25.城壁を越える
──帝闘祭本戦当日 昼前
不意打ちからの連続攻撃でリアンを仕留め《岩漿剣ドラグマグラ》を奪った俺は詰所に来ていた。囚人達を解放するためだ。
帝国では犯罪者は処刑されるか強制労働させられるかの二択だが、詰所にいるのは受ける刑罰が決定していない段階の犯罪者達だ。
岩漿剣を振るって檻の錠を破壊していく。
「ここを出て好きにしろ。武器は衛兵の物を持って行け」
そうは言ったものの彼らの大半は動こうとしない。リスクとリターンが釣り合わないからだ。
これが闇組織の幹部や大量殺人犯といった死刑確定の重罪人ならなりふり構わず脱獄したのだろうが、そういった危険人物はもっと僻地の厳重な施設で捕らえられている。
この詰所にいるのは盗みや暴行といったしょっぱい罪を犯した奴らばかりだ。必然、刑も軽くなると思われるため脱獄のリスクを取る者も少ない。簡単な計算だ。
だが誰もが計算づくで生きているわけではない。
「そそっ、ソの剣! ヨくもオレを捕まエやが」
檻から出るなり襲い掛かって来た薬物中毒者を斬って捨てる。岩漿剣を見て俺をリアンと勘違いしたのだ。
彼のように判断力に欠ける人間もここには一定数居る。そういった者達が外に出て逃げ回ってくれるだけで目的は達成できるのだ。
全ての錠を壊した俺は帝城へ向かう。反乱軍が薬物中毒者に《悪魔》を憑依させ帝都各所で暴れさせているのもあり、気配を殺して屋根の上を走れば兵士に見つかることはなかった。
そして帝城が近くに見えて来たところで《教唆扇動》を使う。黄緑の波動が俺から同心円状に放たれ、それを浴びた者が《洗脳》されていく。波動の範囲は消費した《魔力》の量によって変わるが今回は人が密集していたため効率よく《洗脳》できた。《洗脳》に耐えた者も居るがごく少数のため計画の障害にはならない。《洗脳》した集団に命令して帝城へ向かわせる。
命令、と言っても言葉で指示するわけではない。《使役》系能力特有の主従間のリンク、思念の繋がりみたいなもので伝えている。離れすぎると使えないが一度に指示を出せるし言葉よりも齟齬が少ないため便利だ。
葬列さながらに黙々と歩く被|《洗脳》集団の一人、《魔力》と《魔法力》が高く体格もいい男に岩漿剣を渡す。そしてその体の陰に隠れながら後ろを付いていく。
堀の前に着くと既に異常を察知した兵士達が跳ね橋を上げていたがこんなときのための岩漿剣だ。地面にグサリと突き刺すとマグマがじわりと染み出し広がり堀を埋め立てていく。
兵士達もただ見ているだけではなく遠距離攻撃や《状態異常》を癒す〈魔術〉を放ってくるが、岩漿剣の男に当たりそうなものは他の《洗脳》された者が身を挺して防いでいる。
それでも一度、ガードを抜けた〈魔術〉が男の《洗脳》を解いたりもしたが後ろに居る俺がこっそりと再び《洗脳》しておいた。最低限の《魔力》で《教唆扇動》を発動させれば黄緑の波動の範囲は数ミリだけになる。触れでもしないと届かないがその分見つかりにくい。
男がすぐに再|《洗脳》されたことで《状態異常》解除は効果が薄いと判断し、騎士達は容赦なく高範囲〈魔術〉を使いだした。こちらがあと何度|《洗脳》できるかわからないため手っ取り早く無力化するつもりだ。
《洗脳》集団は堀を埋め立てたマグマを〈魔術〉や《スキル》で冷やしながら一歩一歩進んでいたが、そこを襲われた。マグマの道を壊すことを目的としながらもその上を歩く者達の犠牲をいとわない非情な〈魔術〉は、マグマの道を砕き、《洗脳》集団を弾き飛ばし、大きな被害を与えている。
俺も〈魔術〉を受けた。すぐ傍に着弾した大岩の爆発から岩漿剣の男を庇ったが岩の破片に押し飛ばされ堀の中に落ちてしまった。
ぶくぶく泡を出しながら沈んだ俺のことなど気にも留めず水上の戦いは進んでいる。着実に数を減らされている《洗脳》集団が劣勢だ。岩漿剣の男を守りながら無謀な突撃を繰り返している。この状態を維持して注意を引き付けてもらおう。
近くの運河から引き入れている堀の水はそこそこの透明度があるが水底付近まで潜れば上からは見えない。そこまで潜り《暗中飛躍》を発動し平泳ぎで城の横手を目指す。《レベル100》越えの《パラメータ》ならば着衣水泳もなんのそのだ。《生命力》が高いので息継ぎ無しで目的地に到着できた。
堀から上がって城壁の下に張り付きタイミングを窺う。城壁の上には見張りが一定間隔で配置されているのでこのまま登れば見つかるのだ。
なおその見張りは堀に飛び込む者を警戒して向こう岸ばかり見ているので下の俺には気づかない。灯台下暗しだ。
好機はすぐに訪れた。
城門の騎士が〈魔術〉を使い、その大きな音がここまで届いた。見張りがそちらに気を取られたその瞬間、《電光石火》と《紫電一閃》を重ね掛けして一気に城壁を飛び越える。さらに〈踏藍空〉で城壁内の木々の密集地帯に滑り込み姿を隠す。集中が乱れた隙を突き一瞬で駆け抜けたためなんとか《気配察知》を掻い潜れた。
帝城が建つ小山は、狭い山道以外の大部分に木々が残されている。大軍対策だ。
山道を進めばじりじり兵力を削られる。木々の残っている部分には凶悪な罠が仕掛けられている。数だけの大軍には効果覿面だろう。
木々の残る部分に潜む俺は罠を踏まないようにして山を登っていく。さほど高い山ではないので《電光石火》の効果が切れる前に山頂に立つ帝城の傍に着けた。
帝城はこれまた城壁に囲まれていてここにも見張りが居る。城壁周辺には木々がなく見通しがいいため隠れて接近するのは困難だ。
堀の戦闘音もここだと大分小さくなるので先程のように意識が逸れた隙を突くこともできない。
これから城に侵入するのだがその前に説明しなければならないことがある。俺が《気配察知》に引っかからない理由だ。
俺は現在、城壁前の木々の陰に居る。最寄りの見張りからは二十メートル以上離れているがここも《気配察知》の効果範囲に含まれている。にもかかわらず十二騎士を凌ぐ《ステータス》の俺が気付かれないのは何故か。
《暗中飛躍》で隠しきったのか。否、《暗中飛躍》では十二騎士レベルの気配すら隠しきれない。
そこで活躍したのがこの《スキル》だ。
《和光同塵》ランク8:自身の《ステータス》を偽る。
《和光同塵》で《ステータス》を赤子レベルに偽装しているため気配も相応に微弱ものになっているのだ。実体がある以上、完全に気配を絶つことは出来ないが《暗中飛躍》と合わせれば多少近付いてもバレないくらいにはなる。
種明かしが終わったところで城壁を突破するとしよう。方法はシンプル。先程と同じように飛び越えるだけだ。
「《光芒一閃》」
まだ残っていた《電光石火》の力も借りて弾丸以上の速度で城壁の上を通過。見張りが反応するより早く帝城の一角、十二騎士用の待機室の壁に到達。
澄剣マリノルキナの《装備効果》を発動させ──、
「──〈大閃〉」
仲良く雑談する二人の十二騎士へと壁越しに〈剣術〉を食らわせる。
さあ、戦闘開始だ。




