14.貴族
《核部屋》で仕掛けを済ませてから《大型迷宮》を出る。《迷宮》に潜っている間に日が沈み、昇り、今は昼前だ。
時間には余裕があるので急がず歩いて一昨日泊まった武器屋を目指す。
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人間種―魔人 Lv76
オリジナルスキル 四字熟語スキル作成[全知全能(封印)、泰然自若、徒手空拳、一騎当千、英俊豪傑、暗中飛躍、電光石火、紫電一閃、不眠不休、疾風迅雷、即決即断]
所持YP 4083
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《大型迷宮》攻略で《レベル》は大幅に上がった。YPも大量に手に入ったが作りたい《スキル》があるので今は貯蓄しておく。
寂れた路地裏にある質素な武器屋の前に三人組の冒険者がやってきていた。入口のドアノブを回そうとして首をかしげる。
「あれ、鍵閉まってる」
「へぇ、珍しい。この時間はいっつも鍛冶場に籠ってるのに」
「開いてないなら仕方ない、素材はまた今度渡そうか」
「〈大閃〉」
鍵を壊すついでに冒険者達を始末する。周りに他の人間は居ないので騒ぎにはならない。上半分が無くなった扉を跨いで店内に入る。空き巣には入られなかったので出てきた時と変わらず沢山の武器が並んでいる。
《呪われた鬼人の指輪》を外して握り潰しながら脇に飾られている刀身の幅が極端に細い剣、レイピアを手に取り《装備》する。指輪は呪われていて《装備解除》出来ないが破壊すれば強制的に解除されるのだ。
そうしてある方角に向き直った俺は、レイピアを構え数回素振りをしてから鋭く踏み込み狙い澄ました突きを放つ。
「〈陽光穿〉」
刀身の細い剣でしか発動できない代償に最高の射程を誇る〈剣術〉が宙を翔ける。太陽光を一点に集めたが如き閃光が突き出された刃から真っ直ぐに伸びる。閃光は武器屋の壁に穴を開け隣の家屋もぶち抜いて遠い彼方へと消えていった。
その先にあるのは──。
◆ ◆ ◆
メルチーヨの街で最も豪華な建築物はこの街を治めるメルディ家の館である。その館の一室、華美な調度品に彩られた応接間で二人の男が向かい合っていた。
上座に一人で座っている恰幅のいい中年、メルディ家当主リブリー・メルディ伯爵が口を開く。
「久しいな、アシュトン。よくぞ帰ってきた。あの日、冒険者になるなどと馬鹿げたことを言って飛び出した時はほとほと呆れ果てたがようやく目を覚ましてくれたか。実はお前を婿に欲しいという話が来ていてな、受けてみないか」
「いいえ父上、私が屋敷を訪れたのは冒険者を諦めるからではありません。《大型迷宮》を破壊する許可をいただくためです」
そう答えた精悍な顔つきの青年はリブリーの次男であるアシュトンだ。優し気な印象を受ける柔らかな顔立ちをしているが、伸ばした金髪の隙間から覗く鳶色の瞳には決然とした光が灯っている。
《クラスクリスタル》を始め多くの高級|《魔道具》に加工できる《迷宮核》は莫大な価値の素材であるが、普段は《迷宮核》を採取することは禁じられている。
だが《迷宮》にも寿命がある。特定の《鑑定スキル》でしか確認できないが《迷宮》にはそれぞれ数十年から数百年の寿命が設定されており、それが尽きると《迷宮核》は消滅する。そのため寿命が残り短くなるとその土地の領主が腕利きの冒険者に《迷宮核》採取の依頼を出すのが常である。
この街の《大型迷宮》はあと一年もしないうちに寿命を迎える。だが領主が冒険者に許可を出したという話は未だに出回っていない。依頼を受けた冒険者が失敗するかもしれないことを考えると既に取り掛かっていて然るべきなのにだ。
「フン、やはりその件か。だがお前なんぞにアレを攻略できるはずがないだろう」
「ええ、私一人ではそうかもしれません。しかし私には仲間ができました。Sランクパーティー二組を含む多くの冒険者パーティーが私に協力してくれています。私には無理かもしれません、しかし私達ならば確実に《最終守護者》を打倒できます」
「……報告は聞いていた。『暗夜』と『猛槍』の二パーティーがこの街に来ているとな。そうか、奴らはお前が呼んだのか」
その言葉と共に俯き考え込むリブリー。しばし無言の時間が過ぎたところでリブリーが顔を上げる。
「確かに、それだけの戦力があれば《大型迷宮》をも落とせるやもしれんな」
「でしたら!」
「時にアシュトンよ、もし《最終守護者》を討伐できたとしてお前は《迷宮核》を持ち帰るか?」
「え、ええ。《最終守護者》がよっぽど弱くない限りは持ち帰るかと。仮に初討伐時に犠牲が出ずとも二度目の戦いも上手く行く保証はないので。協力してくれている仲間達のためにも無駄なリスクは冒せません」
「ああ、そう言うと思っていた。だからこそ許可を出すわけにはいかないのだ」
「っ、それはなぜでしょうか」
不可解な返答にアシュトンは眉根を寄せる。たしかに最大の財源である《大型迷宮》がなくなれば経済に影響は出る。しかしメルチーヨの街には他にも二つ《迷宮》があるし《大型迷宮核》という超弩級の素材である程度補填は効くはずだ。それに現在問題となっている街周辺の魔物の増加に対処する人員を増やすことにも繋がる。それに放っておいても来月には寿命を迎えるのだ。
アシュトンにはメリットの方が大きく思えた。
「あと一ヵ月だったのだがな。台無しにされる前に止めるしかないか」
深い溜息と共にそう溢してリブリーは立ち上がり窓の前に移動した。その視線は窓の外へと向けられている。二階にあるこの応接間からは街の景色がよく見えた。
「一ヵ月、とは?」
溢された言葉の真意を問うアシュトン。しかしリブリーはそれに答えず話を変える。
「《迷宮強化薬》のことは知っているか?」
「《超越級製薬術》で作られる一級禁忌指定物品ですよね。《迷宮》の規模を一段階大きくさせますが、《大型迷宮》に使用すると拡大は起こらず暴走が始まり魔物が外に溢れ出てるため大変危険だったはずです」
実際にはもう一つ、大きな効能がある。アシュトンはそれに気づいていたがそれを言ってしまうと何か、取り返しのつかない亀裂が入ってしまうような予感がして話せずにいた。
「ふ、お前は昔から何でもよく知っていたな。だが忘れているぞ、《迷宮強化薬》には《迷宮》の寿命を延ばす働きもある」
「……それがどうしたのでしょうか」
だがそんな気遣いを嘲笑うかのようにあっさりとそれは告げられる。会話の流れから言葉の意図は明らかなように思われたがそれでもアシュトンは些細な抵抗を試みた。
「もう気付いているのだろう。使うのだよ、《大型迷宮》に。だから《迷宮核》採取の許可は出せない」
「なにを馬鹿なことを! そんなことをしたら街にどれだけの被害が出るかっ。それにこのことが国にばれたら爵位剥奪では済みませんよ! 《迷宮核》の利益があれば《大型迷宮》抜きの経済が安定するまで持ちこたえることだってできます。今ならまだ聞かなかったことにしますので、どうか、お考え直しを!」
「ふむ、どうやら勘違いしているようだ。なにも私は《迷宮》から採れる資源が惜しいから《迷宮強化薬》を使おうとしているのではないぞ。来い、エルゴル」
立ち上がって声を荒げる息子に振り返りながら指を鳴らすリブリー。すると彼の隣の空間へ黒いインクが滲むようにして一体の魔物が現れる。そいつは尾を持ち、角を持ち、翼を持ち、雨の日の夜と同じ色をしている。
「《悪魔》……!」
「紹介しよう。私の契約した悪魔、エルゴルだ。彼は《怠惰》という《スキル》を持っていてね、周囲の戦闘で発生した《経験値》を横取りできるのだよ」
「まさか貴方は!」
「ああそうだとも、私が《迷宮》を暴走させるのは他でもない、愚民共を贄とするためだ。その《経験値》によって《レベルアップ》したエルゴルの力があれば帝国の十二騎士も聖国の《勇者》すらも打ち破れる| そうしてこの私が世界を支配するのだ! フハハハハハハッ!」
欲望に濁った目を細め哄笑するリブリー。その声に気圧されたようにアシュトンは一歩、後退る。
「どうだアシュトン、お前も私と手を組まないか? 昔は口癖のように言っていたではないか。今の帝国は腐っている、民への締め付けを緩めるべきだ、と。私が皇帝になればその願いも叶えてやれるぞ」
「その過程で領民を犠牲にしては本末転倒でしょうっ。なによりそんな非道な王に仕える臣下がどこにいるのですか。どうか考え直してください!」
「それは無理な相談だ。《悪魔》と契約したのだから革命に失敗すれば打ち首は確定している。それに臣下など富と武力をチラつかせればいくらでも集まる。人徳だけが人を惹き付けると考えているのならばそれはあまりにも浅慮だと言わざるを得ないな」
もはや説得は不可能と判断したアシュトンは素早く部屋を見回し逃走ルートを探した。窓の前にはリブリーが居るがドアにはアシュトンの方が近い。
「おっと、逃げようとしても無駄だぞ、この部屋は既に《魔道具》で封鎖されている。お前は昔から頑固で物分かりが悪かったからな、長男のように私の計画を受け入れるとは思っていなかった。穏便に済ませられるのならそれが一番だったのだがそうならなかった時の対策もしていたというわけだ。さあエルゴル、《憑依》しろ」
「あいよ」
《悪魔》はその身を闇の霧へと変えリブリーに吸い込まれていく。アシュトンはその様子をじっと見ているだけで邪魔することができない。少しでも動けば殺される。そう思ってしまうほどにエルゴルの気配は強大だった。
《憑依》が完了し、どこからでも掛かってこい、とでも言うように両腕を広げたリブリーの頭部を壁から飛び出した閃光が貫通した。
糸の切れた人形みたいにリブリーがその場に崩れ落ちる。《憑依》中に契約者が死んだためエルゴルも消滅した。
「???」
後には呆然と口を開いたまま立ち尽くすアシュトンだけが残された。




