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リートの大断崖06

 

 長く延びる緑色の道

 広く開いた岩塊が作り出す大きな通り

 通りには幾つもの水溜まりが空を映す

 青空と白い雲を



 ■コークリットの視点



 グラスを逆さにしたような巨大な岩塊が乱立する緑の大地。

 俺の千里眼は天空で獲物を探し静止する猛禽類のように、上空にある。その猛禽類の目は岩塊と岩塊の合間にある大地を、見下ろす。幾つもの水溜まりがある大地を。

 その水溜まりを避けるように右に左に蛇行しながら進む一団をとらえている。

 一団はケンタウロスにサテュロス、リーフロスの女性たち。獣人たちをロープでつなぎ、その両脇をオークやオーガー、ヘルハウンドが固める。

 それはまるで奴隷や捕らえた人質を引き連れる軍隊のようだ。

 一団の隊列は細く長く伸び、上から見るとまるで縫い糸のように感じる。


「どうだ、コックリ」

 ハルさんの声に俺は意識を上空から戻す。


「ええ、間もなくこの岩塊の向こうに差し掛かります」

「よし! じゃあ、いつでもいいよな!」

「いえ、もう少しです。例の場所を通り過ぎてからです」

「早く来やがれ!」

 歯噛みするハルさん。

 残念なことに、こちらが奇襲をかけるには不利不向きな場所を選んで進んでいるオークたち。恐らくオークたちは魔獣などが通り道に潜めないよう、岩塊と浮遊岩が少ない開けた見晴らしの良い場所を通っているんだ。あるのは子供の背くらいの岩だ。慎重で用心深い者たちだといえる。本能なのか、あるいは知恵者がいるということなのか……

 こちらが隠れられる場所はオークの一団が進むルートから五百メートル以上離れた岩塊の陰だ。この距離ではとてもではないが奇襲にならないゆえに不利だ。さらに他にも不利なことが二つもある。

 一つは、こちらの戦士の数。斥候部隊ゆえ、少ない。俺、ハルさん、ローレン、アグ率いるディアオロスの戦士十名。この人数で遠距離攻撃なし。あえてローレンの戦乙女は射程十メートルの中距離だ。

 そしてもう一つは、助けるべき人質が敵の手の内にあることだ! 相手が脅威を感じるほど完璧に攻めすぎると、人質を盾にしかねない!

 ①奇襲には不向き、②味方が少なく敵が多い、③人質がいる。

 これらの不利を引っくり返すには、それらを逆手に取る戦略、戦術が必要だ。ある場所を超えれば、奇襲が成功する確率は高くなる。

 俺はもう一つ、オークたちが通るルートに隠している千里眼で様子を見る。


「……」

 高山植物の陰から見る獣人たちの様子は……ああ、獣人たちは困憊し、絶望の色が隠せない。全身は汚れ、顔を見れば涙の跡に汚れが付着して……もしかしたら、集落を襲われ愛する人々を目の前で殺されたり、生き延びてもオークやオーガーの餌食になったりしたのかもしれない。


「くそっ、早く助けてやりてえなあ!」

 槍を握りしめて、昂る気を必死に抑えるハルさん。


「ハル殿、距離が離れているとはいえ、そこまで意気込むと気づかれるぞ」

 ローレンが冷静に言う。そう、オークの一団が通るルートから離れているとはいえ、鋭敏なヘルハウンドが周囲を警戒しながら歩いているので気づかれる恐れがある。


「分かってるが、仲間が捕まっているのを見ちまうとな! 特に女子だ! ローレンもお嬢ちゃんやアルちゃんが捕まったら気が気じゃないだろう?」

「ヌウ、確かに同感しかない」

 シスに聞かせてやりたいローレンの言葉だが、今彼女は少し離れたところにいる。ここにいるのは俺とハルさん、ローレンの三人だけだ。


「(イライラ)まだか!?」

「もう少し! あの岩場に来れば……!」

 と、オークの一団が目印の岩場に差し掛かった!


「よし! 今です!」

「よおおおしっ! 行くぞっ! ぶおおおおおおおっ!」

 雄たけびを上げながら突如、岩塊の陰から飛び出すハルさん!

 俺とローレンも、ウォーエルクに騎乗したまま陰から飛び出す!


「「うおおおおおっ!!」」

 ドカカッ! ドカカッ!! ハルさんを中心に、錐形で突進する!

 一団の真横を突く奇襲だ!


「「何ダ!?」」

「「ゲンダウロズ!?」」

「「ああっ!」」「「助けがっ!?」」

 突然飛び出してきた俺たちに驚くオークとオーガー、獣人女性たち! しかし!


「「何ダ!? 三匹ダケガッ!? ブヒッ!」」

「「タッタ三匹!? ブヒヒッ!」」

 こちらは三人しかいない上、まだ離れている! オークらは余裕のまま!


「「ブヒヒヒヒッ!」」

「「ブヒャヒャヒャッッ!」」

 余裕の爆笑! よし、完全に侮っている! オークとオーガーは緩慢な動きで迎撃体制に! 侮れ侮れ! 油断しろ! その方が都合がいい! しかし!


「ボゲ共ガ! 油断スンナガ! 見エネ所ニ、敵ガイルガモゾッ!」

「「ブヒッ!」」

 あれはリーダーか!? 派手な首飾りをつけているオークが叱咤すると、途端にオークたちは周囲を警戒する!

 くそ、統率力や危機管理がある厄介な奴だ!


「「イネエガッ!」」

「怪シイガ! 他ニイルガモシンネエ! ヨグ警戒ダ!」

「「ブヒッ、奴ラ、速エェガッ!!」」

 オークたちが気づく!

 そう、ハルさんもウォーエルクも、百メートルを五~六秒で走り抜ける!

 もう距離は半分だ! 侮ったな!


「ゴラッ! 犬ヲ三匹放デッ! オ前ラモ行ゲ!」

「「ブヒッ、分ガッタッ!!」」

「「ガルルルルッ!!」」

 ヘルハウンド三匹が解き放たれると、続いてオークが二匹、オーガーが一匹、俺たちの方に走り始めた!


「コックリ! やっぱ来たな! ヘルハウンド!」

「ええ! 予想通り!」

 そう、まずは素早い番犬をけしかけると踏んだ! 予想通りだ!

 が、速い! ヘルハウンド! グングン加速! こっちも向かっているから数秒後には激突するぞ!

 遅れて来るオークたちでさえ十数秒後だ!


「怪シイガ、怪シイガ! 多分マダイルゾ!」

「「ブヒヒッ!」」

 人質を囲むように四方八方を警戒する魔人たち! くそ!


「ふっ! ふっ!」

 走りながらローレンは矢継ぎ早に弓矢を放つ!


「「ガルルルッ!」」

 トトッ! トトッ!!

 ヘルハウンドは左右に体を振ると弓矢を難なく避ける! やはり走りながらは難しい! だが僅かに接近速度が遅くなる。俺は剣を抜く! 一方、ローレンは矢を放ちつつ戦乙女を召還する! ローレンの頭上に光る戦乙女が!


「「何ダ! アレハ!」」

「アイヅ! 妖精ダガ!」

 あのオークリーダー! 妖精と戦ったことあるな!?

 その時!


「ぶりゃああああっ!!」

 ハルさんが槍の穂先の逆側! 刃がついてない柄の先で大地を巻き上げる!


「ギャリリリンン!!」

 派手な金属音と共に! 石礫が炸裂してヘルハウンドへ!


「「ゴアアアアアッ!」」

 ヘルハウンド三匹は、石礫を避けるために! 中央の一匹は真上に跳躍! 左右の猛犬は弾かれるように左右へ!

 何て反射速度、何て跳躍力!

 中央の猛犬は空中で炎を吐いた!


「ゴボアアアアアッ!」

 うおおっ! ハルさんの前が真っ赤に!

 避けられない!

 炎に呑まれたハルさん!

 しかし!


「ぶらああああぁっ!!」 ズガンッ!

「ギャウッッ!!」

 炎の直撃を浴びたまま意に介さず! ハルさんは宙に跳んだヘルハウンドを袈裟斬り一閃! ドワーフの名工による業物と自慢していた槍は、凄まじい切れ味で胴体を一刀両断にして打ち落とす! 強えっ!

 と驚くのも束の間! ほぼ同時に!


「『 戦乙女よ! 光槍を放て! 』」

 光りの軌跡が走ったと思った瞬間!

 涼やかな金属音が!

 ギイイイイインッ! ズガンッ!


「ッッ!!」

 槍は高速移動の猛犬を外すことなく、胴体を確実に貫き大地に縫い止める! うおお、あそこは心臓の位置! 一撃! あれはヤバい技だ! 反撃を喰らわない位置取りで必殺の一撃!

 もしエルフと戦ったら、近づく前に殺られる可能性もある! 何て奥の手を持ってるんだ! まだまだ隠し持っている強力な精霊魔法があるよな!

 と、俺の番!

 俺の方に向かっていたヘルハウンドは、俺とウォーエルクめがけて炎を吐き出す!


「ゴボアアアアアッ!」

「『 波動掌! 』」 ダンッ!!

「グシャッッ!」

 炎とヘルハウンドの前半身が、波動の壁にぶつかりグシャッと潰れる!

 猛犬は時速百キロ以上で走って来ていたから、逆方向へ炸裂する波動の壁に激突、圧死!

 よし! 俺の攻撃を見てくれたかと、二人を見れば!


「アチいぞ、ローレン!」

「風の守りは完璧ではないと言ったが!?」

 栗毛がチリ毛にならんだけマシだろう、とローレン!

 見てないじゃん!


「「ブヒヒッ!?」」

「「何ガ起コッタ!?」」

「「強イゾ!?」」

 驚きの声が聞こえてくる! その声に混じって!


「狼狽エルナ! 弓矢デ射殺スガ!」

 それも予想通りだ! 弓矢を準備し出したその時!


「「きゃあっ!?」」

「「ブヒッ!?」」

 人質とオークらの周囲にあった巨石が突如動き出す! 巨石は花が開くように人の形になった!


「「何ダ!? コイヅラ!?」」

 転がる巨石と思わせた、地精霊の擬態だ! 単にうずくまっていただけだが、予想だにしないことに効果は抜群!

 巨石は四体! だがそれだけじゃない! 起き上がって人の形になると同時に、内側に隠れていた火トカゲも四匹飛び出し、地精霊の頭に乗る!

 次の瞬間!


「「ボアアアアアアッ!」」

「「ブギャアアアアッ!?」」

 火トカゲは周囲のオークやオーガーの顔面に炎を吐き出す!

 土人形は近くにいたオークらに殴りかかる!


「「アヂイイイッ!! ブギャアアアッ!」」

「「ブヒイイッ!? 何ダアッ!? コイヅラアア!?」」

 俺の波動掌を合図に、動くようにしてもらった地精霊と火精霊だ!

 混乱し始めるオークたちを尻目に俺たちはさらに加速!

 こちらに向かっていたオークたちも突如後ろで起こった怒声や悲鳴に狼狽えている! その隙を見逃さなかった!

 ウォーエルクをさらに加速! まずはローレンからだった!


「『 戦乙女よ! 光槍でオークを貫け! 』」

 ギイイィンッ! 再び鈍い金属音がしたと思った瞬間には、一匹のオークに突き刺さる!


「ブッ……ヒギイイィイ!!」

「ウボァッ!?」

 仲間のオークの惨状に目を剥いて、一瞬視線が逸れるオークとオーガー! 俺もハルさんもその隙を見逃さない!

 俺たちはほぼ同時に攻撃! まずは俺から!


「聖剣技『 波斬の太刀! 』」

 駆け抜け様にオークの首に剣をスッと当てる! ウォーエルクの速度が速度ゆえ、剣を合わせるだけ! 何の手ごたえもなく、スルッと剣が抜ける!


「ぶらあああっ!!」

 ハルさんは圧倒的速度のまま! 突撃! 狙いはそのオーガーの! ボディー!


 ドグシャッ!!「ゲボッ!」


 重い音! 鈍い音! 破壊音と共に!

 身長三メートル超! 体重二百キロ超の巨大オーガーは!

 体をくの字に! 真後ろに! 弾け飛ぶ!


「うおおおっ!」 俺は驚嘆した! 信じられない!

 あの巨体が! 宙を! マジかっ!? 胸が! 陥没! ありえないほど! マジかっ!!

 ハルさんは槍を、刃先がない方で突いて、あの巨体を吹き飛ばしたんだ!

 目鼻口耳から血を噴出させるオーガー!

 体重四百キロを超えるハルさんが、時速七十キロ超で激突すればああなるさ!

 と、宙を舞うオーガーを見て、俺は閃く!


「『 波動掌! 』」 ダンッ!!

 吹き飛ぶオーガーに、さらに波動を叩き込む!

 とオーガーはさらに勢いよく後ろへ吹き飛び、人質を囲むオークたちまで!


「「ブギャアアアアッ!」」

 吹き飛ばされたオーガーは、火トカゲに慌てふためくオークの二体を下敷きに!

 オークたちは火傷を負いながらも土人形を破壊! 人質を盾にしようとしていたが、火トカゲに阻まれる! もう少しだけ堪えてくれ!


「「ブヒッ!? 頭! 向コウガラッ!」」

「ブオオ!? ヤッバ、マダイダガ!!」

「「うおお、速いっ!」」

 俺たちとは逆側から、駆け寄る女戦士たち七名!

 エカチェリーナ率いるディアオロスの戦士たちだ! 重い斧槍を肩に担ぎながらも、前に跳ねるように! 俺の飛翔脚のように見える! 速い! 何て速さ!

 こちらも波動掌の音を合図に突撃開始だったが! 俺たちから数秒遅れ程度の到達に! 速い! やっぱり獣人は速い! 五百メートルを三十数秒!? 百メートル四~五秒!?


「ぶらあああっ!!」

 ハルさんはさらに加速! ウォーエルクがついて行けない! 目指すはオークリーダー! 構えは槍の逆側! 吹っ飛ばしたオーガーと同じ! 突撃チャージ


「ヌガアアアアッ!!」

 ゴリリッッ!!

 うおお、繰り出される槍を棍棒で受け流し! 滑らせる! コイツ、上手い! ヤバい!

 槍を滑らせ、そのままハルさんを! 殴打!


 ドゴゴンッ!!

「グエッ!!」

 内臓が潰され、体から空気が抜ける音が!


「ハ──!?」 ハルさんっ!

 殺られた! と思ったら、オークリーダーが後ろに吹き飛ぶ!

 うおおお! 棍棒が当たる前にハルさんの前蹴り! 両前足の蹴り! オークの腹に大きな馬蹄の跡が! 目鼻耳口から血が噴出!

 これは! 間違いなく槍が当たるより打撃力があるぞ!?


「「ブヒヒッ!?」」

 オークたちの悲鳴の中、オークリーダーは人質の真上を吹き飛び、逆側から迫るディアオロスの戦士たちの元へ!


「ハアアアッ!!」

 エカチェリーナが斧槍を思い切り振り下ろす!

 ズゴンッ、という音とともに斧がリーダーの顔面を両断する!


「「ブヒヒイイイイッ」」

 リーダーがいとも簡単にやられ、オークたちの混乱が極まる!

 そこに俺やディアオロスの戦士たちが一斉に到達!


「「イヤアアアアッ!!」」 ズガガ!

 女性の気合いの声! エカチェリーナが斧槍を振り回して!

 うおお、あの重そうな斧槍を! あんなに線が細いのに、さすが獣人! パワーが違う!


「「ブギャアアアアッ!!」」

 混乱の極みにいるオークたちはなす術なし! 次々に狩られて行くオークたち!


「よし! 一気に押しきります!」

「「おおおっ!!」」



 ◇◇◇◇◇



「助かりました! 何とお礼を言えばいいのか……」

 人質となっていたケンタウロスの若い女性が涙ながらに俺たちに縋る。

 するとサテュロスやリーフロスの女性たちも皆、泣きながら笑顔で……

 ああ、ボロボロになった衣服や毛並みが痛々しく、汚れて、やつれた女性たちを見ると心が痛む。持っていた水を与えると、皆で美味しそうに飲みあう。


「ぶっはっは、まだまだ水はある! 落ち着いて飲むがいい!」

「「ああ、ありがとうございます!」」

「私はハレンの子、ハルデルク。お嬢さん方はどの部族の娘さんたちかな?」

「はい、私たちはモランの部族で。私はエミタリアと申します」

「おお、モラン殿の! もしやエミタリア嬢は分家したのかな?」

「はい、その通りです」

 ハルさんがケンタウロスに事情聴取している。

 どうやらケンタウロスは大きな部族が幾つかあり、その部族の集落人口が増えると株分けするように少数が外へ出て遊牧の生活を送るようだ。集落からは出ていくものの、部族には所属しているようで、小集落を増やしていくことで部族全体が大きくなって行くらしい。

 エミタリアと他のケンタウロス女性もそうやって大部族から外に出たことで、オークたちに狙われたようだ。


「ヌウ、まだスランたちの呼びかけは浸透していないようだな」 ローレンが腕組みをする。

「うん残念ながら。広範囲に散った少数の遊牧民まで情報が伝わるのに時間がかかるから仕方ないか……」

 サテュロスもリーフロスも、大なり小なり同じようだ。

 と、離れたところからシスとテル、エカチェリーナ数人の獣人が羊を連れて走って来る。


「みんな~~! 無事なのね~~!?」

「助けられたんだね~~!?」

 非戦闘員の二人は運搬山羊と護衛のアグらとともに離れたところで待機してもらっていた。

 彼女らの到着を待って、ローレンが腕組みしながら俺に問いかける。


「フム、これで全員揃ったな。さて、これからどうする?」

「ああ、このまま囚われた獣人たちを連れて奥地へ行くわけにもいかん。なあコックリ」

「はい、もちろん無理です」

 武器もない上、傷つき疲れ果てた女性獣人たちを引き連れ、魔獣溢れる危険な奥地へ……無理だ。


「かと言ってコックリ」 シスが南西の方角を見て「ディアオロスの集落へ連れて行くのも無理よね。距離がもう……何百キロ来たかしら?」

「うん。馬の足で既に三百キロ超、十日間以上かかった。彼女たちはそんなに歩けないし、俺たちも行って戻って二十日間以上はマズイ。怪異の後手に回るかもしれない」

「フン、そもそもあの毒ガス地帯を抜けるためには風の守りが必要だが、我ら二人でこんな人数はカバーできん」

「うん、確かにそれ」

 なるほど、人数が多すぎるか。もっと妖精がいればできたのだろう。

 いや、妖精の人数がいたとしてもそもそも無理か。遠すぎる。

 徒歩で長距離は、いかに獣人の彼女たちであっても無理だろう。体調万全、気力充分で何とかなるだろうが……

 今は皆、安堵の表情は見せているものの、逆にはりつめていた緊張の糸が切れて、いつ倒れてもおかしくない。


「進むも無理、退くも無理」 ハルさんが腕組みをして悩む。「どうする?」

「どうするの!? 八方塞がりじゃないか」 テルが嘆く。

「少し離れたところにコロニーを作るか!? そこで数日休んで……」

「きゃあっ!」 シスが突然慌てる!

「「どうした!?」」

「あっち! 昆虫獣!」

 シスが指し示す方を見れば、巨大なアブ! デカい!

 血を吸うアブの化け物! 三メートルはある! 何て羽音だ!

 こんな時に!


「おい! 向こうからも来るぞ!?」

 何てことだ、さらに奥の方からも何かが飛んでくる影が!

 恐らく血の臭いにつられてやってきたな!?


「ここは危険です! 移動します!」

「「おう!」」

 慌てて移動する俺たち。

 オークやオーガー、ヘルハウンドの血の臭いにやってきたはずの昆虫獣類だが、俺たちの方に飛んでくる奴もいる!

 逃げながら撃退すると、オークたちの死骸から数キロ離れた。よし!


「ムウ、こんな魔獣や昆虫獣類で危険な場所にコロニーなど作れんぞ!」

「「どうする!?」」

 俺は考え込む。

 退くも進むも待機もダメならば……


「可能性があるとすれば一つか」

「一つ!?」

「あるの!?」

 皆が期待を込めた目で見る。

 いや、そんなに期待しないでくれ。正直、他力本願な可能性だ。


「囚われていた彼女たちが来た道を戻りましょう。千里眼で上空から見ると、数十キロで断崖の端に辿り着きます。二日もかからないでしょう」

「「ええ!?」」

「「オークたちの大群がいないか!?」」

 そう、たぶんいる。大群が。

 だが!


「ええ、オークの大群がいるでしょう。しかし同時に、ケンタウロスと同盟関係を結んだソールさんやスランの声かけによって、獣人たちの戦士たちもいるかもしれない」

「ソールたちの!」

「他力本願ですが、今はそれしかない」

 断崖上と下で挟撃する。

 断崖下で前から迫り来る敵だけに意識が向いていたオークたちは、断崖上からの襲撃に混乱する。

 その混乱に乗じて抜け出すんだ。


「エミタリアさん、皆さん。断崖付近の情報をお聞きしたいんですが」

「「は、はい」」

「断崖はどのように登りましたか? 断崖をよじ登ったのでしょうか?」

「い、いえ。断崖内に大きな洞窟があって、坂道や階段状になっていて登りました」 とエミタリア。

「「洞窟!」」

「その洞窟に見張りは?」

「た、確かそこかしこにいたと思います。かがり火が焚いてあって、近くにオークが」 とサテュロス。

 見張りもいるか!


「騒がれないよう見張りを音もなく倒して行くしかないか」

「あ、ですが、降りても要塞が!」 とエミタリア。

「「要塞!?」」 皆が思いもよらぬ言葉に反応する!

 何だ、要塞って!?


「あの! 断崖は奥深い渓谷になっていて、洞窟の入り口は峡谷の奥にあります」

「「何だって!?」」

「そしてその峡谷に蓋をするように、巨大な壁が築かれていて、要塞化していました!」

「「要塞化!?」」

 どうやら、渓谷を巨大な壁で塞ぎ、要塞化しているようだ。

 その要塞の内部に一大拠点を作り、拐って来た獣人たちを収容しているらしい。


「そこにどんどん獣人たちを収容して……老人や子供は殺されて……女たちは断崖を超えさせられて……」

 リーフロスの女性が顔を覆った。

 恐らく、老人や子供はオークたちの食料となったんだろう。痛ましい。


「要塞か……オークたちの数は分かりますか?」

「たぶん数百匹は……」 とサテュロス女性。

「「数百!!」」

 俺たちは声を上げた。


「これは多勢に無勢か?」 とハルさん。

「無理じゃないですか!?」 とアグ。

「他のルートを模索すべきでは!?」 エカチェリーナ。

 すると囚われた女性たちが一斉に頭を下げる。


「「お願いです! まだ囚われたままの獣人たちがいます! 助けて上げて!」」

「「お願いします!」」

 女性獣人たちが懇願する。

 同じつらさを持つのだ、当然のことだ。


「コックリ!」 シスが懇願の目で「私も戦える! 見ているだけじゃないから!」

「フン、お前一人の戦力ではどうにもならん! 敵は数百だぞ!」

 俺は考え込む。

 普通に考えれば無理だ。数百の妖魔vs十数人の戦士。

 でも、もしかしたら……


「まずは千里眼で見える距離まで行きましょう。戦略と戦術のためにも情報収集したいです」

「「分かった!」」



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