青の粒子発生の地02
朝の霞が晴れた天空大地
澄み渡る青い空には白い雲
白い雲と青い空を鏡に映す湖
■コークリットの視点
「「うおおっ! 何だあれ!?」」
リートシュタイン山系の下を見た俺たちは、その存在に気がついた。
「何だ、あれ……浮遊岩群?」
そう、言うなれば浮遊岩群。俺たちが進む道の彼方先に、おびただしいほどの浮遊岩が一団となって待ち受けている。何万という数ではないぞ! 数千万から数億というおびただしい数の浮遊岩が、まるで層のようになって広がっている。俺は見覚えがあった。
「あ、あれに似てるな……」
「「あれって?」」
それは、天文学の授業で観測させてもらった『 惑星サターニスの環 』のようだ。惑星サターニスはその周囲に環があるんだが、望遠鏡という魔道具で観るとその環は一つ一つ岩や氷の塊でできていて、それが数十億~数百億とつながることで環に見える。星の帯だ。
その星の帯が、ここにもあるじゃないか!
「す、すげえな! リートシュタイン山系が見事すぎて気づかなかったぜ」
ハルさんが絞り出すように言うと、獣人の戦士たちがガクガクと頷く。そう純白の大山脈の峰々を辿って、東へ西へと目を奪われるから、その下に広がる星の帯に焦点が合わなかった。
「オ、オークの道は……」 俺は道の先、遥か彼方を見て「どうやらあの下に続いているようですね」
「「おお、あの下に!」」
「「お、落ちて来ないよな」」
もっともな意見だ。今までも、一つの浮遊岩の下を通る時でさえ何となく落ちて来ないか気になるわけだが、それが数億と頭上にあったら……
「とりあえず、進みましょう! 落ちるかどうかの心配は、現地についてからにします!」
「「了解!」」
感動の心と、恐怖の心を持ちながら、俺たちは圧倒的な天空の大地を進む。
霧が晴れたことで、寒さが増したような気がする。霧の中は風が吹かず、温度がこもっていたように感じたのだが、霧が晴れると風が出て体感温度が寒く感じるようだ。風の守りで空気の層はあるけれど、その空気の層自体冷やされて寒くなる。
ゴゴゴ……ゴカッ
「凄い音だな」
星の帯に近づくにつれ、時折ゴーン、という音が響いてくる。どうやら星の帯内の岩と岩がぶつかり合う音のようだ。仲良くしてくれ。
「シス姉ちゃん、あの浮遊岩って何であそこにたくさんあるんだろうね? 今までちらほらだったのに、いきなり凄い数だよ」
「本当よね、何でかしら」
もっともな感想だ。その答えは身近にあって見えないものだと思う。俺は自分の予想を述べたくなって横入りした。
「あれだけの岩が大地から浮かび上がったら、その土地はどうなると思う?」
「え?」 シスは突然話しかけられてビックリしている「と、土地?」
「そりゃあ」 テルは腕組みして「穴が空くよね」
「うん、その通り。穴が空いたら何かが入るよな」
「「え?」」
「フ、例えば水だな」 不敵な笑みのローレン。
「「ああっ!!」」
分かったようだな。続きは俺が説明する。
「そう、無数の浮遊岩が大地から浮かび上がれば、跡地は大きな穴になる。跡地に豪雨の水が貯まって湖になったんだろうな」
「「ああ~~っ!」」
実は今までも、大きな浮遊岩のそばには泉があった。大地から離れた浮遊岩の穴に、頻繁に降るゲリラ豪雨が貯まったものなんだろう。
この星の帯の数から言って、相当大きな穴が開いたはずだ。海に見紛う湖の大きさも分かる。深さも水竜が存在することから相当なものだろう。
「怪異が広範囲化、大規模化したのもゲリラ豪雨と湖が影響しているかもしれないな」
「「え!?」」
「フム、なるほど?」 ジーク族長が考え込む「もし浮遊岩群あたりで青の粒子が大量に発生したら、ゲリラ豪雨で多くは湖に流れ込み、やがて大河に流れて行くと」
「はい。人間界まで届く大規模化した理由かもしれませんね」
「「そうか!」」
大規模化の一端が見えたかもしれない。
もし豪雨や湖がなかったら、ここまで大規模化しなかったと予測できる。なぜならば豪雨や湖がなかったら、青の粒子は大地に落ち、そのまま土となって分解されたりしたんだろうが、豪雨によって流され、湖に流れ込み、大河に乗って流れてしまったんだ。
「そろそろ豪雨が来るかも」
その後も天空大地を進む俺たちに、容赦なくゲリラ豪雨が襲い、昆虫獣類が襲いかかってくる。小さな羽虫も多くて、風の守りがあるからいいけれど、なかったら吸血虫のようだからかなり困る。病気になって魔法で治す必要があって。
それでも皆の協力の元、事なきをえた俺たちは、ついに星の帯の間近までやってきた。現実離れした光景が、目から飛び込み心に届く。
「「うおおお、すげえ迫力!」」
「「浮遊岩の上に、何層にもわたって浮遊岩がある!」」
「「浮遊岩の下は暗いぞ!」」
そう、浮遊岩の星の帯は何層にもわたって厚みがあるので、浮遊岩の下はかなり薄暗い。まだ昼前だというのに。浮遊岩の密集度が高く層が厚いから、太陽の光が大地まで届かないんだ。
「レリーよ、見よ。上部の浮遊岩から水が柱のように落ちて、何という美しさだろうか。浮遊岩と浮遊岩の間に虹の橋もかかっているぞ」
「本当、まるで水の精霊界のよう」
水が滴るような美しいクレイとレリーがため息をつく。なるほど、水の精霊界か。浮遊岩と浮遊岩の間に虹の橋が無数にかかって、あの橋を渡れるならば、色々な浮遊岩に行けるだろう。
「まずは千里眼で偵察します」
「「頼む!」」
俺は千里眼を飛ばすと、星の帯の中へと突入する。おお、星の間を縦横無尽に飛ぶような爽快感に俺は興奮する。帯の中は浮遊岩から立ち上る薄い霧があって、それが浮遊岩に高山植物やハイラルゴケを育てているようだ。そして各浮遊岩には、大小様々な大きさの鳥の巣がたくさんあった。
「浮遊岩には鳥の巣がたくさんありますね」
「おお、そうだろうよ。ありゃあ鳥の楽園だぜ!」 ハルさんが納得する。
「でもどれも空で、かなり古いですね。数年は経っているでしょう」
「フム、青の粒子にやられたか……」 ローレンが眉を寄せる。
千里眼を戻して索霊域に切り替えると、いよいよだ。星の帯への入り口は目の前だ。先行している囮のノーム数体が、今か今かと進軍を待っているかのよう。まあもうちょっと情報収集だ。
「ハルさん。槍の取り回しはどうですか?」
「ああ、真上からの振り下ろしはキツイかもな。突きか薙ぎ払いが良さそうだ」
ハルさんは槍を構えると縦に持つ。ギリギリ浮遊岩には届いてないが、浮遊岩の形によっては当たる可能性がある。
そのことから浮遊岩と地面の距離は、約五メートルといったところか。
「投げ槍はどうですか?」
「投げ槍は難しいかもな。オーバースローは浮遊岩に当たりそうだ。横投げで低空弾道なら行けるが、距離は恐らく五十メートルがいいとこで、横投げしたことがないから命中率は下がるかもな」
「なるほど」
ハルさんは論より証拠、投げ槍を構えてオーバースローで投げてみたら、浮遊岩に当たってはじき返された。シスとテルは浮遊岩が落ちて来ないか心配なようだが、岩は少し削れただけで、破片がゆっくりと雪のような遅さで落ちて来るだけだ。
「弓矢も持ってきたから、遠距離戦はそっちがメインだな。威力は落ちるが」
「はい」
オークがこの地を選んだ理由が分かったな。
超遠距離の投げ槍は封じられたと言える。
「お、落ちて来ないよね、浮遊岩……」 シスが息をのむ
「ぶはは、大丈夫だってお嬢ちゃん。死ぬときは一瞬だ!」
「「縁起悪いこと言うな!」」
ハルさんのブラックジョークに全員がツッコミを入れる。
ハルさんは急に真面目な顔になって星帯の下を睨み付ける。ただ、明るい場所から暗い洞窟を見るに等しいため、ほとんど先は見えないだろう。
「しかし暗いな。オークは夜行性で暗視を持ってるだろう? 俺らが灯りをともして進めば、格好の餌食になりそうだよな」
「はい、サイドアタックやバックアタックが怖いですね」
「ばってん、ノームの部隊ば横や後ろに置いて囮に使うったい」
「いいですね!」
ノームを五~六体作って、我々から三十メートルくらい離して歩かせる作戦だ。それを前後左右に展開し、本体と同じ速度で歩ませる。
「よし、準備は整いましたね」
「「おう!」」
皆の顔を一人ひとり見渡すと、戦士たちは覚悟を決めた勇猛な顔になった。準備万端だ。
「(小声で)出発します!」
「「(小声で)おおっ!!」」
先行のノーム達が星の帯の中に入った。
大丈夫、ノームが入っても浮遊岩は落ちて来ない。
本隊先頭の俺も入れば、凄い迫力だ! 頭上に重そうな岩の底があるって、何て迫力なんだ!
「「おおっ」」
「「こ、怖っ!」」
後ろからも次々と同じ歓声が、くく。
ああ、洞窟内と同様、複雑な岩肌の形で声が乱反射して、前から声がやってきたり、上から声が降ってきたりする。
不思議だ。音がこもって、音に包まれるような感覚がする。
「凄いわ……突然夕暮れ時になったみたい」
シスの感想に同じ思いになる。
ここは薄暮だ。夕闇の世界。明るさと暗さの境界にあるため、独特の薄暗さによって目がすぐには慣れない。きっと、何十年も夕闇の世界に違いない。日の光が射し込まない影の大地。密やかで、そこには月の明かりも星の瞬きも見られない、淋しい世界だ。
「明かりをつけましょう」
ジーク族長は手のひらの上に青白い光の玉を複数出すと、囮となって前後左右を進むノームの上に飛ばす。光の精霊ウィルオーウィスプだ。ああ、夕闇の大地を淋しげに歩くノームは、何だか自分の姿に重なる。
「大地に草がなくなって来ましたね」
淋しそうにそう言うのは草原妖精のパララだ。やはり、この暗さでは植物は育たないらしい。その代わり、別のものが増えてきた。
毬藻のように膨らんだ緑の苔と、ところどころにある大きな傘に長い柄のキノコだ。苔は見ているだけで癒されるような深い緑色でフワフワと大地を優しく包んでいる。オークの道は苔を踏みつぶして大地の爪痕のようだ。これは戦闘では滑らないようにしないと危険だろう。
「でしし、面白い! 所々に光の提灯がある! マジックマッシュルームだ!」
そう、キノコ類の中に、緑色や赤色のボンヤリとした光が混ざっている。くく、一種の毒々しさがあって惑わされそうな光だ。キノコ型のアンティークなランプシェードが、所々で夕闇を照らしているようでメルヘンチックさも感じる。薄暮の大地には彼方までちらほらと光が見える。これは何とも幻想的だ。
「不思議。浮遊岩の底が光ってる。何あれ?」
マジックマッシュルームのカラフルな光とは別に、青い光が瞬いている。それはまるで、夜空を埋め尽くす天の川のようだ。
「ホタル蜘蛛だね。お腹が光っていて、寄ってきた小虫を垂らした糸で捕えるみたいだ」
「「へえ~~」」
暗闇なら暗闇なりの狩り方があるようだ。
今回の青の粒子を使った狩りもそうだが、この天空大地では特殊な狩りは普通なのかもしれない。その張本人が間もなく分かるハズだ。
「オウオウ、おもしれえなあ。大地の起伏に合わせて、浮遊岩も高く浮いたり、低く浮いたりしてんじゃねえか」
本当だ。例えば羊雲は大地に起伏があろうが同じ高さを流れるが、この浮遊岩は大地の起伏に合わせてデコボコしている。どうやら地表から五メートルあたりに浮くよう、浮遊の力がコントロールされているようだ。
「どうだコックリ、そろそろオークが襲って来そうだけどよ」
「そうですね……反応はありません」
半径百メートルほどの索霊域を展開しているが、オークの反応はない。いつ襲って来るだろうか? これは緊張感との戦いにもなってくる。
見えづらい宵闇の世界ゆえ、常に緊張状態を強いられれば、戦わずして皆の疲弊度が上がっていく。今までは待ち伏せていたが、今度は待ち伏せされる側になった。
ドドドドドド……
「「うおっ!?」」
「「何だ!?」」
突然鳴り響く音に肩を震わせる戦士たち。宵夜の音の方角を見れば、青く光る柱が……あれは水柱だ。
「上から落ちて来るのか」
上層部で降ったゲリラ豪雨が、星帯を流れ落ちるうちに集まり貯まって落ちて来るのかも。耳を澄ませば、遠くからも水が大地を打ち続ける音がしてくる。頭から被ったら、寒さもあって凍え死にもあるかもしれない。
滝のような音の中に、耳を澄ませばチョロチョロと水が流れる音が聞こえる。エルクの足元を見れば、苔の合間を縫うように水が流れる。どうやらわずかに傾斜しているようで、水は低きに流れていく。チョロチョロと小さな小さな水の流れも、きっといずれは湖まで届き、大海の一滴となるのだろう。
「ん? 何だ今のは?」 ジーク族長がつぶやく。
「どうしました?」
「ウム、前を歩むノームの足元が」
「足元?」
ノームの足元を見ると、乾いた苔に足をかけ後ろ足で蹴り上げたとき、粉塵がウィスプの光でキラキラと瞬いている。ダイヤモンドダストに似た、虚空を彩る光だ。
「青の粒子です!」
「フム、やはりそうか」
光があれば、もはや肉眼でも見えるほどの量がこの地にあるということだ。
星の帯の奥地へと進むごとに水分量は減って、青の粒子が大地に蓄積しているように見える。踏みこんだだけで苔に舞い落ちた青の粒子が舞い上がる。それは一種の幻想的な光景だ。だが危険な光景だ。
俺は皆の意識レベルを一段上げる。
「近いですよ! 気を付けてください!」
「「了解!!」」
まもなく、到着だ!
一体何が待ち受けているのか!?




