03 奪われたレアリティー
「神具から最低レアリティーのコモンが排出された場合、残念ながら能力値は一般の人並か、能力値があまり高くない、又は欠陥のある異種族と人間とのハーフとして生まれる事になります。ですが前世で培った知識を利用したり新たな世界で経験を積む事で一般冒険者や起業家になることも不可能ではありません。」
輝く神殿の光を黄金の巨大なガチャガチャが反射する中、淡々と女神のチュートリアルのような説明は続いた。
「レア、又はハイパーレアの場合、多くの努力をせずとも冒険者や町の兵士長等、優遇された役職に就きやすく魔物達にも後れを取ることはないでしょう」
「努力せずともって所が魅力的ですね!」
女神との会話に少し慣れてきたが基本的に女神の説明に対し、ただ感想を返すという言葉のドッジボール状態が続いていた。彼女は前世で高校入学後すぐに始めたコンビニのアルバイトを思い出す。レジに並ぶお客に決まった言葉で淡々と接客を行ってゆく、きっとこの女神も転生者が来るたびに行う説明に飽き飽きしているのだろう、と思う事にして説明を聞き続ける。
「更にその上のスーパーレアの場合、数百人規模の兵団レベルの戦闘力を個人で有しております」
「もうスーパーレア以上引ければ強くてニューゲームって感じですね!ワクワクします!」
「その一つ上のスーパースペシャルレアが出た場合その戦闘力に加え、ここからは生まれながらにして強力なスキルを――」
「・・・」
ガチャガチャ機から排出されるレアリティーは七つもある為、女神の説明は長くなっており、途中から聞き流し始めていた。
彼女の生前は本の虫だった為長い説明は苦ではなかったが目の前には巨大なガチャガチャ機が回してくれと言わんばかりにたたずんでおり、前世で我慢を強いられることが多かったが今は一度死に生前のそういったしがらみからは解き放たれていた。
我慢できずに女神のチュートリアルの最中、神具と呼ばれている巨大ガチャガチャのつまみを両手で強く握り時計回りに大きく回した。機体の中で歯車が噛み合いその大きなカラクリが音を立てて動き出す。途端、ファンファーレのようなサウンドエフェクトが聞こえ巨大なガチャガチャの機体の装甲が開いた。
「おめでとうございますアルティメットレア以上確定の演出が出ました」
「女神が演出とか言わないでください。なんだろう…嬉しいけどもこのメタなゲーム感…」
心のもやもやとは裏腹にパチンコの機械のように派手な当たり演出を行うガチャガチャの機械。
音が急に止み、ガチャガチャ機の排出口に虹色のカプセルが投下され、それを慣れた手つきで排出口がら取り出し二つに割り開くと中には虹色に輝く透明な石が入っていた。
「おめでとうございます最高レアリティーのレジェンドレアが排出されました。その転生石を取り出し胸の前でかざしてください」
「えっ最高レアリティー…!?」
メタな演出に気を取られていたが大当たりを引いた事に彼女は気が付く。状況把握が追いつき徐々に心拍が上昇し膝が震えだす。高まる感情を落ち着かせ恐る恐る石をカプセルから取り出し指示通り胸の前でかざす。
「レジェンドレアが排出されたので貴女には新たな肉体の性別年齢、容姿を創造していただきます」
「私の新しい体…新たな人生…」
深い森の河原。新たに得た、か弱くボロボロの少女の体を引きずるように上流へと歩みを進めながら、そんな神殿であった出来事を彼女は思い返していた。
「痛っ…!」
骨折した鎖骨は河原の砂利を踏み崩した程度の振動で痛みを発していた。右肩をかばいながら、ふと上流の方へ目を移すと川の流れをせき止めるように黒い影があるのが目に入る。近づいてみるとそれは大きくへしゃげた馬車と、それに繋がれた二頭の馬の死体だった。
「多分私のこの体が死んだ原因はこれなんだろうな…」
浸水した馬車の中を変形し大きく裂けた穴から覗いてみると二人の男女が身を屈めるような姿勢で動かなくなっていた。女性は薄水色に輝く綺麗な銀髪、男性は桃色の髪に立派な猫科の耳が生えている。
女性の手に触れてみると、それは確かに人の手の感触だがそこにあるはずの体温は無く、固く硬直していた。
映画やドラマでよく怪我人の脈や心拍を確認しているが、この時彼女は見て振れただけで感覚的にその者の死を把握してしまった。二人の姿勢は何か小さなものを包み込むような形で硬直していた、子供が一人収まるほどの空間が二人の間にある。
怪我をかばいながらやっとの思いで馬車から引っ張り出せたのは一番小さなトランクケースと男性の財布と手帳のみだった。同時に馬車の小窓に取り付けてあるカーテンの切れ端を取りそれを背中から肩に通し、たすき状に巻いて折れている鎖骨を固定した。馬車の近くには使用人のような男の死体も倒れている手綱を握っていた人だろうか。そう思いながら彼女はトランクケースに目を移す。
「エアル・F・イン・フロージ…これが私の名前かな…」
小さなトランクケースには確かにそう名前が刻印されており、中には自分が着ているドレスと同じドレスがもう一着と、女の子の形をした人形が一つ、パンが二つと銀色の懐中時計が一つ。懐中時計の中に写真が入っており先ほどの死体の男女と少女が映っていた。写真の少女は今現在の自身と同じ容姿、同一人物である事がわかる。おそらく馬車の男女は父親と母親なのだろう。
彼女は見た情報から自分が置かれてる状況を考察する。おそらく事故で崖から落ちた馬車に乗っていたあの夫婦が、一緒に馬車に乗っていたこの子をかばったおかげで軽傷で済んだ。だが落下した衝撃で少女は気を失い川の水が馬車の中に浸水しそのまま溺死、少女の体は馬車の裂けた穴から下流に流された。
「そして損傷も少なく死後間もないこの子の体に、たまたま私の魂が入って私は助かったって感じなのかな…というかこの子の体が無かったら私の魂どうなってたんだろ…お化けになってたとか?それともそこら辺の虫とかの体に…ゾゾッ」
考え始めたところで恐ろしくなり考えるのを放棄した。
懐中時計は前の世界とほぼ同じだが24時間分のメモリが付いており現在針は夜中の一時過ぎを示していた。先ほど聞こえていた茂みの音は今は聞こえない。
怪我の痛みと体力の消耗でくたくたになった体を休める為トランクを河原の岩にかけ、そこに折れた骨が動かないようそっと背中からもたれるようにして眠る事にした。
「親戚のおじさんが鎖骨折った時の話聞いておいてよかった。このまま三か月程度は固定したままか。食べ物どうしよ…」
不安に駆られつつも睡眠につこうとした時自然と神殿での事が思い返された――。
「新たな人生を送る体はこちらでよろしいですか?」
神殿で女神は長時間新しいレジェンドレアの肉体をクリエイションするのに付き合ってくれていた。
創造した体の性別は男、年齢は以前と同じ16歳で身長は170程度。すらりと長い脚に整った顔、瞳の色はエメラルドグリーンで金髪に赤色のメッシュが入っており、年齢以外は前世の容姿のほぼ真逆に近い物に仕上がった。
「…はい!」
前世で出したことのないような元気な返事だった。
「それでは新たな体に触れてください」
女神に言われた通り体に触れると体に吸い込まれ人間らしい五感が戻ってくる、目を開き新たな肉眼で周囲を見渡す。
「…っひえぇ!高い!怖い!」
新たな肉体を受肉し、身長が170超えと急に伸び視点が地面から離れた事により、一瞬高所に恐怖する。尻もちをつきそうになるが、しっかりとした足が体を支える。
「これが高身長イケメン男子の体…!」
「新たな肉体の受肉後すぐは、まだ安定してないので魂がこぼれないように激しい動きは避けてください」
「魂がこぼれる!?」
「又、同じレジェンドレアでも神の恩恵スキルでその個性が分かれますのでステータスカードをご確認ください」
「神の恩恵スキルって何ですか?」
「神の恩恵スキルはアルティメットレアには一つ、貴女が排出されたレジェンドレアでは複数所持している通常のスキルよりも強力なスキルになります」
ただ知りたいと思うだけで目の前には新たな肉体のステータスカードが半透明に表示された。そこには、自分の名前、年齢、装備とレアリティーがレジェンドである事、そして初期スキルと、神の恩恵スキルの欄があった。
「名前は初めから<スルト>という名前で固定なのか…どうせなら名前も自分で決めたかったな。」
初期スキルの欄をざっと見たが、30個ほどあるスキルのレベルが全て80レベル台で<Lv.80/100>と記載されていることから最高レベルは100までである事が分かった、そう考えると初期から80レベルというのはかなり高い方なのだろう。基本的な素手攻撃スキル、剣術スキルなどがある所を見ると、スキルとそのレベルで個人の強さが変化するようだ。
次に神の恩恵スキルの欄に目を移すと初期スキルの膨大な数に比べて、神の恩恵スキルの所持数は5個とかなり少なめだった。
スキルドレイン※一度のみ、超自己再生、音速飛行、メテオインパクト、武器召喚滅びの剣、神の恩恵スキルはこの五つのようだ。
続けて女神が説明を始める。
「そこに記載されているスキルは魂に定着するまでにまだ時間がかかる為、今はまだ使用できません。なのでお気を付けください」
「魂に定着?スキルはこの新しい体に既に備わっている物ではないんですか?」
「新たな世界で使用されているスキルはすべて魂に刻まれます、よって今はレジェンドレアの体からスキルの情報があなたの魂に流れ込んでいる、いわば魂がスキルを無意識下で習得中、という事になります。心配せずともすぐに使用可能な状態になるのでご安心ください。」
「パソコンでいうバックグラウンドでダウンロードとインストールをしているみたいな事だろうか…」
「それでは新たな体でワームホールをくぐり、新世界での人生を歩んでください」
女神はそう言い右手をかざすと何もなかった空間に異世界へ行くためのワームホールが開く。紫色に渦巻いているその穴ははるか遠くまでつながっているように見える。
結局最後までこの女神から漂う異様な違和感は消えなかった。ロボットのように淡々と口すら開かずチュートリアルのような説明を行い、常に浮遊している体の動きは何処かぎこちなく、今ワームホールを開く時にかざした右手の動きは人体の構造として腕を上げるために必要な部分に力が入っていないというか――。そう考えている最中転生の儀は進んでいく。
「新世界にはすでに何人もの転生者を送っています。わたくし女神があなたたち転生者達に望むのは世界の秩序を乱す魔王とその配下の討伐。ですが貴女がこれから送る新たな人生でどのような道を歩むかは貴女次第。それではよい人生を。」
魔王の討伐を望んでいるのに踏ん切りの悪い言い方をする。魔王討伐は女神にとってあまり重要ではないのか、それに異世界には既に何人もの転生者がいると言っているのに、未だに彼らは魔王を討伐できていないのか。いろいろと考えている間に新たに得た体はワームホールに飲み込まれ渦の流れに乗って流され始め瞬く間に女神のいる神殿は遠く見えなくなった。
色々思う所はあったがワームホールの中を流れ進む感覚に新世界への好奇心とチート能力の備わった高身長イケメンの体、この先にある異世界と新たな人生に胸が高鳴り始めた。
その時だった、何かに肩を強くつかまれ鋭いものが背中に突き刺さる感覚に襲われた。
「ウグッ!」
その衝撃に思わず喉の奥から絞るような声が出た。振り返ると黒い影に体をつかまれ影から伸びる手のような部分が自分の背中に突き立てられている。
出血はないが黒い影は力を緩めることなく手を背中にねじ込み続け、それに反して体から自分の魂が押し出されていくのが分かる。体から魂が押し出されるほど神殿で体を受肉した時とは逆の感覚、全身から人間らしい五感が失われていく。
新たな肉体の受肉後すぐはまだ安定してないので魂がこぼれやすい。先ほど女神が説明していた通り肉体から魂が簡単にはがされていき、代わりに黒い影が体に入り込んでゆく。
黒い影が体を乗っ取ろうとしているのが感覚的に理解できた。
「や…めろ…っ!」
既に半身以上体を乗っ取られ、ろくに抵抗もできない。このまま確実に体は奪われるという事を悟る。
せめてものあがきにステータスカードを表示、その中に記載されている既に自身の魂に刻まれ使用可能になっている唯一のスキルを発動させた――。