07 指名手配
「信じられない!サラさん?が元男だなんて!そんなムチムチボディなのに!」
「ムチムチ言うな!太ってるみたいだろ!見ろこの腹筋!あと呼び方はサラでいいよ」
「あ…失礼。でも元男だったのならナイスバディの女の人に生まれ変われて良かったんじゃない?」
「それがなぁ・・・」
温かいスープを飲んだせいか、サラが自身の根城に初めて人を招いたせいか、先ほど森で出会った時よりも打ち解けているのが実感できた。
「なんで?普通綺麗な女の人に生まれ変われたらうれしいものでしょう?」
「元々現代で男だったからといっても転生したら体も脳みそも周りの人間からの目も女なんだ」
エアルはスプーンを再び握りスープを飲みながら黙ってサラの話の続きを聞く。
「私が女として転生して初めに困惑したのはトイレの時だ」
「トイレ?」
「あぁ、トイレだ。赤ん坊の頃は身動きが取れないから仕方なかった、だが私は成長してもしばらくはトイレが苦手だった。男女では基本的に体の構造が違う。女の体ではトイレに行っても何処にどう力を加えればいいか分からなかった。何が言いたいかわかるか?」
「・・・」
「要は、私は元男の転生者でもあり、どこか知らない世界の男の記憶を生まれながらに持ち困惑しながら成長した女でもあるのだ」
「難しい話だ…」
「俺がこの世界に来て19年たっている、前世の体はとっくに火葬されて骨だけになってるだろう。この体に入った魂は元男の物でも今は女の脳みそで考え、女として周りから扱われ生きてきた。もはや私は女を愛せばいいのか男を愛せばいいのか分からない。脳が女なのだ女体を見ても興奮を覚えないし前世で何故女に惹かれていたのか理解できないんだ」
「じゃ私もレジェンドレアの男の体に転生するはずだったから、そんな複雑な感じになっていたのかも!?」
「いや、これから複雑になる可能性がないとは言えないな。初めて見たよ一度死んだ人間として転生してきた奴は」
「え、私の今の状況は珍しい事なの?」
「おそらく黒い影にレアリティーを奪われたのが原因だろうな。私の場合は転生時出産前の赤子が近くにいた。エアルの場合はその体しか受け入れ先がなかったんだろう」
「これから複雑になるっていうのはどういう事?」
「肉体も脳も元々この世界の物なんだ。今後エアルの今の体であるエアル・F・イン・フロージ本人の記憶と思想が混濁してくる可能性があるかもな」
転生前、小説やアニメで転生物の話をいくつか見てきたが、そのほとんどが肉体と精神について語られている事はなかった。なくても面白い話が成立していた、だが実際に転生してみると不安要素だらけだ。
「エアルはさっき男の体に転生するはずだったと言っていたけど、元は女だったのか?」
「うん女子高生になったばかりだね」
「JK!?まだ子供じゃないか!私はもともと40代で引きこもっていたから見た目は今のほうがましだが、エアルは転生しなくても華のJKだったのか」
「JKが皆美人だと思うなよ…というか今すごいカミングアウトがあった気がする!」
「…!?。さてスープも食い終わったし良い時間だからもう寝るかー」
サラは木製の食器を片付けると何事もなかったように寝室に向かう。途中振り向きざまに自虐ネタを口にした。
「布団はあると言ったがベットは一つだ。40代のおっさんの布団に入ってこれるならベットの片側貸してやんよ」
その言い方に不快感は感じなかった。それよりも数日間河原での寝泊まりだった為、温かい食事を食べ、ベットで寝られる事がうれしかったのだ。サラを追うようにベットに入る。
「おっお邪魔します…」
「それは根城に入るときに言えよな…」
サラが寝静まった後ベットの中涙が出てきた、転生前は不良に絡まれそして事故にあい、転生後も怪我の痛みと先の見えない不安で押しつぶされそうだった。違う世界に転生したからと言って前世で見た物語の主人公のようにはいかなかった。
サラの根城、そこは久しぶりに気を抜ける安心できる場所だった。
翌日目が覚めると既にサラが朝食を作っていた。サラを信用していない訳ではなかったがエアルは一応自分のトランクケースの中を確認。特に変化はなかった。
「よう、起きたか!今朝川で採れた食材だ、食え」
小魚とザリガニのような生き物が調理されている、昨日の猪肉のスープも並んでいる。
「今日はエアルを街まで送ってやらないといけないからな。朝食は早く済ませろよ」
「サラはどうしてそこまでしてくれるの?」
サラは森で出会った時以来「有り金を出せ」と言ってくる事はなく、エアルの荷物を漁った形跡も無かった。それどころか食事や寝床の面倒を見てくれた上、街まで案内してくれるらしい。
「うーん、この19年間いなかったんだよ。私と同じくレアリティーを黒い影に取られて転生した人間が」
「私たちだけなの?」
「ああ、この世界に転生者はたくさん来ているようだが皆神殿で引き当てたレアリティーで転生出来ていて、黒い影なんて文字通り見る影すらなかったらしい、ハハハ!」
サラはおちゃらけた話し方をしているが、どこか表情が引きつっているように感じる。
「そう、だから誰もこの話を信用してくれなかった、だから同じ境遇の人間に会って話を聞けて、この19年間のもやもやが少し晴れた気がしたんだ」
「そうだったんだ。」
「そういえばエアル、今の身元が分かるような物、何か持っていなかったのか?」
「父親らしき人の手帳に住所らしい物が書いてあって、これを手掛かりにするつもりだったんだけど」
エアルはサラに父の手帳を渡し、サラはその手帳の中を確認していく。途中何かを思い出したように口を開く。
「エアル…お前は街に行かないほうがいいかもしれない。」
「どういうこと?」
「フレイ・イン・フロージ家、二日前セイン王国で街の人間の噂を盗み聞いていた時、現代の北欧神話に出てくる名前と同じだったから思わず聞き耳を立てた事があったが、今まで忘れていた…」
「街で噂…ってもしかして馬車の事故のこと?」
「いや、フレイ・イン・フロージ家は今セイン王国から国家反逆罪で指名手配されている」
「国家反逆罪!?ってなんで!?」
「詳しくは分からないがフレイ・イン・フロージ家は前代の王であるセイン王とも親しい貴族で国の政治にもかかわっていた。そのフロージ家が指名手配され、今は人知れず馬車の事故で一家もろとも死亡ってやばい匂いしかしねえ」
「そんな…」
「一つわかるのはエアルが今セイン王国の街に戻るのは危険だってことだ…」