遅れはしたがなんとか計画決行日に間に合った。



「〈飛断〉」

「〈ミリアドパニッシュバレット〉」



 筋力で鎖の拘束を脱し斬撃を飛ばす。だが斬撃は相手の放った無数の光の弾丸に飲み込まれ消えてしまった。斬撃で相殺しきれなかった弾丸が降り注ぎ地面を深く抉るが俺は既にそこにはいない。倒壊した家屋の陰に隠れている。

 すぐにそこを飛び出すと直後、先ほどまで隠れていた建物が〈魔術〉の一撃によって粉砕された。

 そのまま建物の陰を縫うように移動して〈魔術〉から逃げながら遠距離〈術技〉で反撃する。



「他の十二騎士は来れないみたいだし私一人でやるしかないよねぇ……。はぁ、生き残りも居ないしまとめて潰しちゃうけどごめんね。〈天上墜圧殺(セーリングスカッシュ)〉」



 ルネリスの足下にここら一帯を覆う光の板が現れた。板は俺が隠れている場所を区画ごと圧し潰さんと落下を始める。冷酷非道にもそこら中に転がる一般市民の遺体を巻き添えにする攻撃は地上を更地に変えてしまうだろう。


「〈飛礫撃〉」



 そうなる前に跳躍し板を蹴り抜く。この規模の〈魔術〉を相殺しきることは出来ないが人ひとり通れるくらいの穴なら空けられる。

 穴ができたのはルネリスの背後。〈天上の圧潰(セーリングスカッシュ)〉で視線が遮られた段階で《暗中飛躍》と《和光同塵》を発動させたので気配で気付かれる心配もない。(げん)に彼女は見当違いの方を向いていてこちらへ振り返る素振りもない。

 距離を詰めるべく〈浮藍空〉を使う、直前で透明な砲弾に叩き落された。

 見えない〈魔術〉はルネリスの得意分野だ。元々の気配が希薄なため、他の〈魔術〉に紛れさせることで《魔力》と気配を隠す技術(テクニック)と併用すれば大抵の敵の不意を突ける。



「安直だねー、〈メテオシャワー〉」



 こちらに向き直ったルネリスが墜落する俺に手をかざす。広げた手の先に集束した《魔力》が幾条もの光芒となって迸った。一(すじ)(すじ)が腕くらいの太さをした流星の群れは俺の《防御力》を貫く威力と広大な攻撃範囲を兼ね備える。



「起動、《呪われた不可侵の指環ラニジェ》」



 回避不可能な流星の絨毯爆撃に《呪われた不可侵の指環ラニジェ》の《障壁》をあてがう。潤沢に《魔力》を注ぎ《障壁》は流星を受けてもビクともしない。俺が地上に落ちてからもしばらく続いた〈メテオシャワー〉の猛攻を九割方防いで見せた。

 最後の二、三発は貫通してきたがそれらは澄剣で相殺する。一部を手動で相殺すれば《魔力》を節約できるのだ。

 近付いた甲斐なく撃ち落されてしまったわけだがこれも作戦通りだ。

 〈千里眼(クレアボヤンス)〉で俺の動きが見られていることは分かっていた。元より《魔力》消費の激しい透明な〈魔術〉と〈メテオシャワー〉を使わせるために接近したのだから。



「《獅子奮迅》、《日月星辰》」



 本音を言うとルネリスがポカをしてこれで決着が付けばいいと思ってはいた。だがそんなミスをするほど『最強』は甘くないことも知っていた。

 俺が《スキル》を発動させると同時、ルネリスも今の間に練り上げていた〈魔術〉を発動させた。

 彼女に確実に勝つため帝城で体力も《魔力》も温存したのだ、本腰を入れて行くとしよう。

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