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19.帝都バルド

「次の者、前へ」



 門の前で検問をしていた兵士の一人がそう告げた。俺は兜を脱ぎながら歩いて行く。



「《個体名》はケイタか。……《スキル》も《称号》も異常なし、手配書にも載っていないな。では通行料を……よし、通っていいぞ」



《和光同塵》ランク8:自身の《ステータス》を偽る。この偽装は《ランク7》以下の能力では看破できない。



 《スキル》で検査をやり過ごし兜を被り直しながら門へ向かう。建築技術と国力を誇示するかのようなその門の威容はメルチーヨの街のそれを軽く凌ぐ。門柱を中心に彫られた荘厳な装飾は華美でこそない規模が規模だけに迫力がある。

 それもそのはず、《大型迷宮》を出て西進し数日掛けて辿り着いたここはセルデバルド帝国の首都、帝都バルド。覇権国家たる帝国の栄華の象徴がこの大帝門である。



 防衛の観点から言えば非効率な大帝門を最外周に置くところからは、もはや帝都を攻める敵など居ない、という驕りが見え隠れするがそれでも首都として最低限の備えはしてある。

 それは例えば城壁の上にドーム状に張り巡らされた《障壁》などであり、メルチーヨの街でしたように飛び越えれば気付かれてしまう。わざわざ《ステータス》を偽装して正面から入ったのはそのためだ。



 門を抜けるとそこには人、人、人。観光、仕事、ショッピング、各々の目的を持つ人々でごった返す道。両脇を固める露店の行列。雑多な音が生む雑音ノイズのうなり。吐きたくなるほどの活気が街を満たしていた。

 そんな中を奇抜な七色の甲冑がずんずん進んでいく。地球でなら通報待ったなしの不審者だがこの世界だとこのくらいでは衛兵はやって来ない。《迷宮》産の《装備品》を身にまとったアバンギャルドな出で立ちの冒険者が相当数いるためだ。



 そうして人混みを掻き分け進んでいると一つの施設が見えてきた。大きな桶のようなその建築物は形も規模もスポーツドームに似ている。

 その名は闘技場。古代ローマのコロッセオと同じく人や獣を戦わせそれを観賞するための施設だ。

 やはり人でごった返しているその建物の中に入り左手側の奥にある受付を訪ねる。



「ご用件は何でしょうかっ」

「帝闘祭に参加しに来たっ」



 周りの騒音に掻き消されないようお互い声を張り上げ話す。

 帝闘祭とは年に一度、帝都で開かれる武闘大会だ。国中から腕自慢達が集まり闘技場で鎬を削り合う。

 軍事国家である帝国の伝統行事であり毎年多くの人が観戦に訪れる。




「お名前とご職業、ご自身のアピールポイントを教えてくださいっ」

「Bランク冒険者のケイタだっ。剣技と身体能力に自信があるっ」

「登録手続きは以上ですっ。最後に参加料金貨一枚を支払ってくださいっ」



 手続きはすぐに終わった。ロクに文明が発達していないため管理が杜撰なのだ。お金も帝都に来る途中に馬車を襲って用意していたので問題ない。



「はいっ、ではこちらがケイタ様の参加証となりますっ。くれぐれも失くさないようにしてくださいっ」



 渡された金属板を懐に仕舞いながら受付を去る。三日後から始まる帝闘祭予選への参加登録をした俺は再び人雪崩の中へと埋もれていった。




◆  ◆  ◆




──帝闘祭三日前 深夜



 昼間の喧騒が嘘のように消え去った夜。俺は一人の青年を抱えてとある民家に入っていく。そこは平民街──明確な境界はないが貴族や豪商の住まう帝城周囲が貴族街、その外が平民街と呼ばれている──にあるボロ家。住民は事前に始末してあるので現在は無人の家である。

 布団替わりの(いた)んだ布の上で身を寄せ合って死んでいる一家の隣に青年を横たえる。《教唆扇動》で精神を支配しているため反抗される心配はない。



「〈生贄呪詛術・遅鈍の呪詛〉」



 一家の死体が消え去り青年を新たな《呪詛》が侵す。既に《薄命の呪詛》を受けているのでこれで二つ目だ。

 《生贄呪詛術》は《神の祟り》より《魔力》消費を抑えられ且つ死体処理もできる優れモノだ。



「〈脆弱の呪詛〉、《起死回生》」



《起死回生》ランク6:四十四時間の間に四度まで、自身か自身の近くにいる者を全回復させる。



 三つ目の《呪詛》を掛けてから《回復スキル》を使い青年を癒す。これであとは寝るだけだ。この世界に居られる時間はあと十日もないというのにそんな悠長にしていていいのか、という疑問もあるかもしれないが確実に目的を果たすためには機を待つ必要がある。今のところ計画は順調なので今日はもう寝てしまっても構わない。

 青年に眠るよう指示してから俺も床に転がり就寝した。




◆  ◆  ◆




──帝闘祭二日前 未明



「〈グレートヒール〉……くっ、駄目か」

「生存者はゼロですか。これは酷い」



 夜警の兵士が瓦礫の山と化した奴隷屋を発見したのは夜更け過ぎのことであった。二人一組で行動していた兵士の一人が報告に行き相方は残って救助作業を行った。

 報告に行った片割れが帝下筆頭十二騎士・第十一席のリアンを含む援軍を連れて戻り救助を手伝ったが生き残りは一人もいなかった。



「しかしこれだけの被害に誰も気づかなかったとはな、消音能力を使ったのか?」



 先程〈グレートヒール〉を使った男、十二騎士リアンは顎に手を当て小さく呟いた。

 奴隷屋の周辺の住民が、騎士達が集まってくるまで一人も起きてこなかったことからの推測だ。俺は《呪われた不可侵の指輪ラニジェ》の《障壁》により防音したのでその推測は正しいと言える。



「リアン様、遺体の移送準備完了しました。これより安置所に移しますがリアン様はいかがされますか?」

「私はもう少しこの辺りを警邏してから……む? しばし待て、急用だ」



 そう言うが早いか目にも留まらぬ速さでどこかへ駆けて行くリアン。

 (ところ)変わって奴隷屋から少し離れた帝都の一区画。ここでも二人組の兵士が巡回していた。



「この時間帯になると流石に酔っ払い共も居ないな。あー、暇だー。なんか起きねーかなー」

「お前さっきまで面倒だから誰も外に出るなって言ってたじゃないか」

「何もないとそれはそれで……おい、今何か聞こえなかったか?」



 相方に言われて耳を澄ます兵士。するとカラカラカラカラ、といった微かな音がしているのに気付いた。それと同時に《気配察知》に生物の反応を捉える。



「そこの者、何者だ!」



 誰何と共に音のする脇道を見やる。現れたのは異様な風体の男であった。頬は痩せこけ頬骨が浮き、目はひん剥かれて皿のよう。ぼさぼさ頭に無精髭を生やし片手で長剣を引きずっている。音の発生源はこの剣だろう。不審者のハードルが高いこの世界でも十分すぎるほどの不審者だ。



「キふヒヒッヒひヒ。今日はお前らだぁ、〈三刃乱〉ンン!」

「ぐぅっ」

「大丈夫か!?」



 割れた声で意味不明なことを言った不審者が突如駆け出し剣を振るった。標的となった兵士は槍を構えるも防ぎきれず脇腹を袈裟懸けに斬られてしまう。その兵士を槍ごと蹴り飛ばした不審者はもう一人の兵士に狙いを変え斬りかかる。



「〈咎串(とがくし)〉ィ!」

「なっ!?」



 倒れたまま起き上がらない仲間に気を取られ反応が遅れる兵士。あわや串刺しになるかいうところで〈魔術〉が発動した。



「〈ブレイズシールド〉」



 不意に出現した猛火の盾が刺突を弾き返す。不審者は即座に飛び退きその〈魔術〉を使った者をギロリと睨んだ。



「おっおっお前ェ! 邪魔すンなヨおぉぉ!」



 〈咎串〉を防がれたことがよほど気に食わなかったのか不審者はリアンに狙いを変え襲い掛かる。



「帝下筆頭十二騎士のリアンだ。状況を説明せよ」

「はっ、はい! 巡回中に不審な物音を聞き確認に行ったところ突然この男に襲われました! そっ、それで、仲間が襲われて怪我を……!」



 リアンは兵士の話を聞きながら|紅〈あか〉く輝く剣を引き抜き不審者と打ち合う。兵士の言葉には頷いているが剣戟の方はまさに片手間といった調子で相手をちらりとも見ない。それでも勝敗が揺るがないほどに両者の実力は隔絶していた。



「状況は分かった。そのくらいの傷なら私の〈魔術〉で治せる、こいつを片付けたらすぐ行こう」

「無視すんじゃネぇええ! 〈竜爪斬〉!」

「ふんっ!」



 〈上級術技〉とただの横薙ぎ。打ち勝ったのは横薙ぎの方だった。溶岩を押し固めて作ったかのような刃が宙を翔け、夜の空間に焼き付けたような軌跡を刻んだ。

 それと同時にすぽんと空を舞うのは不審者の持つ剣の刀身。最後の一合により半ばからぽっきり折られてしまっている。

 溶断されたかのように赤く光る切断面を見つめて呆けている不審者の腹にリアンの蹴りが決まる。不審者は吹き飛び建物の壁に打ち付けられてそのまま気絶した。そちらには目もくれずリアンは倒れた騎士に近寄る。



「〈リジェネレート〉」



 柔らかな光が騎士を包み癒していく。再生効果により刀痕は塞がり血も臓器も補填されていく。



「う、うぅ……助かった、のか?」

「良かった、生きてる。……あっ、リアン様、ありがとうございました!」

「構わん。それより俺はこの男を連れて行く。お前達は警邏を続けろ」

「はい!」



 不審者を担いだリアンは街を駆けながら思案する。



「しかし見るからに正気でなかったな。こいつも『変蛙(へんあ)』か」



 変蛙は帝国で数年前から出回り始めた麻薬である。依存性が高く副作用も重い違法薬物だが安価なため貧民を中心に広まっている。依存者の中にはこの男のように暴力事件を起こす輩も少なくない。

 かつては貧しい街でのみ取引されていたがここ数年の内に帝都にまでその魔手を伸ばしていた。



「反乱軍といい、折角の帝闘祭だというのに面倒事ばかり重なってくれるな」



 そう(ひと)りごちながらリアンは奴隷屋跡地へ戻っていった。

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