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23.本戦一回戦

──帝闘祭本戦当日 朝



 闘技場には三種類の観客席がある。

 料金さえ払えば誰でも入れる野晒しの一般席。

 一般席と違い貴族等の地位のある人間しか入れないが個室で様々なサービスを受けられる貴賓席。一室丸々与えられているのに『席』と呼ぶのも変な話だが。

 そしてそれら他の観客席よりも一段高い場所にあるのが皇帝にのみ使用が許された玉席。装飾はやたら煌びやかだが、皇帝に相応しい物を用意できないことから食べ物も飲み物も提供されない良いのか悪いのか微妙な席だ。毒を警戒していて皇帝が何も口にしないというのが実情だが。



「ふむ、やはり玉席(ここ)は遠すぎるな。出場者の様子がさっぱり見えぬ」

「ご堪忍くださいませ、陛下。いくら《障壁》があるとはいえ御身を思えば備えすぎるということはございません」

「そのようなことは分かっておる。そも、近づいたとて本戦に出る者の動きなど我の目では追えぬしな」



 皇帝と侍従二人、十二騎士四人、近衛騎士十人。総勢十七名が入ってもなお余裕のある玉席だが観覧の面では難がある。最も高い位置にあるが故に舞台上の人間は豆粒ほどにしか見えないのだ。

 こんな欠陥構造になっているのは何も皇帝の威厳を示すためだけではない。万が一にも流れ弾が皇帝に当たらないようにするためだ。



 闘技場の舞台と一般席の間には無色透明な障壁が貼ってある。《特奥級魔術》にすら一度までは耐えるとされる障壁が全部で三つ。その内の一枚ですら普段の興行では滅多に破られない。

 しかし帝闘祭は別だ。とりわけ傑物揃いの本戦出場者には障壁を破れるだけの能力を持つ者が混じっていたとしても何ら不思議ではない。彼らも無暗に観客席へと攻撃はしないが戦闘に没頭していると周囲への配慮を欠くこともあるだろう。その攻撃が偶然玉席に飛んでこないとは言い切れない。貴賓席と玉席の周りには追加で更に一枚ずつ障壁があるがそれすらも破られるかもしれない。

 そうなったときに護衛が確実に反応できるようこれだけの距離が取られているのだ。



「開会式まで暇だな。ガンクよ、出場者の中でそなたが目を付けている者を申してみよ」

「ハッ、喜んで」



 十二騎士に就任する前は騎士を教導する立場にあった彼の目利きに皇帝は篤い信頼を寄せていた。

 「私も全ての出場者を知っているではありませんが」と前置きを挟んでからガンクは語り始める。



 幾人かの名前が出てきたがその中でも彼が強く推したのがSランク冒険者である『剛筋』。

 メルチーヨの街で会った『暗夜』と同じくパーティを組まずSランクに至った化け物だ。Sランクの魔物と互角以上に殴り合えるフィジカルと天性の格闘センスを具え〈上級魔術〉すらも扱うオールラウンダー。加えてかなり強力な再生系の《ユニークスキル》も持っておりかすり傷なら一瞬で、部位欠損も時間を掛ければ癒えてしまう。

 帝闘祭には今年が初参加だが文句なしの最有力優勝候補だ。



 とはいえ何が起こるのかわからないのが勝負の世界。ガンクは他の出場者のことも忘れず解説していく。彼らも本戦に出られる実力者なのだ、見立てを覆す可能性は十分にあった。

 まあ見立てを覆すも何も、『剛筋』は《経験値》と《装備品》のために一昨日|《迷宮》で殺したので出場しないのだが。

 一通り話し終えたところでガンクが皇帝を見やる。



「このようなところでよろしいでしょうか」

「うむ、大儀であった」



 そう労った皇帝の眼下では舞台上に大体の出場者達が揃い出していた。前日の予選を勝ち上がった者以外にも予選免除で本戦から参加する者もいる。冒険者ランクでSランク相当の実力を示せればこうして本戦から参加することもできる。先ほど名前の挙がった『剛筋』もこの予選免除者だ。



「もうじきだな」



 呟きながら侍従からマイクの《魔道具》を受け取る。帝闘祭の開会式と閉会式では綸言(りんげん)を聞かせ出場者達を叱咤激励するのが習わしであった。

 金属の棒の先に黄色い鉱物の取り付けられたマイク型の《魔道具》を何とはなしに眺めながら皇帝は演説の内容を整理し始めた。




◆  ◆  ◆




──帝闘祭本戦当日 昼前



『一回戦第四試合決着! 怒涛の剣戟を制したのは奇天烈な甲冑に身を包んだ謎のBランク冒険者、ケイタだー!』

「く……ソォっ、完敗だ!」



 舞台から落とされた大剣使いが舞台の縁に立つ虹色鎧の男を見上げている。鍛えに鍛えた肉体と剣技でどうにか予選を勝ち抜いた大剣使いだったが本戦の壁は厚かった。驚異的な身体能力と野獣の如く獰猛な剣技で終始圧倒されてしまったのだ。

 剣一本で全てを薙ぎ払うその戦いぶりは彼の剣士としての理想像そのもので、上に向ける視線には悔しさと共にある種の畏敬の念がこもっていた。

 しかし鎧の男はそれを全く意に介さず踵を返しすたすたと歩いて行き、舞台の中心まで来たところで不意に立ち止まる。そして剣を持っていない方の手で腰に提げた巾着から濁った紫色の立方体を取り出すとそこに《魔力》を込めた。



《拡散呪詛術》大呪詛術師専用職業スキル:《呪詛》作製時に拡散の特性を与えられるようになる。拡散特性の《呪詛》は、発動者を除く周辺全ての存在を対象として発動する。拡散した《呪詛》は一ランク劣化する。


《呪詛具現》呪詛王専用職業スキル:《呪詛》を物質化させる。《魔力》を与えると《呪詛》を発動する。



===============

《狂死の呪詛》ランク8:重度の狂乱状態になるが、攻撃力と敏捷性を大きく引き上げる。潜伏しており察知されにくい。この呪詛は一日で自然消滅するが、解呪されにくい。対象を選択できず周囲の生物に無差別にかかる。

===============



 その手のひらサイズの物体が秘める危険性に気付けた者はそう多くはなかった。《潜伏効果》により気配が隠されていたからだ。

 だが十二騎士は違った。《魔力》が込められる、つまり攻撃の予備動作の段階で脅威を感じ取り即座に二手に分かれた。一組は物質化した《呪詛》から守るように皇帝の前に立ち、もう一組は《呪詛》を囮にした奇襲に備え皇帝の背後に付いた。

 とはいえ彼らのこの行動は全くの杞憂に終わる。



 《魔力》を十分に注がれた《呪詛》はドロリと空気に溶けて行った。それと同時に一般席で異変が起きる。《狂死の呪詛》に蝕まれた者達が一斉に暴れ出したのだ。本来それを止めるはずの警備員も一緒になって暴れており収拾がつく様子もない。

 だが貴賓席と玉席には大きな混乱はない。ここを訪れるような高貴な身分の観客は《状態異常》対策の《装備品》を身に着けているため《呪詛》にも抵抗できた。使用人や侍従が暴れはしたが《狂死の呪詛》に抵抗できる特別警備員や護衛達がいれば処理は容易だ。



「では陛下、これより隠し通路を使い帝城まで護送致します。近衛騎士の内三名は先行して罠や待ち伏せが無いか確認せよ」



 玉席ではガンクの指示のもと皇帝護送作戦が開始されていた。舞台の中心から微動だにしない鎧の男を警戒しながらも各々が手早く準備をする最中(さなか)、通信の《魔道具》で他の十二騎士に連絡をしていた第五席レークスが素っ頓狂な声を上げた。



「ハァっ!? リアンが殺された!?」

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