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20.準備

──帝闘祭二日前 朝



 豊富な資源が湧き出る《迷宮》。その《迷宮》の周りに発展したのが《迷宮》都市である。この世界でまま見られる都市の成り立ちだ。

 ここ、帝都もそんな《迷宮》都市の一つである。郊外には諸々の施設に囲まれた《大型迷宮》が存在している。

 《迷宮強化薬》を使われたら危険だと思うかもしれないが《超越級製薬術》を持つ者は国家に一人いるかどうかという希少さであるし、そもそも《超越級製薬術》で作った毒なら《迷宮》の暴走と同等以上の惨事を引き起こせる。《迷宮》の外に出た魔物は丸一日経つと消滅してしまうので被害規模自体は小さく済むのだ。

 そのためこの世界ではことさら《迷宮》が危険視されてはない。



 さて、帝闘祭まであと二日。まず手始めにこの帝都の《大型迷宮》を攻略する。昨夜、奴隷屋から連れ出した青年は家に置いてきたので攻略速度に変化はない。半日もあれば落とせるだろう。




◆  ◆  ◆




──帝闘祭二日前 昼前



 帝都の中央部に広がる貴族街。その中心にある小ぶりな山に建つのが皇帝の本拠たる帝城だ。



「ふむ、やはりトラブルが増えておるな。だが愚民共が催事を前にして浮つくのは例年通り。問題はこちらであろう」



 帝城の執務室で山積みの書類を捌く皇帝が睨むのは数個の書類束だ。



「忌々しい亡霊共めが。国を征服されたのだから大人しく従っておればよいものを」



 書類には今、巷を賑わせている反乱軍の起こしたと思われる事件が纏められていた。

 反乱軍、というのは帝国内部の反体制派組織の総称だ。帝国に滅ぼされた国の指導者や軍人が率いていることが多い。

 潤沢な鉱物資源や高度な製鉄技術によって鍛えられた《装備品》と戦争を繰り返す中で培われた軍略のノウハウ。それら軍事力を背景として数年前ついに東大陸を統一した帝国だが、それは東大陸の全ての国家を侵略したということだ。滅ぼした国の数だけ反乱軍が生まれてしまっている。



 無論、反乱を起こされないよう貴族、中でも王族は念入りに殺しているが帝国の手から逃れた者も多い。また軍隊を潰してしまうと統治に支障が出るのに加え、後に大役が控えているので幹部を処刑するのみに留めている。

 なお、大役というのは次の国を侵略する際に先鋒を務めることである。帝国は支配した国の軍隊を次の戦争で最初に突撃させているのだ。忠誠心は皆無だが故郷の民が人質なので裏切られる心配はほぼなく、敵と元敵の兵力を同時に削れて一石二鳥である。

 これは東大陸で最後に征服した国にも適用されており、現在西大陸の聖国へ向けて進軍させられている。



 話を戻そう。主に亡国の者で構成された反乱軍は帝国のあちらこちらに点在している。反乱軍、と一纏めに呼んでいるが元となった国ごとに別々の集団として活動しており横の繋がりが薄い。そのため一つの反乱軍を潰したとして、芋づる式に他の反乱軍も、とはいかない。

 だが裏を返せばそれは連携されないということだ。個別に起こされた事件ばかりなので軍なり十二騎士なりを送れば簡単に解決する。反乱軍同士が手を組んで大掛かりな事件を起こせば今よりずっと大きな被害が出るだろう。それは例えば一年前のメルチーヨの悲劇のように。



 一年前のメルチーヨの街での大規模テロも反乱軍の仕業と見る説が有力だ。メルチーヨの《迷宮》産業に大打撃を与え帝国の国力を落とすことが目的とされている。テロではリブリー・メルディ伯爵及びその長男が暗殺され、さらには《大型迷宮》まで破壊されたためメルチーヨは大混乱に陥ったと報告されている。なお現在は父と兄の遺志を継いだアシュトン・リブリー伯爵が街の復興に尽力しているそうだ。

 どうやってあれだけのテロを引き起こしたのかという疑問についてもある程度調べがついている。冒険者ギルドの記録を調査したところ《魔封玉》が一点、国に送られずどこかへ消えていた。

 担当の役人達は事件の折に死んでいたため真相は闇の中だが恐らくはその者達が反乱軍に横流ししたのだろう。自分達の渡した物の力で殺されるとはなんとも皮肉な話である、と皇帝を始め事の顛末を報告された者の大多数はそう考えている。



「ふん、目先の欲に目が眩み不正に走る痴愚(ちぐ)には相応の末路であるな」



 嫌なことを思い出し苛立つ皇帝。官吏でありながら逆賊に(くみ)したであろうその役人達への評価は最低である。

 なにより彼の怒りを煽り立てるのは《悪魔》の契約者が未だに捕まっていないという事実だ。国益を多少損ねた程度ならば立て直しも利く。民が死ぬのも数千人ならば今の帝国の規模からすれば些事である。むしろメルチーヨ領は少し力をつけすぎていたため間引かれて丁度良かったとさえ思っている。

 だがこの国の心髄たる己がその契約者によって傷付けられたらどう責任を取るのか。帝国の臣民は(みな)皇帝を第一に思って生きるべきであるのにあの役人共は何ということをしてくれたのだ。

 尊大かつ自己愛に溢れる皇帝はあの世の役人達に何度目かになる恨み節をぶつけた。



「おっと思考が逸れた、目下の課題は帝都の反乱軍だったな」



 三日後には帝闘祭本戦が控えている。本戦では毎年、皇帝自らが闘技場に足を運び観覧するのが伝統だ。警備はアリ一匹通さないほど厳重だが帝城に比べれば数段劣る。反乱軍が狙うならここだろう。

 故に皇帝は書類を睨む。それは反乱軍が起こした、もしくは起こしたとみられる事件が纏められた報告書だ。その内容から反乱軍の狙いを推測しようとしているのである。

 どのように警備を破るつもりなのか事前にわかれば良し、わからずとも事前知識があれば有事の際の判断にプラスだ。



 帝都の事件、他の領で起こった事件、帝国の粛清から逃れた面子、金や物品の流れ、反乱軍の持ち得る戦力、様々なことと紐づけながら思索に耽っていた。




◆  ◆  ◆




──帝闘祭二日前 夕方



 骨休め亭は商業地域と居住地域の境目にある小さな飯屋だ。優し気な老夫婦が営んでいるが帝闘祭に湧く帝都にあって座席の過半数が空くくらいには閑古鳥が鳴いている。

 厨房の奥の食料庫には地下へと続く隠し扉があった。灯りの乏しい地下室には二つの影。一つは椅子に腰かけ、もう一つは傅いている。



「そうか、サリーは逝ったか」

「ハッ、陛下のため己が身を(かえり)みず作戦を遂行しその命を散らせました。彼女の尊い犠牲によって準備はつつがなく完了、あとは実行を待つのみでございます」

「そうか、大儀であったな」



 傅いた老人の声に若い声が応える。両手を胸の前で重ね片膝を突いた若い男が目を瞑り祈る。その独特の所作は帝国のものではない。


「どうか我らが母神ヘヌリィンよ、その清浄なる(かいな)で彼女の御霊を抱き留め、無量の幸福と永き安寧を与え給え。……散っていった同胞達のためにも、圧政に苦しむ民のためにも、必ずやかの悪帝を討たねばな」



 彼らは十年と少し前に帝国に滅ぼされたフェンリー王国の生き残りである。二人の近衛騎士と暗部数名が当時まだ六歳であった王子を連れて亡命していたのだ。この老人もかつては暗部の長という立場であった。

 追っ手を撒いた彼らは行商のフリをして帝国中各地の惨状を見てきた。栄えているのは一部のみ。その他の地域、特に帝国に支配されたばかりの土地では多くの民が重税に苦しみ横暴な権力者に怯えながら日々を過ごしていた。



 故に彼は皇帝暗殺を決意した。皇帝を殺しても民が救われるわけではない。むしろ統治者が居なくなったことにより起こる戦乱で多くの者が不幸になるだろう。

 だが今の帝国の支配も許容できない。誰かが火を着けねばならない。そしてそれはきっと、フェンリー王国最後の王族である自身の役目だと彼は思っている。きっかけさえあれば帝国中で燻っている反乱の火種達が一斉に燃え上がると彼は知っている。

 これまでの散発的な反乱ではなく皇帝の死を契機とした同時多発的なものであれば帝国軍の戦力も分散し成功するはずという算段だ。正室が子を産む前に早逝したこともあり皇太子はまだ赤ん坊である。もし今皇帝が死ねば権力争いで帝国が混乱するのは目に見えている。その隙を突こうというわけだ。



 各地に散ったフェンリー王国の工作員達とコンタクトを取りながら計画の準備を進めてきた。この店の老夫婦も帝国に潜入していた工作員である。

 地下室に(ひそ)んでいるのは彼がフェンリー王国の元王子であると気付かれないためだ。十年前とは顔立ちは全くの別物であるし髪色も変えているので彼が王子だとわかる者はいないはずだが万が一ということもある。帝都に来てからは地下室に籠り訓練に勤しんでいるのだ。



「決行は三日後、帝闘祭本戦でだ……ッ」



 かつて王子だった王は、あの日の決意を再確認するように拳を握り締めて静かに、しかし力強く呟いた。

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