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第1話

 

 木立の隙間から零れてくる日の光が僕の重い瞼を開かせた。


 チラチラと見える日の光に起こされた僕は、なんで目の前に木があるんだろうと思ったけど、目が慣れてくるとここは木が密集しているような場所で、後頭部にあたる湿っぽい土と少し水分を含んだ草の匂いで、なんだ外で寝てたのか、と思った。


「ここどこだろう…なんでこんなとこで寝て―いった!」


 なんでこんなとこで寝てたんだろう、と言い切る前に、思わず言葉が出てきた。起き上がろうと腹筋に力を入れると同時に、体のあちこちから鈍い痛みが走ったからだ。

胸、下腹、右肩、左腕、腿。色々なところを、金づちで殴られたようなズキズキする鈍い痛みが走った。


「痛いよう…あと喉がすごく乾いた…」


 涙目になりながらも、慣れ親しんでいるはずの体からは、目まぐるしく様々な不調が襲ってくる。僕はなんとか首だけを起こしてあたりを見回すと、ちょうど近くに池のようなものがあったのを見つけた。


 足はまだズキズキして立つことが難しかったから、カタツムリのように這って池に近づくと、頭から池に突っ込んでゴボゴボ、ガボガボと音を立てながら水を飲み始めた。

 …衛生的にどうなのとか、行儀が悪いとかそんなのは目をつぶってそのまま二度寝をしてもらおう。今重要なのはのどの渇きをなくすこと。そして今、一番言いたいことは


「水、ちょうおいしい」


 池から顔を上げてまず言ったこれにすべてが詰まっていた。

 一息ついていると、ふと先ほどまでぐちゃぐちゃだった水面が次第に落ち着いていき、気づくと、水面には人の顔が浮かび上がってきた。

 小さな卵型の輪郭に、丸くて大きな目。すらりとした鼻。肌は土汚れがあるがそれでも地は白いことがわかり、それ以上に髪の毛も白いような銀色のような色をしていて、肩につくぐらいの長さに切りそろえられている。

 

 へー誰だろう。かわいい女の子だなーっと呑気に思っていたが、しばらくして僕はある違和感に気づいた。

なんで水面に知らない子の顔があるんだ?


 ……ペタペタ……フリフリ……え?


「これもしかして僕?」


 自分の顔に手を当てて触ったり、水面に向かって手を振ったりしたが、水面に映った子も同じように動き、最後に僕が驚いたのと同時に水面の子も驚愕の顔を見せて確信した。

この人僕だわ……僕?


「いやこの場合『私』になるのか?いや待てよ…」


 そう言って恐る恐る左手をズボンの中に入れてあるべきものを捜した。

いや別に女の子だからどうとか、女の子じゃ嫌とかないし、別に性別女でも一向にかまわないんだよ?だけど今までずっと男だと思っていたからちょっとショックを受けていたというか、少し相棒への別れが悲しいというかもう一人の自分と生き別れたというか『グニ』。


…とりあえず一人称は『僕』のままでいいか。


 なじみの触感が左手に伝わったのを感じると一つ、落ち着くことが出来た。

 しかし、同時にもう1つの違和感に気づく。

 先ほどまでは体の痛みと、のどの渇きで考えもしていなかったが、どうして僕は自分の性別や顔すらも理解していなかったのかがわからなかったんだろう。


「…僕って…誰なんだ?…」


 ゆっくりと頭から血の気が引いていくのを感じた。そんなはずはないと、なにかしら思い出そうとするが、さっき目を覚ましたよりも前が、一切思い出せないのだ。

いやいやいやいや…ありえないって…落ち着け落ち着け…とりあえず、人に助けを求めよう…うん、とりあえずそうし―


「なに?誰かいるの?」


「え?」


「は?」


 不意に声がした方に少年が首を回すと、そこにはフードを被った女性が立っていた。


 さて、ここで今の状況を少しおさらいしてみよう。


 今僕は体の痛みがあったため、池の近くまで這って行ったから体は泥だらけ。その上で横腹を下にした状態で寝っ転がっている。そして、まだ左手をズボンの中に入れて、もう一人の僕を触っている状態だ。

 一方の不意に現れた女性の方だが、運が悪く僕がお腹を向けている方に現れた。つまり、泥だらけの得体のしれない人間が地面に寝そべったまま股間に手を入れている、まさにそのときを見てしまっているのだ。


「へ…変態…!」


「ち、ちがうんです!これは確認のためで…」


「こんなとこでそんな恰好をして!なにを確認するって言うのよ!この変態!」


「いやいやいやいや!そんなやましいことは何一つなくて本当にただ自分の性別の確認を…ちょっとまってその杖はなんですか!なんで振りかぶっているんですか!止めて!おねが―いぎゃん!」


 普段なら静かだろう池のほとりに似つかわしくない「ガンっ」という音が池の周りに響くと僕は再び意識を手放した。



「それで?何故かわからないけどアンタは記憶をなくしてしまっていて、性別までわからなくなっていたから自身の『アレ』があるか触って確かめた、と?」


「…はい、その通りです…」


 なんでこんなことになっているんだろう、と思いながら、僕は先ほど気絶させた杖を携えた女性に向かって、ことのあらましを説明していた。それと同時に、僕の目を覚ましたここは、西王国の1都市であるアニイの近くにある森の中だということを教えてもらった。


 ちなみに、僕が気が付いたころには僕の両手首と両足首のそれぞれがロープで縛られていた。そのため傍から見たら悪質な変態を現行犯で捕まえて逃げないようにしている警邏のようだ。実際はおおむねその通りだけど。


「あんたねぇ、嘘をつくんならもうちょっとましな嘘をつきなさいよ」


「いや本当ですよ!目が覚めたらこの森の中で、そして自分が誰かも、男なのかもわかんなくなってたんです!」


 必死に弁明を続ける。ここで誤解を解かないと変態認定から逮捕される!そんなのごめんだ。


「…ふーん」


 あ、絶対に信じてないやつだこれ。

 そう白い目で見てくる彼女を見て、僕は檻の中で泣いている自分の姿を想像していた。


 しかし、それにしてもよく見たらこの人…すごくきれいな人だな…。

威圧感があるけど、クールな印象も持たせる釣り目がちな大きな目に白い肌。背は僕よりも低いくらいだろうか?さっきはフードを被っていてわからなかったけど、フードをとって解放された黒髪が日の光に当たってより彼女の可愛さやきれいさをより際立たせていて…


「とてもきれいな人だなぁ…」


「…アンタ、こんな状況でもずいぶん余裕ね」


「うぉ!言葉に出てた!?」


「出てたわよ最初からね」


 まったく、調子狂うわね。と呆れたように言いながら彼女は困ったように杖を弄んでいる。


「大体アンタ記憶をなくしたっていう割には随分落ち着いてるじゃない。普通こういうときって、もっと慌てたり、怖がったり、不安になったりするもんなんじゃないの?」


 ま、私はなったことないから知らないけど、と付け足して彼女はそう言った。疑ってはいるけど、もしかして心配してくれてるのかな?


「そうですね…確かに本来ならもっと慌てるべきなのかもしれないですけど…まぁ、なっちゃったもんは仕方ないですし、クヨクヨしたって無駄なのかなって…。今はもう、まぁ何とかなるかなって感じですかね!」


 そうヘラヘラと笑いながら僕は彼女の質問に返した。


「…うえぇ…」


「いや、うえぇって何ですかうえぇって」


 なんで引いてんですか。ここは僕の逞しさに称賛するところですよ。無理ですか?無理ですねごめんなさい。


「それに…アンタ恰好もひどいわね。体中ボロボロじゃない」


 そう言って改めて彼女がまじまじと僕を観察する。


「服は上も下も引っかかれたような跡があるし、胸当てや肩当てや小手やブーツ。何か滅多打ちされたみたいに全身ボロボロじゃない」



 改めて今の自分の格好を確認した。確かに今着ている服はお世辞にもピカピカとは言い難い。革製の肩当やブーツなどの装備品がかなりボロボロになってしまってみすぼらしくなってる。何か責められてる気がしていたたまれなくなってきた。

 しかし、彼女は僕の格好をまじまじと観察し、手を口に当てて何か考え込んでいるようだ。


「…ねぇ、あんたさっきあの木の下で目を覚ましたって言ってたわよね?」


 そうです。と言い切る前に彼女は僕が目を覚ましたあたりをきょろきょろと見まわして観察した。


「…確かに、枝が折れている箇所がいくつもあるわね。それも多分かなり高いところから…。もしかしてアンタ…なんかの理由で木に登ってたら高いところから落ちて…そのまま打ちどころが悪くて記憶をなくしたの?」


 …彼女の推理には思わず感嘆だけど、僕が記憶をなくした原因ってすごくマヌケな理由なのかもしれないな…。そう思いながら僕は顔が熱くなるのを感じて思わず顔を伏せた。もう穴があったら入りたいよ…。


 彼女は本当に呆れたようにため息をつくと、また僕に近づいて来て縛っていた手首と足のロープを手早く解いてくれた。


「…いい?これはしょうがなくよ?アンタが、ほんっとーに、記憶をなくしている負傷者かもしれないから救出する意味で縄を解くんだからね?おかしなことをしたらただじゃおかないわよ?」


「ほ、本当ですか!?信じてくれるんですか!?」


「ええ!だって私、伝説のS級冒険者になるんだもの!マヌケなアンタの救出の1つや2つなんて軽いものよ!」


 と言って彼女は自信満々に胸を張った。マヌケなっていうところに少し引っかかるところがあるけども、それよりも…


「え…えす級?…ぼうけんしゃ?」


「…そんなことも忘れているの?…はぁ今はいいわ…。私はカランよろしくね。えーっと…ミル!」


「ミル?」


「そう、ミルよ。名前がないとめんどくさいじゃない。ほら、頭が白くてミルクみたいだからミル。いい名前でしょう?」


 彼女、もとい、カランさんはさっきよりもさらに自信満々にそう言った。今なら効果音に『ムフー』っていう音がついてきそうだ。


 いや、頭が白いからミルって…言っちゃ悪いけど…ダッサ。僕は犬猫かよ。


「…なんでかしら?アンタ今すごく失礼なことを考えたでしょ?…いいのよ?手足を縛ったまま置いて行っても」


 !?


「そんなまさか!うわーミルって名前最高だな!うん!僕にピッタリだ!」


 カランさんの疑いの目を躱す様に僕は思ってもないことをとにかく言いまくった。まずい!ここは話題を変えなくては!


「と、ところで!カランさんはどうしてこんな森の中にいたんですか?いやーカランさんみたいな優しい人に助けられるなんて僕は運がよかったなー!」


 そう冷や汗をかきながら苦し紛れに言うと、彼女は幾分か少し気分がよくなったのか、事情を話してくれた(そのとき、この人結構チョロいなって思たのは秘密だ)。

 曰く、最近この森で木を伐採している木こりたちが、森で岩のような大きな影が動くのを見た、という報告が相次ぎ、木こりたちに被害が出る前に危険かどうかの調査を、カランさんが冒険者ぎるど?のぎるどますたぁ?から直接頼まれて来たのだそうだ。


「ま、大方熊かなんかでしょうね。『岩のように大きな』って言うのも近くで見たわけでもなさそうだし、暗くて余計に大きく見えたんじゃないかしらね?」


「なるほど」


「でも大丈夫!熊どころか魔獣だって自力で倒すことも追っ払うことも可能よ!それこそ岩みたいな大きな魔獣ぐらいはまずいけども、こんな森の手前で出てくるわけ―」


バキッバキバキッ!


ドシンッ!


 カランさんが言い切る前に、僕らの後ろの方で何か大きな影が、木の枝を踏みながら現れたと思うと、フー、フーっと荒い息を吐くそれが、森の中から姿を現した。

全身黒っぽい毛に覆われている巨大な体。今は四つ這いだが、後ろ足で立てば僕たちの2倍ぐらいの高さだろうし、前足にはどんな木でもなぎ倒せるような巨大な腕がついている。頭だけは他の体毛と違って、トサカのような形をした危険色のような色をした長い毛を生やした巨大な熊のようなものだった。

 それは贔屓目に見ても普通の熊とは言い難い存在だった。



「マ、マーダーベアー…!」


 カランさんがそう言うと、険しい顔をして杖を構えた。しかし、そんなカランさんの臨戦態勢にもかかわらず、マーダーベアーはよだれを垂らして威嚇をしてくる。まるで獲物を見るかのように。

僕はあまりのことに呆然としていると、マーダーベアーが僕たちの方に襲い掛かってきた。するとカランさんは僕の襟首をつかみ、そのまま僕ごと横っ飛びをした。


 僕は無造作に投げられて地面に転がってしまったが、カランさんは受け身をとると、素早く杖をマーダーベアーに向けた。すると、杖がカッと光ったと思うと無数の火の玉がカランさんの周りに現れた。


「ほ、ほのお!?」


 突然のことで驚いたが、それと同時に無数の炎がマーダーベアーに向かって飛んで行く。

 炎の暑さが肌を舐め、あたりを焦がす燃える匂いと炸裂音。そして自身にぶつけられた炎から出た煙がマーダーベアー自身を覆った。

やった!直撃した!と思ったが、煙の中から出てきたマーダーベアーはフーフーっという荒い息を出しながらこちらを憤怒の形相で睨んでいた。


「…ミル!」


「は、はい!」


「あっち」


 カランさんはそう言いながら視線をマーダーベアーから逸らさずに、僕たちの後ろの方を指さした。


「あっちの方にまっすぐ行けばアニイに着くわ。そしたら門があるはずだから門番に頼んで衛兵と他の冒険者を呼んできて」


 カランさんが絞り出すように言った言葉に思わず息をのんだ。


「そんな!カランさんはどうするんですか!」


「さっきのコイツの速さ見たでしょ。2人で逃げるのは無理よ…。大丈夫よ倒すんじゃなくて、時間を稼ぐだけだから…」


「だったらぼくも―」


「いいから行きなさい!…正直あんたは邪魔よ!」


 カランさんの言葉に僕は何も言い返せなかった。さっきだってもしカランさんが引っ張ってくれなかったら、僕はマーダーベアーの最初の餌になっていたかもしれない。そう思うと、また今にもとびかかってきそうなあの巨大な魔獣が怖くて仕方がない。


 カランさんは置いていきたくない。でも…カランさんの言葉はその通りすぎる。今の僕は彼女の足かせにしかならない…。


「合図したら走りなさい!いいわね!」


 そう叫ぶと再び杖が光り、今度はさっきよりも多く炎が出てきた。それを見たマーダーベアーもその巨体を小さくして身構えるような防御姿勢をとっていた。


「…今よ!行きなさい!」


 そう言うやいなや、カランさんはさっきよりも多くの炎を一斉にマーダーベアーへ放った。それを合図に僕は後ろを向いて走り出した。

 

 ♢


 「…今よ!行きなさい!」


 そう叫ぶと、私は魔法で生み出した炎の塊たちをマーダーベアーに浴びせた。

 そもそも、なぜここにマーダーベアーが?という疑念はあったが、そんなものは今はどうでもいい。


 肝心なのはこの死地をどう切り抜けるかだ。


 正直、マーダーベアーなんてものは私の実力で、しかも単独で討伐でなんかすることは不可能な存在で、熟練の冒険者たちがパーティーを組んで討伐にあたるような危険な魔獣だ。だったらうまくやり過ごして切り抜けるしかない(実際それもかなり難しいが)。しかし、それはミル…さっき最悪な出会い方をした、この女顔のトロそうな変な奴と一緒じゃ無理だ。


 そう判断した私はミルを逃がして仲間を呼んできてもらうことにしたのだ。そうすればミルという足枷がない分、周りのことを気にせずに自由に立ち回れる。


 最初よりも多い炎の塊がマーダーベアーに向かっていったのと同時に、後ろで走り出す気配がした。どうやらアイツもこの状況を察してくれてようだ。


 ドドドドドン!


 無数の炎が当たる炸裂音が同時に辺りに響き、煙が舞う。直撃とはいえ、防御姿勢のままだったから大したダメージにはなっていないかもしれないわね。

そう思っていると、煙の中で巨大な影が動いたような気がした


 !!


 気づいたときには私は右に横っ飛びをしていた。すると間一髪に岩のような巨大な塊が私がいた場所に飛び掛かったと思うと、殺意のこもったその塊は私のことなどお構いなしに、そのまま走り抜けていった。


「(しまった!)」


 先ほどのマーダーベアーは、防御姿勢をとるように身構えていたのではない。攻撃をするために地面へ踏ん張っていたのだ。


 そして私が攻撃し終わったのを見て、踏ん張っていた分の力を使い、先ほどよりもさらに素早く、そして凶悪な力を乗せて飛び出したのだ。


 しかも、さらに狡猾なのは、それは私を狙ったものではなかった。


「ミル!!」


 あのマーダーベアーのターゲットは最初から2匹の中でも弱い方である、ミルだったのだ。



「ミル!!」


 そうカランさんの言葉が聞こえたかと思うと、僕は走りながら横目で後ろを見た。すると、さっきまで相対していたマーダーベアーが狂気に満ちた2つの眼をらんらんと輝かせながら僕の方へ迫ってきていた。


「う、うっそでしょ!?」


 なんでマーダーベアーがこっちに?カランさんは無事なのか?と走りながら考えていたが、マーダーベアーは僕の全力疾走よりも猛烈に早いスピードで追ってきており、ついに僕のすぐ後ろへと迫った。


 フーッフーッという荒い息遣いが生々しく聞こえるが、今はそれがどこか楽しさを孕んでいるような気がして一層の恐怖を掻き立てた。


ガアアアアア!!


 マーダーベアーが咆哮を上げると、そのまま僕へと飛び掛かってきた。


「ミルー!」


 死ぬ。


 遠くでカランさんの声が聞こえた気がしたが、それと同時に体の底から得体のしれない何かが一気に全身を駆け抜けたような感じがした。そして無意識に体が動き、足を大地へと蹴りこんだかと思うと爆発するような速さでマーダーベアーの目の前へと飛び込んだ。

 マーダーベアの両目に僕の顔が映るほど近づいたかと思うと、まるでわかっているかのように体が勝手に動き、マーダーベアーの顔の中心である鼻が顔面にめり込んでしまうほどの肘鉄を喰らわせていた。


ガ、ガアアアアアアア!!!!!


 ゴシャッという音が肘鉄の先から鳴り、マーダーベアーの絶叫が辺りに響いたが、僕はそれが遠くの事、まるで寝ぼけているときのようなうっすらとしか感じでしか聞こえていなかった。


 マーダーベアーの先ほどの狂気の勢いは完全に消え、それを上回る突然の痛みで何が起こったのかわからないようだった。そんなマーダーベアーに向けて僕の右手は勝手に後ろへと大きく振りかぶったかと思うと、渾身の力を込めてマーダーベアーの顔面にグーパンチをしていた。


 自分よりも巨大なマーダーベアーの体がふっ飛んだかと思うと、マーダーベアーは木も巻き込み倒しながら地面に1回、2回、3回とバウンドし、最後は地面を抉りながら止まった。最初に聞いた恐ろしい息遣いはもう消え、それはもうピクリとも動かなくなっていた。


「……」


 僕はその場で呆然としていた。最初から見ていたけど訳が分からなかった。

 しかし、カランさんもまた呆然とした様子でマーダーベアー、そして僕をゆっくりと見ていた。


「…なんか…どうにかなりましたね…ははは…」


 いたたまれなくなった僕は、もう笑うしかなかった。


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