青の粒子発生の地03
天を見上げれば大地の底が続く
大地の底は夕闇の世界
夕闇の世界には大きなキノコが道を照らす
妖しいキノコの下を歩む戦士たち
■コークリットの視点
苔むした大地には、大きなキノコが増えていく。
傘が一メートルあるキノコや柄が三メートルを超えるキノコもある。
仲良く密集して生えるキノコもあれば、一本ずつ離れて淋しげなキノコもある。
赤いキノコもあれば白いキノコもある。
苔とキノコの大地だ。大きなキノコは、傘の部分がオレンジ色や黄色に光って、夕闇の世界に妖しげな光の世界を作っている。妖しげな光は小さな虫を引き寄せて、夕闇の淋しさを紛らわせているのかもしれない。
「うう~ん、かび臭いね」
テルがつぶやく。
風の守りでかなり和らいでいるのだろうが、独特な匂いがする。かび臭いような、あるいは法王庁の薄暗い蔵書室の臭いに似ている。俺は好きな匂いだったな、よくトイレに行きたくなったもんだ。ここが今、特に匂うのはオークたちが踏み荒らして砕かれたキノコ類が散乱しているからだろう。汁もたくさん出ていて、毒成分のものも多いようだ。
「テル君、近づいちゃだめよ。風の守りがあるっていっても、かなり弱いからね」
「そうなの?」
シスは「風の守りは空気の層で軽く包んでいる程度」であって「顔に向かって勢いよく毒ガスを噴射されたら、層を貫通する」と説明した。そうなんだ、結構弱そうだな。防護服みたいなものだと思っていたが、過信は禁物だな。
「じゃあ、あまりイタズラはできないなぁ~」
「やっぱりね! やるつもりだと思ってたんだよ、まったくもう!」
くく、いい読みしてたな、シス。でも俺もテルを心配していた。テルは空気を読まない時があるからな。
と、周囲に生えるキノコの種類が何となく禍々しいものに変わってきたような気がする。傘が動物の脳ミソのような、気持ち悪い形だ。ヌメヌメしているから光に照らされて反射する。ああ、もう原野の至るところに脳ミソが落ちている状態で、不気味すぎて肌が痒くなってくる。
と、パララがそのキノコを見てギョっとした。
「み、皆さん気を付けてください。この傘が脳ミソのようなキノコはたぶんゴログドムダケの一種。触るのも危険です」
「「そうなんだ!?」」
「「怖っ!」」
見た目がヤバいと思ったがやっぱり危ないキノコのようだ。パララはこんなに大きく育っているキノコは初めて見るという。
ゴログドムダケは皮膚からでも体内に入ると、幻覚や錯乱の他、麻痺、呼吸困難、意識障害の後に多臓器不全で死に至る毒キノコらしい。恐らくこのキノコは、毒で死んだ生物を養分にして繁殖していくんだろう。とすると、このキノコの量は死んだ生物の数であり大きさかもしれない。
「うげえ、脳ミソのお墓だよ……気持ち悪い」
テルが、吐きそうな表情で舌を出す。子供らしく表情が豊かで羨ましい。
ああ、テルが吐きそうな顔になるのも分かる。夕闇の中苔むす大地にむき出しの脳ミソが捨てられている様子は、凄惨な事件現場のよう。暗いのに、脳ミソのヒダヒダの陰影がハッキリ分かって気味悪い。ヒダヒダの陰影が見渡す限り延々と続く。
「あまり道の端に行かないようにしましょう!」
「「了解!」」
危険なキノコは、オークの道ギリギリまで張り出していて砕かれているものもある。砕かれたキノコの破片や成分、胞子が舞っていると怖いので、風の守りはあるものの念のため寒さ対策の襟巻きを鼻まで上げてフードも被ることにした。
視界が悪くなる分は、索霊域での霊力探知が重要になる。
「おお、コックリ! オークどもが倒れてやがる!」
「キノコの毒にやられたんでしょう、キノコと汁の出ているところは歩まないようにしてください」
「「了解!」」
数体のオークが道の端に倒れているけれど、霊力反応がなかったので死んでいるようだ。きっと道が狭くて通りづらい中、キノコ類にぶつかって毒成分が体内に入ったんだろう。どれも顔が紫色になって泡を吹いて絶命している。
ゲラゲラゲラゲラッ
「「うお、今度はなんだ?」」
けたたましい笑い声の方を見れば、キノコの森でオークとオーガーが赤いキノコを食べながら大笑いしている。
だが明らかに異常で、涙を流しながら腹をパンパンに膨らませるまでキノコを食べている。目の焦点があってない。美味そうな匂いがして、食べてしまったんだろうか。ああ、目が真っ赤になって、蕁麻疹が全身に出て気持ち悪い。
不憫に思ったことと、気を取り戻したとき襲い掛かってくるかもしれないので、首を刎ねる。
「ヤベェところだな、ここは。青の粒子もヤベェが、ここら辺のキノコ地帯も毒性がヤベェみたいだ」
普段は服の汚れなどに無頓着そうな、能天気なハルさんがキノコの汁や破片がついていないか気にしている。まあ分かるな。オークのようになりたくはない。どうやらここら一帯は、特に危険なキノコ地帯のようだ。
「とすると……妙だな」
俺は違和感を覚えた。もしオークたちが襲ってくるとしたら、ここら辺は絶好のポイントではないか? 遠くから弓なり投石なりで脳ミソキノコを狙えば、我々もただでは済まないが……半径百メートルに霊力反応はない。
警戒しながらもキノコの森を進めば、毒々しいキノコ地帯はなりをひそめ、棒状のキノコ地帯へと突入した。白っぽい棒状のキノコは逆さまの氷柱のようで神秘的だ。凄い変わりようだな。
「危険なキノコ地帯は抜けたようです」 パララはフードを戻しながら「皆さんフードを取っても大丈夫ですよ」
「ほぉ~~、やっと抜けましたね」
アグが周囲を確認しながらフードを上げ、髪を緩やかに振る。ああ、何でもない仕草だけれど、女性っぽいそれに思わず目が行ってしまう。おっと俺のこういうところをシスは「嫌らしい」と怒るけれど今は見られてなかった。ガノンたち他の獣人もやれやれといった感じでフードを上げる。
「オウオウ、植物の専門家がいたから助かったなあ」
「ふふふ、私たちがいなくてもオークたちの死体で危険な場所だと分かったかもですがね」
ライオロスの背に乗る草原妖精の言葉に俺はさらに違和感を覚えた。何だろう、この違和感。おかしい。俺たちを倒したいなら、あの場所は最適なはず……と深掘りして行こうとした時、ジーク族長の言葉で違和感の正体が分かった。
「フーム、神殿騎士殿。もしやオークたちの目的は『 我々が青の粒子の場所へ無事到着すること 』に変わったのかもしれませんな」
「え? ああっ、なるほど! それか!」
「「え?」」
戦士たち皆が「何のことだ?」「オークたちの目的?」と俺たちに怪訝な視線を送る。
「だからオークの死体をそのままにしたり、キノコを食べている奴らまでいたのか!」
「そうなりましょうな」
俺と族長は同じ考えのようで心強い。
そんな俺たちに混ざりたいのか、テルが。
「ど、どういうこと? 神殿騎士様、シス姉ちゃんにも分かるように説明してやって!」
「こらぁっ! テル君でしょ、分からないの!」
「分かるの? シス姉ちゃん」
「分からないけどね!?」
くく、姉弟漫才か? シスとテルは本当に姉弟みたいだなあ。族長も苦笑している。良い娘さんですよね、場を明るくできる。俺が説明しようと思ったらローレンが話し始めた。
「フッ、オークたちは今まで、拉致した獣人の女子供をわざわざここまで連れてきていた」 ローレンも分かったようだな「しかし、わざわざ連れて来なくても、妖精や獣人の戦士団が大挙して自らやってきている。オークたちは『 カモがネギを背負ってやってきた 』と思っているだろう」
「「ああ~~っ!」」
「青の粒子の発生源へ無理やり連れて行く、だったものが、青の粒子の発生源まで来させる、に変わったということだ」
「「さすがローレン様!」」
アグ達が大喜びだ。シスは頬を膨らませてそっぽを向く。くく。
俺もちょっと補足する。
「危険なキノコ地帯で我々が全滅しないよう死体を残して警戒させたり、キノコで幻覚や錯乱状態になって停滞しないように注意喚起もした、ということだな」
「「なるほど!」」
「もしかすると、青の粒子の発生源まで襲って来ない可能性もあるが、警戒は怠らないようにしましょう」
「「了解!」」
周囲を警戒する戦士たち。それを出迎える白い逆さ氷柱のキノコ地帯は、実に幻想的だ。
白い逆さ氷柱は滲むような淡い光を放ち、夕闇の世界を儚げに照らしている。それはまるで夕闇の世界に眠る生物を起こさないような優しい光。広がり行く夕闇の世界のどこまでも、優しく照らす白い逆さ氷柱がいるんだ。何て幻想的なんだろう……
色や光による効果だろうか、闇の中に佇む純白の氷柱は不思議な寂寥感を与えてくれる。淋しげで切ない、悲しい気持ちを……
「ぶおお……何という、美しさだ……」
ハルさんの黒目に映る、白い逆さ氷柱の光。それもまた美しい。
夕闇の世界で、淡く、周囲に滲むような純白の光は、儚くて胸が締め付けられる。こんな世界があるんだな……
「わあ~シス姉ちゃん。綺麗だねえ」
「本当に……凄いわあ~……」
「チカチカしてるところもあるよ~。宝石みたいで綺麗だねえ」
「はわぁ~、キノコの胞子とか何かが光ってるのかしら……」
そう、儚げに周囲を照らすだけだった逆さ氷柱は、進むにつれて宝石のようなチカチカとした瞬きも見せるようになった。それは雪山の晴れた日に見られるダイヤモンドダストのような、煌めく美しさにも思える。だが、索霊域で感じるそれは、実は危険な光だと分かったので、注意喚起しよう。
「いや、実はその瞬き、青の粒子が付着して光っているようなんだ」
「「ええっ!?」」
「「このチカチカしてるのが!?」」
皆が会話に加わる。とたんに周囲の瞬きを見回さずにはいられなくなった。
肉眼では見えない痕跡を探る探索圏の魔法ではなく、通常の霊力を感じとる索霊域で分かるレベルの圧倒的な量。青の粒子は、自然物の霊力が強い部分に多めに吸着しているようで、その部分が瞬いているようだ。
「チカチカ瞬くほどに青の粒子が付着しているから気をつけてくれ」
「「そ、そうなんだ!」」
「オウオウ、白い氷柱キノコの胞子とかじゃないんだよな?」
「違います、これは胞子ではありません!」
ガノンの言葉にパララは断言する。
しかしガノンの言うとおり、まるでキノコの胞子のように見える。それだけかなりの量の青の粒子が付着しているということだ。
とローレンがつぶやく。
「フム、風の守りがない状態でここを通っていたら呼吸でかなり取り込みそうだな」
「オークの狙いはそこかもしれない」
同意した俺に、ジーク族長やシスも頷く。
夕闇の世界で、淡く発光する白い氷柱の森を進めば、さらにチカチカと瞬きが増す。ああ、重く圧し掛かるような浮遊岩の底にも、チカチカとダイヤモンドダストが輝いている。苔むした大地に目を落とせば、花が咲くような瞬きがそこかしこに広がる。
何て美しい世界……
「凄い、歩くと粉塵が舞うわ……これってもしかして、全部青の粒子なの?」
シスが愛馬の足元を見て、舞い上がる青の粒子に身を震わせる。歩む大地は緑色の苔だが、やや青みを感じさせるのは気のせいではあるまい。青い苔の大地……深緑色の苔の大地も美しいが、青みがかった苔の大地も美しい。
「きっとここにも魔獣類や幻獣類が多く棲息していたんでしょうが、この青の粒子で操られてしまったんでしょうね」
アグが周囲を見渡して呟く。
そう、白い氷柱の大地を見れば、昆虫獣類は幾つかいて珍しい来訪者である我々を値踏みしている。おそらくキノコ類を食べる昆虫獣類ゆえ、こちらを襲って来ないのかもしれない。そして通常なら、この昆虫獣類を襲う肉食系の魔獣がいるはずだが、今やもうその姿は見られないんだろう。
「おお、白い氷柱が何だか青みがかって見えねえか?」
「見える! 青いよな!」
「「青い青い!」」
そう、進むごとに周囲は青みを増し、魔法を使わなくても青の粒子が舞っていることが分かり始めた。
青い……青いぞ……
ええ……? 青い霞が、うっすらと大地に広がって……
「「おお……」」
「「何と……美しい」」
「「スゲエ……」」
皆が言葉を失う。
何という幻想的な光景なんだろうか……
青い霞が……苔むした大地を覆っている……
青い霞が、遠浅の海のように広がって……
その優しい青い波間から、白く淡く発光する逆さ氷柱が、世界を照らして……
「「何だ……何て美しい……」」
「「ほおぉ~~……はあ~~」」
美しい……美し過ぎる……
遠浅の青い海を照らす純白の氷柱……
今や大地は優しい青の霞で染まる……
「でしし……夢みたいに綺麗だなあ」
「本当……」
夢みたいな光景。
やはりここだ。
「ここだ。子供たちが夢に見た光景は」
そう、青の粒子で眠らされた子供たちは、この光景を見せられていたんだ。
そして「ここに行きたい」と魅せられ、誘惑され、命を失う羽目になったんだ。
青の粒子は、この地の記憶を夢に見させる。この地の景色を夢見させる。『 夢見の粒子 』であり『 記憶の粒子 』なのかもしれない。
「おい、コックリ! あれを見ろ!」
「えっ!?」
「あそこだ!」
「あっ!」
ハルさんの指差す方向!
青く揺らめく大地の中で、強く青白く輝いている場所がある! まるで星雲の中心! 星屑が渦を巻く銀河の中心! 星々の輝く宇宙空間で、銀河の星雲がひときわ輝くが如く! 中心はあそこだ!
「き、きっと目的地です! 千里眼で調べます!」
「「頼む!」」
俺は震える手を前に出し、千里眼を出現させる! 心臓がヤバい! 口から飛び出そう! 耳の裏まで鼓動音が! 死ぬ!? 俺でもこんなに緊張するのか! 熱い! 体温が! 汗が! お、落ち着け! 落ち着け!
千里眼は青白い宇宙空間を飛ぶ!
青い霞みの雲を見下ろし、重厚な岩の天を見上げながら!
美しい! 何という眺め! 星雲が流れて行く!
青い光が強くなる!
近づいて行く!
何か見えてきた!
何か見えてきた!
何だあれは!?
何だあれは!?
「何だあれは!?」
「「何があった!?」」
「「何があった!?」」
俺は目を疑った。
何だあれは!?
青い! 青いぞ! 目がくらむような青っ!
青の粒子の正体って、これか!!
これだったのか!!
だから粒子状なのか!
「岩じゃかなろっ!? 鉱脈じゃなかろ!?」
「植物でもないですよねっ!?」
「魔獣なのか!? やはり魔獣がいたのか!?」
うおお、揺すらないでくれ!
「よ、予想外です!」
「「予想外っ!?」」
「「魔獣じゃないのかっ!?」」
「「予想は魔獣だよなっ!?」」
「「何がいるんだ!?」」
うおお、揺すらないでくれ!
「何だこれ!? 青っ!? 白っ!?」
「「白っ!?」」
「「白だってっ!?」」
「「早く教えろっ!!」」
獣人たちが俺につかみかかる!
もう、皆が! 亡者のようにつかんでくる!
「「青いのは何だ!?」」
「「白って何だ!?」」
「「自分だけずるいぞ!」」
ず、ずるい!? ま、まあそうか!
「あ、青い! のは、魔獣!」
「「魔獣!」」
「「青い魔獣!!」」
「「やっぱり!」」
「「予想通りじゃないかっ!!」」
「「どんな魔獣だ!?」」
「と、白い魔獣!!」
「「白い魔獣!?」」
「「白い魔獣だってっ!?」」
うおお、揺すらないでくれ!
「にっ! にっ!」
「「にっ!?」」
「二匹います!」
「「二匹!?」」
そう、二匹! 二匹いる!
予想外に二匹!!
「何だ!? 何なんだ、この状況!?」
「「状況!?」」
「「状況ってなんだっ!?」」
「予想外の状況!!」
「「予想外の状況!?」」
予想外の状況!!
分からん! 何が起こっているんだ!?
この二匹の関係性は何なんだ!?
ついに到着した青の粒子の原因は、これだったのか!!




