オークとの戦い10(断崖上)
めらめらと燃える橙色の焚き火
大地に林立する鍾乳石に映る妖しい影
凛々しい騎士を囲む戦士たちの影
■コークリットの視点
赤々と燃える焚き火の中に、赤いトカゲが蠢く。火の精霊サラマンダーか。
人間の俺には普段視えない精霊も、妖精たちの魔法で視えるようになる。
普通の焚き火と違うのは、精霊を使えば薪がなくても燃えるということが一つだ。燃料は術者の霊力だという。そしてもう一つ違いがあるようで、なんと火の温度を調節できるんだという。大量の霊力を使えば熱く、大きくなり、霊力の消費を抑えれば温度が低く、あるいは小さくなる。
便利だよな。
今は、俺を中心に戦士たちが集まって温かいので、焚き火はふわりと温かい優しい炎だ。
「で、コックリよう! さっきの話の続きを聞かせてくれよ」
ハルさんが皆の代弁者だ。ハルさんの言葉に集まった戦士たちは何度もうなずく。
「『 青の粒子 』ば鉱物じゃなかばってん、植物でもなかとね。どがんこっちゃ?」
ギムの独特な言葉は最初よく分からないが、後から分かってくる。青の粒子は鉱物じゃないし植物でもないなら、どういものがあるかと言っているんだ。
「はい。この青の粒子は鉱物でなければ植物でもない……とすれば答えは一つ」
「「答えは一つ!!」」
「動物……幻獣や魔獣、それら動物の体の一部を構成する、細胞の一部だと言えます」
「「動物の体の一部!!」」
「「細胞!!」」
「ふむ。そうなるでしょうな」
ジーク族長を始め、何人かの戦士たちもそう思っていたようだ。ジーク族長が話を続ける。
「例えば『角』。我々エルフは、薬草だけではなく様々な幻獣の角を採取し、粉状にして混ぜ合わせることがある。さらに骨や鱗なども細かく砕けば粉になろう」
その言葉に「ああっ!」と大きく頷いたのはシスだった。くく、シスは気づいてなかったようだな。ローレンが「ヤレヤレ」といった顔を見せると、シスは頬を大きくしてそっぽを向く。くく。
「霊力を帯びた特殊な細胞の散布となれば、稀に見る幻獣だと考えられます」
「「稀に見る幻獣!!」」
俺も聞いたことがない。少なくとも法王庁の幻獣・魔獣の大辞典には載っていない特殊な幻獣であると言えよう。幻獣だとすると、色々な疑問が浮かんでくるが、一つ一つ考えていこう。
「オウオウ、何のために撒いてるんだよ?」
「「そうだ、何のために!?」」
そう、何のため? 色々な疑問のうちの一つ『 目的 』だ。
「目的は、一番高い可能性は『 捕食 』のためでしょう」
「「捕食!」」
「フム、まあそれが一番安直だな」
ローレンが頷くと、アグたちの目がハートマークになるが、シスは唇がとがって不快そうになる。くく。
「捕食だと考えると、オークが操られながらもなぜ捕食対象とならなかったかの理由も説明がつきます」
「なるほど、見た目の醜さ、汚さもあるけれど、血肉に毒素があるからね?」
パララの言葉に戦士たちは頷く。死肉をついばむハゲタカのような動物も、オークの死肉は食べない。血肉に毒素があって、危険だからだ。オークを食べるのは、同じ毒性を持った昆虫類や微生物くらいだ。
「でも……」 悩ましい声を上げたのはレリーだ「捕食が一番高い可能性としても、幻獣がそんな野蛮なことをするかしら? 二番目の可能性はあるの?」
色っぽい仕草だ。右手を決め細やかな頬に当て小首をかしげる。男性獣人の何人かの鼻の下が伸びる。くく。
「そうですね……肉を欲しているわけではないなら、次の可能性は霊力でしょうか」
「「霊力!!」」
「霊力を食べる幻獣。その捕獲方法も霊力を使用したものだという。霊力を帯びた自らの細胞を散布して遠隔で広範囲に、大量に獲物を捕らえるという、見えない蜘蛛の糸を大気に張るような捕食方法。ここでもオークが獲物の対象にならなかった理由は、オークの霊力の質が合わないのかもしれません」
「なぁるほど……」
レリーは納得いったようだ。霊力には質があり、清らかな質もあれば邪まな質もある。オークのそれは後者であって、青の粒子の元凶にとっては好ましくないのかもしれない。とジーク族長が後を続ける。
「ふむ。どちらかというと霊力の方が、可能性が高そうですな。霊力を帯びた自らの細胞で他者を操るなど、相当な霊的存在でしょう」
「「そうだそうだ」」
確かにそうだ。俺もそう思う。そうするとまた謎が出てくる。
「そうすると、新たな謎が出てきます。それは『 なぜ今になってそんな存在が出現したか 』ということです」
「「そうだ、なぜ今になって……」」
「「確かに……」」
そう、今まで聞いたこともない事件が、なぜ今出て来たのか?
何か異変が起こったのか?
あるいは何の脈絡もなく突然変異で出現したのか?
なぜ、今なのか?
「わ、分かるの?」 テルが目を大きくする。
「いや、そこはまだ分からない。でも青の粒子の元凶に行きつけば分かるかもしれないね」
「「ああ、そうだそうだ」」
皆が頷く中、俺は次の考えに進む。
「次に肉の捕食あるいは霊力の捕食のためだと仮定すると、青の粒子で狩をする者の『 姿かたち・肉体的特徴 』が想像できます」
「「姿かたち?」」
「「肉体的特徴?」」
「そう、霊力を帯びた自分の細胞を使って獲物を自らの元に誘導し捕食するということは、オオカミのように自ら動き回るタイプではなく、待ち伏せ型、あるいは動けないか動くのが遅い不動型であると想像できます」
「「なるほど!」」
「「そうだ! その通りだ!」」
「大きさは、かなり巨大。ここまで広範囲に散布するわけですから」
「「なるほど!」」
「おそらく竜のような大きさか、あるいは小型だとすると複数集団となって存在している規模になります」
「「そうか!」」
「どちらかというと、大きい者が一体存在している方がいいのですが……」
「ど、どうして?」 テルが目を大きくする。
「ああ、複数集団だと全て駆逐しないとまた同じ怪異が起こるだろう? 一匹たりとも逃がせないよりは、巨大な一頭を倒せば終了ってことの方が良くてな」
「「なるほど」」
「次に対処方法ですが、もしそれが『 動けない存在 』なら、遠くからの攻撃は有効かもしれません」
「「そうだな!」」
「「任せろ!!」」
「しかしオークたちはその青の粒子の元凶を守るような動きを見せるかもしれません。ボスオークが操られ、それに従うオークたちが周囲を固めたり、あるいは攻めて来たりです」
「ふむ、ここは敵の行動に合わせて、流れる水のごとく様々に流動できるフォーメーションを考えておいた方が良いだろうな」
美しいクレイが髪をかき上げると、ディアオロスの戦士たちの目がハートになる。もう線の細い美男子なら誰でも良さそうな感じだな、こりゃ。俺が同じことをやっても誰も反応しなさそうだ。
まあ一旦ここで整理しよう。
まとめるとこう
予測
・青の粒子は、霊的な力を操る幻獣の細胞の一部(鉱物でも植物でもないため)
・目的は肉か霊を捕食するために散布する
・本体は動けないか動きが遅いタイプの幻獣(餌を操って自らの元に誘導するので)
・本体は大きいか、大きくないなら数が多い
残る謎
・なぜ、今のタイミングでこのような怪異になったか?(過去に存在しなかった怪異。過去に存在したとしたら、なぜ今回はここまで大きくなったのか?)
「皆さん、ゴールが近いです」
「「!」」
「今回、各地で起こった一連の怪異。それは霊的な力を持つ幻獣に端を発し、棲み処を追われた多くの魔獣類が逃げ、移動することで、連鎖的に異変が起こったものと考えます」
「「その通りだ!」」
ベヒモスの眷属、泥沼の主デルモスは巨大なクマノミ型魔獣に棲み処を追われて、断崖下の大地まで逃げ、ファラレルの森が一部腐ることになった。
エルフの里から北に行った風の峡谷で王だったヴァルパンサードは、氷の力を持つ魔獣が断崖上からやってくることで傷を負い、風の峡谷を追われることになった。
サテュロスやリーフロスなどの獣人は、操られたオークの軍団によって捕らえられ、断崖上の大地へと拉致されることになった。
そして人間の世界には、青の粒子が流れて来て、子供たちが犠牲になった。
これらの怪異の元凶が、目の前に存在している!
「もう一踏ん張りです、頑張りましょう!」
「「おおおうっ!!」」
皆の士気が一気に上がる。ああ、マズったか。これから眠るというのに。
でも、その時だった!
「神殿騎士様! C拠点がオークの一団に襲われています!」
「「C拠点が!」」
「「やはり来やがったか!」」
C拠点か! 俺はオークたちの夜襲を警戒して、六ケ所のダミー拠点を作っていたが、C拠点で来たか!
「敵の数は分かりますか!?」
「二十体ほどです!」
「ではパターンBで行きましょう! 他の拠点も襲われるかもしれませんのですぐに動けるようにしてください!」
「「おおっ!!」」
◇◇◇◇◇
「ふう」
俺は水を飲むとため息をついた。
夜襲を受けた拠点は、実は一人も妖精や獣人はおらず、精霊魔法で召喚したノームやパペットで野営を偽装した『 罠の拠点 』だった。ノームやパペットはオークを牽制しつつ、別に用意した罠の場所へオークたちを誘導し、本隊が側面や後ろから当たるような、様々な細工をしておいた。
いくつかの拠点が襲われたものの、おかげでこちらの犠牲は出さずに五十体ほどのオークを減らせたと思う。
罠や奇襲を多用することで、オークたちも夜襲に躊躇が生じていった。鋭さがなくなり、迷いが生じ停滞する。
そのことからも精霊魔法の本領は、惑わせ、迷わせ、いなし、かわしながら戦いを有利に展開するものだと確信した。敵はそれに対処することで後手に回り、こちら側は先手で複数回一方的な攻撃が可能になり、結果初回の戦闘で「戦いの優勢」を決められる。
「グオオオッッ」「スピルルルルッ」
盛大ないびきをかくのは、各拠点を走り回ったケンタウロスとライオロスの戦士たちだ。拠点の掛け持ちで走り回って戦い回ってもらった。ケンタウロスは言わずもがな、ライオロスの戦士たちも短距離なら圧倒的に早い、相当な機動力だ。本気で獣人たちとの戦争になった場合、同数での戦いは人間は太刀打ちできないだろう。
「グオオオッッ」「スピルルルルッ」
「くく」
盛大なイビキの合唱に、俺の緊張感は和らぐ。ああ、昂っていた心が落ち着いて来た。
「くぁ……俺も寝よう」
石柱に寄りかかって毛布を被る。ああ、何かにもたれかかると、体が重くなって疲労感がどっと押し寄せてくる。
そのまま寝ようとした俺だったが、目を閉じることで異変に気がついた。その異変は周囲へのものではなく、自分の内なる異変だ。
胸がチクチクする。
胸の中にチクチクとしたシコリのような痛みがあるんだ。何だろう、これは……今まで慌ただしかったから、胸の隅に追いやって感じない振りをしていたんだ。
目を瞑って、胸のチクチクに集中して行く。と、突然それが弾けとんだ。弾けたそこに残ったものは、悲しそうな笑顔で俺に微笑み、泣きそうな表情で顔を背けたシスだった。
「そうだ……」
そうだった、思い出した。
レリーとのやり取りで、泣いてしまいそうな、悲しそうな笑顔になっていたシスを……
彼女のあんな表情初めて見て……悲しませてしまったんだと、胸が痛くなっていたんだ。
『貴方に恋愛感情を抱いてるみたい』
というレリーの言葉が頭の中をグルグル駆け巡る。ああ胸はチクチクするし、頭はグルグルするしでおかしい。一度思い出すと、気になって気になって、頭が冴えてくる。
目を瞑って深呼吸を何度もするけれど、胸の痛みと頭のグルグルで眠れる自信がない。
「解消には……」
シスに会うしかない。
会って……でも何を話せばいいんだろう? 彼女が悲しそうにした理由は、俺の勘違いかもしれない。レリーの考えが間違っていて、俺が真に受けているだけかもしれない。
とりあえず彼女と話して、表情や態度から探るしかないけれど、もう寝てるよな……
俺は雑魚寝している戦士たちの中で、ゆっくり立ち上がった。シスはどこかな? 霊力で目を強化し、暗視で周囲を見る。
「どこに?」
シスに会いたい……
そう、無性にシスに会いたい……
悲しそうな笑顔じゃなくて、楽しそうに笑う顔が見たい。いや、何なら唇を尖らせるシスでもいいし、頬を膨らませるシスでもいい……悲しそうな、泣きそうな笑顔じゃなきゃ何でもいい。
シスに会いたい。
なぜ……? なぜ今?
心に問えば、「終焉の地」が間近だからなのかもしれない。
そうだ。もしかしたら、明日で最期かもしれない。怪異の元凶が明日にも判明し、そこで旅の終焉を迎えるかもしれない。だから想いを残したくないのかもしれない。
「いた」
向こうの石柱の根元で何人かと身を寄せあって寝ている。
俺は雑魚寝している獣人たちを踏んだり蹴飛ばさないよう、慎重に移動する。下草が足音を吸い込んで音もなく歩けば、やがて彼女の寝息が聞こえてくる。
「スゥーー、スゥーー」
「くく」
シスは座ったままの姿勢でコクリコクリと舟を漕いでいるが、その右肩にはアグが頭を乗せ、左肩にはテルが頭を乗せている。
ああ、大人気だなシスは。
これは起こせないよな。
話しはできないけれど、この寝顔を見れば悲しんでいたりしてないのが分かる。アグとテルのお陰かな?
「ふふ」
可愛い寝顔が三つだ。ふふ。胸のチクチクは変わらないけれど、暖かい気持ちが和ましてくれる。ああ、可愛いな。ずっと見てられる。
「女性の寝顔を見つめ続けるのは、あまり良い趣味ではないな、神殿騎士殿」
「!」
静かで落ち着いた声が俺の斜め後ろから。
そこには石柱の根元に腰を下ろして毛布を被るローレン。ふふ、ローレンの左右にもディアオロスの女性陣が固まって……くく。
「どうした? シスに何か用があるのか?」
俺は回答をちょっと迷った。
ローレンは彼女をずっと見守って、そして守って来た男性だ。俺のような悪い虫がシスにまとわり着くのは嫌だよな。
「はい、ありました」
過去形にした。起こすのも可哀想だし、寝顔を見たらもう用事はいい気がして……
「どうする? 起こすか?」
「いえ、寝顔を見たら吹き飛びました」
「フ、そんなことでいい用事とは、何の用だったんだ?」
「大したことでは……何だか、無性に会いたくなったんです」
「ほう?」
「不思議ですね。ただ会いたくなったんです」
「……」
「でも顔を見れて、何だか満足しました。自分も向こうで休みます」
「そうか、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
柔らかい下草を踏みしめながら、俺は空いているスペースへと向かった。
そして翌日、予定どおり俺たちは青の粒子の元凶を目の当たりにすることになったんだ。
まさか、あんな状態のものが元凶になっているとは露しらずに……
次の章で解決編になるハズです
遅くなり申し訳ないですが、どうかご辛抱とご支援よろしくお願いします




