リートの大断崖11
元々掲載していた10話を分割して加筆しました
氷山のように巨大な綿雲が流れる悠久の大地。
大地を踏みしめる獣人たちは、武器を構え綿雲の幕先を見据える。
先の見えない綿雲の奥からは、幾つもの足音がこだまする。
恐ろしい音。
そして確実に近づいて来る大地の震動。
雄々しい姿で武器を構えるハルデルクとアグリッピナの後ろで、システィーナは火精霊を呼び出す。いつでも援護に入れるようにするのだ。
炎はほぼすべての生物にとって恐怖と脅威の存在だからこそ、接近する敵の出鼻をくじくことができるサラマンダーの息吹は奇襲に持ってこいと言えよう。
「サラマンダー。合図したら炎で威嚇して」
システィーナが囁いたその時。
「シス~~~!」
「ローレ~~~ン!!」
氷山に似た大きな綿雲の奥からそう呼ぶ声!
若く透明感のある声色!
もう二百年も聴いてきた、若い男女の声!
シスは希望に目を輝かせた!
「アルッ!? スランッ!?」
「ぶおお、アル嬢たちか!」
そう、親友と実弟の声! 緩やかに形を変えながら動く綿雲の向こうから、嬉しそうな弾んだ声が返ってくる!
「シス~~~ッ!!」
「姉さ~~んっ!!」
「アル~~~! スラン~~! ここよ~~!!」
ボフボフッ!
湿った綿雲を絡ませながら、ウォーエルクとユニコーンが飛び出す。遠くて分かりづらいものの、そこには旅装束に身を包んだ儚げな美青年と美女が!
「アルッ! スランッ!」
「ぶおおっ! 嬢ちゃんたち!」
「姉さん、ハルさん!」
「ああ~~ん、シス~~~ッ!」
綿雲の壁から飛び出してきた若者たちの喜びが伝わって来る。
その様子にシスティーナやハルデルクも喜んだその時。
彼らに続き、綿雲の向こうからドドドドッと雲を蹴散らして続々と戦士たちが飛び出してきた。
「「ハルさ~~~ん!!」」
「ぶおおっ! エル! エム!」
そう、ケンタウロスの若者エルデルクにエムデルク兄弟が飛び出してきた。
途中で別れることになり心配していた若者たちが、この遥かな大地を元気に走って来る。何と喜ばしいことだろうか。だがそれだけではなかった。兄弟の後からさらに他のケンタウロスも土煙をあげながら続いてくるではないか。協力関係を結べた他氏族の戦士たちだろう。
「ぶほほほおおおおっ!」
ハルデルクは雄叫びを上げると槍を高々と掲げながら走り出す! 嬉しいとジッとしていられないのが馬の体を持つケンタウロスの特徴であろう。ハルデルクに呼応するように、向こうからやってくるケンタウロスたちも「おほほほおおおおおっ!」と槍を高々と掲げながら走って来る。雄叫びと地鳴りに似た足音が空間に広がっていく。
一方、アグリッピナはボスオークを追ったヴァレーリヤとヴァルヴァラの安否が気になっていた。二人がボスオークを追っていった方角からエルフやケンタウロスが来たということは……エルフやケンタウロスも協力して倒してくれたということだろうか? 問題は、ヴァレーやヴァルがケガをする前に、協力者たちが戦闘に加わったかどうか──
「さっきの野太い咆哮は、ボスオークやアンデルサルクスの断末魔ってことでしょうか!?」 アグリッピナが問う。
「たぶんそうだと思う!」 カピトリナがうなずく。
「ヴァレーとヴァルはどうなったんでしょう!?」
心配していると、氷山のような綿雲に再び幾つもの影が浮かび上がる。次の瞬間にはヴァレーとヴァルが元気よく飛び出し、さらに十数人のディアオロスが飛び出してきた。
「「おおおっ! 皆が! 集落の戦士たちが!」」
「アグ! カピー! クリス! 集落の戦士たちが一緒に来てくれた!」 ヴァレーが叫ぶ。
「「おおお~~!!」」
ディアオロスたちも喜ぶ。カピーやクリスはケガの存在を忘れて立ち上がり、痛みで斧槍を杖替わりにした。集落を出てから大した時間は経っていないが、久しぶりに見る仲間の姿に嬉しさがこみ上げてくる。
それぞれの種族が綿雲の中から登場する中、いち早く抜け出してきたスランとアルがシスの元へと到着した。
「シス! 無事だった!?」
「無事じゃないよ~~!!」
「なら無事だね、姉さん。良かった」
「なら無事って何だコラ! 私じゃないんだよ~!」
シスは抱きかかえるアンジェの傷に視線を落とす。自分の血だけでは何とか死を免れた程度で量が少ない。秘薬が欲しい。それで五分五分から少し助かる可能性が上がる。あとは神殿騎士の癒しの聖魔法を使ってもらえたら完璧に治るはず。
アルとスランは馬から降りると、シスが抱きかかえるディアオロスの容態を診る。
「ああ、これは重症だね。秘薬を塗って、あとはコークリットさんの魔法で何とか助かるか。アル、いいかな?」
「はい、任せて」
「ああ、秘薬を持ってきてくれたのね。良かったあ~~」
これで一先ず危険は脱するハズだ。
シスはアンジェをアルに任せて立ち上がると足元がふらつき、スランが慌てて支える。
「おっと危ない。姉さん、少しやつれた? 血を使い過ぎてない? 無茶したんじゃ?」
「仕方ないの、少数でオークたちと戦わないといけなかったし」
スランもアルも、シスが無茶をすると思っていたのでとても心配だったが、やはり無茶をしていたのを知ってため息をついた。ローレンがついているからある程度歯止めが利くとは思っていたのだが……と、そのローレンの姿がない。
「ところでローレンは? コークリットさんもどこに?」
「うん、ローレンとコックリならまだ向こうの砦に」
「「コックリ?」」
二人は思わず聞き返した。
あのお堅そうな神殿騎士を冗談のような愛称で呼ぶなど、自分たちがいない間に一体どうやって……二人にマジマジと見られたシスは顔を赤くして汗を飛ばすような感じで「ちょ、ちょっと彼の、リハビリの一環で! そ、その方が表情を取り戻しやすいかな~~って」と言い訳していた。
スランとアルは、「きっと距離を縮めたくて頑張ったんだろうな」といじましく思った。スランはアルから姉が人間の男性に恋をしたようだと聞かされていたのだが、自分もそうだと思っていたので特には驚かなかったし、むしろ嬉しい思いだったのを記憶している。ただ気がかりなのはローレンであり、どのように思っているかはそのうち訊こうと思っている。
「そ、それよりもスラン。貴方たちこそ無茶してないの!? こんな人数で毒ガス地帯とか抜けるなんて相当な魔法を使ったんじゃ?」
あからさまな話題転換に目を細めるスラン。
「ど、どうしたの? スラン?」
「ああ、何でもないよ。そうだ姉さん、凄い人たちが一緒に来てくれたから魔法も楽だったんだ」
「凄い人たち?」
スランは自分たちがやってきた氷山のような綿雲に視線を向けると、ちょうどいいタイミングで綿雲の中から馬がゾロゾロと出て来るところだった。ゆったりとした動きが印象的で、複数の馬が姿を見せると、シスは「あっ」と叫んだ。
並んで談笑しながらやってくるのはエルフの里の仲間たちだが、そのうちの一人は口ひげが印象的な壮年紳士のエルフだったからだ。美しい、洗練された壮年のエルフだ。
「と、父さん!?」
シスは見間違いではないかと両目を何度も瞬いて見直す。でもそこにはまごうことなき、父のジークシュタインがウォーエルクに跨ってやってくる姿だった。
「そうなんだよ姉さん。父さんが来てくれたんだ」
スランは二手に分かれた後の話を始めた。
ケンタウロスの大きな集落でオーク組織化の話をすると、次々に早馬としてケンタウロスたちが四方八方に情報伝達をしてくれた。
情報が瞬く間に広まり行く中、ちょうどケンタウロスの最大集落で交渉していた父と湖妖精の部隊が一報を聞き、複数種族で共同戦線を張ることになったのだ。
「戦士たちを大きく三つに分けたんだ。砦化した集落で非戦闘員を守る戦士と、オークの要塞を攻める戦士、そして青砂を追う戦士に」
「父さんがまさか……青砂の方に来るなんて」
シスは久しぶりに見る父親の存在感に、大きな安堵を覚えた。何せエルフの中でも随一の魔法の使い手だからだ。ウォーエルクでゆったりと歩むその落ち着いた雰囲気に思わず見惚れていると、父が視線に気づいたようで笑顔で合図をしてくれた。思いきり両手を振って合図をしようとした瞬間、シスは父や里の仲間と共に歩む妖精に気づく。耳部分が魚のヒレだ。
「ニンフが!」
「そう、ニンフが一緒に来てくれてね、楽だった」
ニンフは男性三名、女性二名で構成され、皆旅装束に身を包んでいる。凛とした佇まいが美しく、離れていても分かるくらいだ。乗っている馬を見れば、毛並みが青紫に輝いている。あれは湖や川に棲む魔獣、水馬だ。何とニンフらしいことか。
そう考えていると妖精の一団が到着した。
「ふふ、久しぶりだなシスよ。少し逞しくなったんじゃないか?」
騎馬から降りたジークは、久しぶりに会う娘の変化に気づく。キリッと締まり、凛とした雰囲気があったからだ。
「はい! とても逞しくなりました!」
「ふふ」
ジークは思わず苦笑した。娘のこういうところは変わらないからだ。
「とてもって! 自分で言う~~?」 アルが苦笑する。
「もう! 本当だもん!」
「ふふ。シス、紹介しよう。こちらはニンフの協力者でリーダーのクレイロール殿と妹君のレリーヴィアさんだ」
「お見苦しいところをお見せました。初めまして、族長の娘システィーナと申します。皆はシスと呼びます」
シスは族長の娘に恥じない振る舞いをと考え、畏まる。畏まった姿は、華奢で可憐な美しい少女エルフなので、隣で見ていたアルはいつも彼女が羨ましくなる。スランはずっとこの可愛らしく、しかも場を明るくできる少女と暮らしていたのだから、こういう少女が好みなのだろうと常々思っていた。
「クレイロールだ。よろしくシス。クレイと呼んでくれ」
「レリーヴィアです。レリーと呼んでください」
クレイはニンフらしく、水も滴るいい男という印象だ。色気があるという感じだろう。一房垂らした前髪が色っぽい。スランが儚げな美少年なら、クレイは色気のある美男子と言っていいだろう。
妹のレリーも潤ってつやめく美女という言葉があう。神秘的な美しさだ。あまりにも目をひく神秘的な美しさゆえ、シスは一抹の不安が胸に沸く。コックリが心を奪われて、彼女を好きになってしまうんじゃないかと。
他のニンフと挨拶しても、つやめく美女をついつい目で追ってしまう。
「どうかしましたか、シス?」
レリーは、自分をおっかなびっくりな目で見るシスに優しく声をかける。エルフ少女は壊れそうなほど華奢で線の細い少女ゆえ、タイプが違いすぎる自分は少し怖いのかも、と思ったからだ。
レリーは小動物を見つめる優しげな目で見ると、シスは慌てて「いえ、い、色っぽいなあ~~って」と汗を飛ばしながら言うので「ふふ、シスは可憐で可愛いわ。男性からしたら守りたくなるタイプでしょう?」と微笑む。
「ところでシスよ。神殿騎士殿はどこに?」
レリーの「守る」という言葉で思い出したジークは、じっと腕を組んで周囲に視線を投げ掛ける。「守って貰えていたろう? 神殿騎士に」と付け加えた。
「はい、そうですね!」
シスは父親の仕草に意外なものを見た。
腕組みをして考え込むような父は落ち着き払った紳士に見えるものの、人差し指をトントンと小刻みに動かして落ち着きがないし、呼吸も浅く早い。
そんな父を初めて見るシス。
「どうしたシス?」
「あ、はい。今ローレンたちとともに向こうの砦にいるはずですが」とそちらを見ると「あ、来ました!」
シスは砦から駆けて来る一団に気づいた。土煙を上げてディアオロスたちが走って来る。
「ど、どこだ!?」
「あれ? いません。ローレンもいない」
シスは続けて、きっとウォーエルクを洞窟内に連れて行ったから引き上げるのに時間がかかっているのかも、と言った。
「むう、そうか。ぬう」
平静を装おっても焦燥と落胆の色が滲む父を、シスは本当に珍しく思った。こんなに感情の起伏が見られる父は何十年ぶりだろうか。
「父さん、神殿騎士様が来る前に、旅を共にしたケンタウロスやディアオロスを紹介しますね」
「うむ、そうだな」
シスは走り回っているハルデルクたちを呼ぶと、父や仲間のエルフ、クレイやレリーのニンフの紹介をする。普段は一堂に会すことのない面々だけに、皆が照れていた。獣人も妖精も、ほとんど同種族だけで生き、他種族と干渉しないことを暗黙の了解としているからだ。
ハルデルクやアグリッピナらとそれぞれ自己紹介していると、今度こそ砦の方からウォーエルクが走って来ることにシスは気づく。
「父さん! 来ました! お待ちかねの神殿騎士です!」
「そうか!」 ジークは腕を組んだりほどいたりしながら「おお! おおぉっ!」
「うふふ」
シスは父親を見て笑みが隠せない。口ひげの上の形のいい鼻が大きくなって、こんな表情の父親は初めて見る。
一方、ウォーエルクを駆るローレンは、前方の人だかりに唸る。
「ムゥ! スランがいる! ニンフもいるな!」
「凄い! 獣人と妖精があんなに揃っていて!」 コックリが興奮する。
待ちに待った後続部隊だ。いいタイミングで来てくれた。胸に刺繍された法王庁の紋章を握り締める。
遠くから神殿騎士の様子を見たジークは口元を押さえる。
「おぉ、あの金色の鎧にサーコート(鎧の上に着る服)は」 ジークはため息をつく。「正に神殿騎士……」
「父さん。父さんが旅を共にした神殿騎士も同じようなサーコートだったの?」
「ああ……! ああ……!」
族長は胸を押さえる。
シスはなぜ父がこの青砂を追う部隊の方へやってきたか、分かった気がした。
神殿騎士に会うためだ。
集落を守る戦士隊に入っても、要塞を攻める戦士隊に入っても、神殿騎士に会えるか分からない。神殿騎士に会いたいから、青砂を追う部隊に入ったんだと感じた。
シスたちが見守る中、コックリは皆の元に到着する。とコックリは降りながら開口一番。
「自己紹介は後にします! 怪我人がいますね! 癒しの魔法を!」
「「頼む!」」
コックリは横たわるディアオロスたちの元へと走る。千里眼でケガの状態を見ていたが、秘薬と魔法の併用が必要な者がいるからだ!
「コックリ、アンジェからお願い!」
「分かった!」
アンジェは今、秘薬が削られた皮膚や臓器の代わりを果たし一命を取り留めているものの、動かすと内臓が飛び出してしまいそうな程の酷い傷だ。
コックリは癒しの魔法をかけて傷口を完全に塞ぐ。
「「おお! 傷が!」」
「ふう、これで一安心です。安静にさせるよう」
「「良かった!」」
「次はカピーとクリスだな!」
切断面はくっついているものの、動かすともげる危険がある。魔法で骨や一部の筋肉を繋ぎ、あとは自然回復を促す。癒しの魔法は便利だが、生命力や寿命の源たる『 魂力 』を消費するため、多用は禁物だからだ。アンジェのような生死の境にいる危篤状態の怪我人はともかく、重症患者なら魂力に影響が出るギリギリの部分で治すことが肝心だ。
「激しい動きはしないようにね」
「良かった!」
「「ありがとう」」
喜びの渦の中でコックリが顔を上げるとケンタウロス、ディアオロス、エルフ、ニンフ、皆が自分に注目している。見知った顔は好意的な表情を浮かべているが、そうでない面々は自分を警戒の色で見ている。当然か、自分は人間だから。
「初めまして。私は法王庁の神殿騎士コークリットと申します。青砂を追って人間世界からやってきました」
警戒の色を見せる人々にそう挨拶すると、スランが進み出て後続部隊を紹介した。
「ご無事そうでなによりですコークリットさん。こちらはニンフの協力者でリーダーのクレイロールさんとレリーヴィアさんです」
「クレイだ。よろしく」
「レリーです。よろしく」
ニンフたちはそれぞれ挨拶するも、人間を見る目はすぐには変わらない。人間とは交流がない上、いい噂を聞かないのだから当然と言えよう。コックリは甘んじて受ける。
「よろしくお願いします」
「そして、エルフの族長にして僕と姉さんの父、ジークシュタインです」
「何と、族長自ら!?」 コックリは驚く「ありがとうございます!」
コックリが挨拶すると、ジークは目を細める。
「ふふ、よろしく神殿騎士コークリット殿。私はシスとスランの父、ジークという」
「よろしくお願いします、ジーク族長。よもや族長自らが来ていただけるとは……」
「うむ。今の神殿騎士を見ておきたくてな」
「今の。とおっしゃられるともしや」
「うむ。三百年ほど前、ある神殿騎士と共に旅をしたのだ」
コックリは胸がドキッとした。三百年前の神殿騎士は誰だった!?
「どなたですか!? 神殿騎士は!?」
「ふふ。神殿騎士アヴァン=ヘルシングだ」
「アヴァン様!!」
コックリは驚いた。
神殿騎士アヴァン=ヘルシングは半ば伝説と化した歴史上最高の神殿騎士と謳われる聖戦士だからだ。コックリにとって、憧れの存在でもある。いやきっと、聖戦士、その候補生、あるいは一般の騎士や戦士にとっても、一度は憧れる存在だろう。
その伝説の神殿騎士と旅をした仲間の妖精が目の前にいるなんて……
「あ、あの! いつかお話を聞かせていただきたいのですが!」
「ああ、もちろん構わない。ふふ」 目を細めるジーク。
シスの目には父の笑顔が、この若き神殿騎士を通して過去に旅した神殿騎士を重ねているように見えた。
その時だった。
「神殿騎士様~~~っっ!!」
大声をあげながら、ケンタウロスの少年テルメルクが砦から走って来るではないか。
遠目に見ても相当焦っているように見える。
「「どうした、テル!」」
ハルデルクや他のケンタウロスが慌てて駆け寄る。
「し、下! 断崖下に化け物が!」
「「化け物!?」」
「獣人や妖精たちが襲われてる!」
「「何だって!?」」
化け物!? 八百メートル下の峡谷で!?
それが見えるということは、相当な巨体ということか!
皆、峡谷の端まで走る。
断崖の端にやってきた妖精と獣人たちは、峡谷の底でまき起こる戦闘に絶句する!
「「な、何だあれは!?」」
彼らの視線はその黒い巨人に釘付けになる! 標高八百メートル上の大地からでも分かる巨体は、体長二十メートルはあろう!
黒いのは全身の体毛だろうか!? 毛むくじゃらなのかもしれない。ゴリラ的な、腕の方が長い巨人だ。
そんな巨人が、要塞内に突入してきた獣人たちに襲いかかり、次々に薙ぎ払い、押し潰し、食い千切り、命を奪っていく!
「何なんだ! あれは!?」
「もしや」 ジーク族長は考えうる可能性を模索した。「もしや、王か?」
「「王!?」」
「リートの大断崖の峡谷には、それぞれに王がいたはずだ。あれはこの峡谷を支配下に置いていた者ではないか!?」
皆、納得する。確かにそうかもしれない。するとシスティーナは次の疑問が頭を過った。
「でも今になってなぜ!?」
「うむ。オークは血肉に毒素を持つ。定期的に毒素を注入されて、イザという時まで眠らされていたのかもしれない」
「「何てことだ……」」
そう話している間にも、獣人たちはオークともども次々にやられ、数を減らしていく。そこは混乱のるつぼと化していた。
コークリットは胸に怒りと哀しみが満ちていくのを感じた。折角、獣人たちは捕まった仲間を助けられるところまで、抱き締められるところまで来たというのに……!
今すぐにでも飛び降りて倒しに行く衝動を抑え、シスやハルに叫ぶ。
「皆さんは砦の守りと、登坂ルートの洞窟内に潜むオークたちの殲滅をお願いします!」
「「おう!」」
「コックリは!?」
答えは分かっていたシスだが、訊かずにはいられない!
「巨人を倒します!」
「「ええ!?」」 後続部隊の面々は聞き返す。
「おう! 気をつけろ! こっちは任せろ!」 ハルは事も無げに言う。
「気をつけて! 私とアルもすぐに行くわ! きっと怪我人がいるもの!」
「ありがとう!」
「「巨人を倒す!? 一人でどうにかなるもんじゃない!」」
「「今から行っても遅い! 巨人がどこかへ行くのを待った方が!?」」
彼のことを知らない獣人や妖精は、このまま巨人がどこかに行くのを待つ方が被害が少ないと判断したのだ。
「このままでは、獣人や妖精たちが全滅する恐れがあります! あるいは、巨人がここまで登ってくる可能性もあります!」
「「でも今から行くにも何時間かかるか!」」
「一分です! では!」
コークリットは断崖の先へと身を踊らせる!
「「うわあああ!!」」
「「ちょちょちょっ!!」」
彼を知らない妖精と獣人たちは悲鳴を上げ、慌て、恐怖に身を縮める! だが彼を知る旅の仲間たちと、そしてジーク族長はその姿を安心感にも似た心境で見つめる。
すると!
ヒュドンッ!
「「あっ!?」」
「「ええっ!?」」
「「宙を! 跳ねた!?」」
そう、落ち行く神殿騎士は、何もないはずの虚空で跳ね上がり、そして前方へ。そのまま山なりに弧を描きながら落ち始めると、再び彼の体は浮かび上がり、前方へと進む。
それはまるで空中でステップを踏むかのように。
あるいは、一段ごとの段差が大きい階段を、ゆっくりゆっくり舞い降りるかのように。
「「おお!」」
暗くなり始めた峡谷の中に、黄金色の鎧を纏った騎士が舞い降りて行く。
優雅に、流麗に、峡谷の宙を舞い降りながら、天を駆けて行く。
それは天空の聖霊が遣わした、聖なる天使のごとき美しさだった。
「「なな……」」
「「何と……」」
その凛々しい姿に心を奪われる獣人と妖精たち。
その奇跡のような光景に、昔を思い出す者がいた。
「ふふ……いつの時代の神殿騎士も、鮮烈で絵になるものだな……」
目を細めて、遥か彼方の過去に想いを馳せるエルフの族長。彼の記憶の中に住む神殿騎士もまた、心を揺さぶる輝きがあったのだ。
「父さん……?」
その父の表情と一人言にシスティーナはふと思った。
若かりし頃の父も、自分と同じように神殿騎士に魅了されたのだな、と……




