リートの大断崖05
垂れ込める重い雲
遮られる日射し
吐く息が白く色づく
■システィーナの視点
寒い。
雨か雪でも降りそうな、妖しい雲が垂れ込める。
どんより空だ。風はないけれど冷たい。
雲は岩塊の頂きにかかるか、かからないかなので、まるで天井がどこまでも広がっているみたい。
私の心も同じようなどんより雲が広がっていて、思わずため息が出る。
「はぁ……」
私のため息に、隣を歩むテル君が心配そうな目で覗き込んで来る。
「大丈夫? シス姉ちゃん」
「ん……何でもないよ?」 私は嬉しくなった「うふふ、心配してくれるんだ?」
「そりゃあそうだよ。ここ数日元気ないし、体調悪いんじゃないの?」
「ええ~~?」
ここ数日かぁ……うん、確かにここ数日元気が……
ううん、元気というか、悩んでしまっているだけで、元気がないわけじゃないの。
「天候急変の時に雨を被ってたし、風邪ひいたんじゃないの?」
「ううん、それはすぐに乾かしたから大丈夫」
「じゃあ何か悪いもの食べたんでしょ?」
「ヌッ、やはりそうなのか?」 嫌味男が振り返る!「落ちているものを拾い食いしたな!?」
「ちょっ、そんなわけな──」
「えっ!? そうなの!?」 ちょっ、コックリも慌てて振り返る「毒キノコ!?」
「はぁ?」
「ええ!? シス、そうなの!?」 アグまで!
「ち、違っ!」
「「何を食べた!?」」
「な、何で食べ物一択!? 私、食いしん坊キャラだった!? ほ、本当に! 何でもないの!」
私は焦って、両手を前でブルブル振る。皆が心配するほど元気なかったの!?
実は一昨日には汚泥地帯を何とか抜けてね。そうしたらまた緑溢れる岩塊地帯に戻ったんだけれどね。凄く生命力溢れる緑の地なんだけれどもね!
ちょっと、落ち込んで、しまって……
「ぶはは、何だお嬢ちゃん! まだ例のこと(ハーレム)気にしてんのか?」
「ち、違っ!」 近いけれど!
「本当に大丈夫なんだね?」 はわぁコックリの心配そうな眼差しが嬉しい「分かった。でも体調の悪化はここでは命取りになるから、本当に悪い時は言ってな?」
「うん! もちろん! その時はお願いします!」
はわぁ~~、危ない危ない。これは迂闊にため息もつけない? 心配してくれるのは嬉しいんだけれども……
私がため息をついてるのは理由があって。
数日前の晩に知った『 コックリの想い 』によって……
彼はこう言った。
『心から愛する女性と』
心から、愛する女性……うう
それはどんな女性!? 一体、どんな女性なの!?
綺麗とか可憐とか儚いとか、彼はどんな女性に想いを寄せるの……?
気になる。気になるの
「……」
勇気を出して、人間世界にそういった女性がいるのか聞いたら「優しい女性はいた」って!
優しい女性!? 優しい!? その女性が「心から愛する女性」じゃないの!?
どういう女性なの!?
愛する、じゃなく優しい、って言うことは、違うの!?
「~~~~~~っっ!」
ここ数日、ずっと心と頭がぐるぐるして!
彼の想いを聞きさえしなければ、こんな意識しなかったのに!
彼を助けて、支えて行ければ、それで幸せだったのに!
あんなこと言うから!
か、彼に
愛されたいって
愛して貰いたいって
欲が出て来て
でも……
「……」
うぅ……自信ないよぅ
私……コックリに選ばれるような女性じゃない気がして。
心から愛されるような女性じゃない気がして
好きになって貰える自信が……要素が……見当たらないんだもの
彼は強くて優しくて、体も大きくて、霊力も大きくて
絵も上手くて、研究熱心で、賢くて、堂々として
不遇な生まれにも負けない、心の強い人で
凛々しくて、凛々しくて……
凄く格好いい
凄く格好いいの
たぶん、選ばれた存在だ
こんな完璧に近い人に、好いて貰えるものが見当たらない
愛して貰えるものが見当たらない
こんな完璧に近い人は、きっと凄い完璧な女性を好きになるに違いない
例えば、アルとか
アルは美人で大人っぽくて、品がいい上に気立てもよくて、おしとやかで、頭もいい
可愛くて、気のきく、徳の高い女性だ
きっとそんな女性を愛するに違いない
はぁ、私がアルだったら……自信を持てたのに……
不安じゃないのに
はぁアルが羨ましい
羨ましいなぁ
早く来ないかなあ。相談したいのに
「──は」 私はため息が出る寸前、口を押さえる!
危ない! またため息をつくところだった~~っ!
ダメよダメダメッ!
こんな弱い気持ちじゃ、皆にいらぬ心配をかけてしまう!
それはここでは命取りになるかも!
自信を持とう! 何か自信を持つ根拠を!
私でも自信が持てること!
例えば良いところ!
私の良いところって何だ?
料理? 彼はいつも「美味い、美味い!」って何でも食べてくれる! きっとそれは良いところだ!
ああ! ファラレルの森でデルモスから助けられた時『 貴女は愛情深い女性だ 』って言われた! 実際そうなのかは分からないけれど、良いところだ!
ああ! そういえば、「可愛いから見惚れてた」とも言われたよ! それも良いところだ!
精霊魔法も、凄いって! オールクリンとか、宿坊とか喜んでた!
結構ある! 結構あるよぅっ!
「よし! よしよしっ!」
「今度はどうしたのさ、シス姉ちゃん?」
「ううん! 何でもない! ちょっと気合い入れたの!」
頑張れ、私! そうだよ、今ある良いところを伸ばして! あるいは増やして行けばいい!
私は無理矢理そう考えた。そう考えないと、今はマズイ気がして。
それでも好かれないなら……それで良いじゃないか!
彼に好きになって貰えるかは! 良いんだ!
私は彼のやりたいことの手助けができれば!
そう、怪異で苦しんでいる誰かを助けたいっていう、彼の手助けができれば!
恩人たちへの感謝から、恩人たちに代わって誰かを助けて報いたいって願う彼の手助けができれば!
それで良いじゃないか! それで良かったはずじゃないか!
彼に愛して貰いたいなんて、欲が深い!
欲張っちゃダメだ!
彼に尽くそう!
そうだよ、彼だって「誰かに好きになってもらいたいから助ける」訳じゃない!
初心に戻ろう!
彼を助けたい! 手伝いたい!
「心から愛する女性」なんて聞いた途端に「自分になってほしい」と思うなんて、私どうかしてる!
今まで通り私は彼に尽くす! それだけだ!
そう思わなくちゃ! そうしないと、おかしくなる!
胸に何とも言えない大きな違和感ができてしまったけれど、私はその思いに集中した。
「シス姉ちゃん!」
「シス!」
「えっ!? えっ!?」
テル君が私の手綱を引っ張って止めたので、私は思わず落馬しそうになった。あわわ、アグが支えてくれて。
「ちょ、ど、どうしたの?」
「どうしたの、じゃないよ! それ以上近づいたらダメだって!」
「えっ!?」
それ以上近づいたらダメ!? 何に!?
と思って前を見たら、いつの間にか目の前には大岩、その後ろに壁! 壁っ!? あれ!? 上下左右を見れば、高さ五十メートルはあろう切り立った断崖が聳えていたの!
「ええっ!? また断崖!?」
「「今さら!?」」
ええ~っ!? 一時間近く前から見えてたって! うそ、そんな前から!? 私、どれだけ回りが見えてなかったの?
他のメンバーたちは立ち止まって、休憩しながらどこか登れそうなところを探している。あわわ、断崖の根元は落ちてきた大岩がゴロゴロしていて、危険!
慌てて下がれば全貌が。はわぁ~、見上げる断崖はリートの大断崖とは違って、休めそうな棚地はなさそう。そして日差しや湿気の兼ね合いか、崖は苔のような鮮やかな緑色の衣を纏っているの。これは滑りそうで危ないんじゃないかしら?
「向こうの方にまた瀑布があるんですよ。瀑布が大地を削って、ちょっと登坂しやすいかも?」
今、コックリがハルさんたちでも登れる登坂ルートを千里眼で探索しているみたい。テル君が「また僕の出番だ!」と言いながら行ってしまう。
「はあぁ~~、私ってばもう何を、はあ~~」
「どうしたんですか、シス。ここ数日、何を悩んでいるんです?」
「うぅ……実は~~」
私はあの晩の話をする。
「ははは、そんなことでここ数日悩んでいたんですか!」
「そ、そんなこと!? そんなこと、じゃないよ!」
「さすがにまじめな男ですね。愛する女性とだけ結ばれたい、か」
「うん、だから悩んじゃって。どんな女性かって……」 私は頭をブンブン振って「いや正直、それは私じゃなくても! 私は彼の手助けをして、彼が喜んでくれれば……」
「ははは、だったら悩む必要ないでしょう! 『 愛されなくてもあの男を助けられればいい 』なら」
「~~~~~~~っっ!」
私は返答できなかった。その通りなので。
「実際のところ、両想いになりたいんですよ。あの男からも好きになってもらいたいと。当然です、好きになったひとに愛され、ほだされ、包まれ、結ばれたいのは妖精も獣人も人間も変わりません」
「はうう~~」
「でもひとを好きになったことがないからどうしていいか分からず、相手の気持ちが不安で、怖いから気弱な発言になってしまう」
「うう……」
「可愛いですね、シスは」
「うう~~」
「メロメロにしてやる、と自信満々に息巻いていたのはどうなんですか」
「うう~~。あ、あの時は置いてけぼりで怒ってたから~~、今は自信がないんだよ~~。だって、彼は……あんなに格好いいんだもん~~!」
「心の色か何かで自分に好意が向いているかとか分かるんでしょう?」
「うん。でも彼は長年自分の心を消して来たから、実は読み取りづらくって。妖精が霊力の色を視れるということを知ってか、霊力のコントロールで分かりづらくなって」
「そうなんですね!」
彼が本心を伝えたいって気持ちの時だけ、分かりやすくなるっていうか。
「人間世界に恋人はいないんでしょうかね?」
「や、優しい女性はいたって」
「微妙な言い方ですね。それは愛する女性ではないのでは? 身内の姉や妹とか」
「ううん、彼は身寄りがないみたいで」
「へえ~肉親がいない、か……不憫な人ですね」
「本人は、今まで助けてくれた人たちと想いが繋がっているから孤独じゃないって言ってるけれど……本当は淋しくて、我慢してるんだと思うの」
「そうかもですね」
「もしかしたら長い淋しさで麻痺して鈍感になって、傷ついているのに自分でも気づいていないのかも。だから一緒にいて上げたくて。それだけでも癒しになると思うんだ」
一ヶ月以上前、儚く発光する蛍を見て「蛍も仲間がいなくて淋しいよな」って言ってたのは、本音の淋しい心が出てきたんだと思うの。淋しいのに自分に嘘をつき、何でもないように思込み、気にしないことにしようにと思い込んでいるみたいな……
彼は淋しいと思って、誰かに助けてほしいと思っているのに頼めない性格だから、ならばもうお節介でも私が一緒にいて上げたいって。私が助けて、支えて上げたいんだ。
「ははは。彼のため一緒にいて上げたい、か。本当は好きすぎて一緒にいたい、の間違いじゃ?」
「~~~~~~~っっ!」
爽やかな美人のアグがイタズラっぽい少女の顔になった!
「ふふ、相手のためといいながら、あの男にメロメロなんで、本当は『一緒にいたいという自分の願望』の方が大きいんじゃ?」
「もう! さっきからもうっ! 両方あるけど自分の願望は二の次だい!」
「そうですね……申し訳ない! まあ怖いですよね、傷つくかもですし。シスは怪我や痛みには強いのに」
「ん……そうね。妖精は肉体的な怪我なら簡単に治るから……でも」
「うんうん。心の方は、簡単には治りそうにないですね」
そう、心が傷つくのって、怖い。
体の痛みは慣れてるのに、心だとこんなに怖いなんて……
「でもシスは、もしあの男に拒絶されても簡単には諦められないでしょう?」
「ん……うん。もう駄目。もう、どうしようもなく好きになっちゃってて……はあ、もう駄目」
この気持ちだとコックリに拒絶されても……
そばにいたい。そばにいさせてくれるだけでいいの。それで充分。
アグは頷いたあと、手をポンと叩いた。
「そう言えば、聞きたいことがあったのを思い出した。別のことで話しそびれて忘れていた」
「何?」
「まったく私はいつもこれだ」
「いいからいいから、何?」
「シスはこの旅が終わっても、神殿騎士殿についていくんでしょう?」
「ええっ!?」
いきなり何を! アグは物忘れっぽいのに、的確で核心をつく言葉が多い!
「違ったですか?」
「うっ……違……わなくない」
そう、私はこの旅が終わっても、彼を手助けするために一緒に旅に出ようと考えていて……
一緒にいたくて。
彼を支えたくて。
エルフの皆は止めるかな? 怒られるかな? 弟やアルは応援してくれそうな気もするけれど……嫌味男は「お前のような世間知らずで無鉄砲で無謀な者は迷惑になるからやめておけ」とか言いそう。
「無茶かな? 森から出たことも、ましてや妖精や獣人世界でしか生きてこなかった者が、人間世界で生きて行こうとかって」
「私も人間世界は知らないから、どうなんでしょうね? まあ一人で人間世界に行くわけじゃないから」
「迷惑になるかな? 右も左も分からない者がついていく、なんて」
「最初だけでしょう。人間世界のルールなんて、すぐに覚えるでしょう」
「ルールか。そう言えば族長である父が、若かりし頃当時の神殿騎士と共に人間世界に行っていたらしいから、耳寄り情報は聞けるかも」
「そうでしたか! 前例があるならそんなにハードルは高くなさそうですね!」
「じゃあ──」
そのまま二人であーでもないこーでもないを話し合って。
「大丈夫じゃないですか? ついていっても。というか何だかんだ、もう決めているんでしょう?」
「う、うん」
そう、決めているんだ。私は彼を支える旅に出たい。
「あの男は自分の恋愛事に関しては、シスが気の毒なほど的外れな発言をしていましたが、自分が『 シスにとっての中心の的 』だと思っていないから的外れなだけかもしれない。シスからの好意を自覚すれば、まじめだから真剣に考えるでしょう!」
「う、うん」
「私はシスとの付き合いは短いですが、シスの良いところは沢山知っているつもりです。きっとあの男もシスの良いところを沢山見出すでしょうから、ずっと一緒にいれば『 心から愛する女性 』になる可能性は高くなる気がします!」
「そ、そうかな……」 はわわ、頬が熱くなる「でも種族が違うけれど」
「本当にそう思ってます? あの男が種族の違いで区別するようには見えない。だからこそ、好きになったんでしょう?」
「う、うん」
そう、彼はケンタウロスであろうと、ディアオロスであろうと、サテュロスであろうと、ましてやヴァルパンサードであろうと、傷ついた者を助けるために心を砕いて、良い方向へ行けるよう考え悩み、知恵を出している。
でも助けられなくて、傷ついて、悲しんで、涙を……脆くて弱い部分がある人だから……
だから支えて上げたいと思うんだ。
「アグ、ありがとう。心が軽くなったよ」
「ははは。それは良かった!」
爽やかな笑顔が素敵なアグ。ああ、相談して良かった。
「まったくコックリめ! 私をこんなに悩ませて!」
「今度は言いがかりですか! へこんだり、怒ったり、大変ですね!」
そんなやり取りをしていると、ザワザワと不穏な空気が! と、私たちの上を巨大な影が通過する! あわわわわっ! 黒い雲が! 慌てたようなテル君が走って来た!
「シス姉ちゃん、アグ姉ちゃん!」
「て、天候急変!? 」
周囲を見れば、不穏な大気が! 「風の暴牛」が出現しそう!
「そうじゃないんだ! いやそれもありそうだけれど!」
「ええ!?」
「どういうこと!?」
「神殿騎士様が何か見つけたって! すぐに移動するみたい!」
「「何か見つけた!?」」
何!? 何を見つけたの!? こんな奥地で!
瀑布の方へ慌てて行けば、皆の中心にコックリがいる。私は意を決して、いつも通りの感じで声をかけた。
「皆、待たせてごめんね! コックリ、何かを見つけたって? 何を? 登坂ルート!?」
よし、普通だ。自然な感じ。
コックリはいつも通りの私の様子に少し安心したような表情になった。可愛い! 大好き! でも次の瞬間には緊張感が戻った。
「ああ、登坂ルートだ! ここから数キロ東に登坂ルートがある! だが明らかに人為的な階段や坂道となっている!」
「「ええ!? 人為的!?」」
「「階段や坂道!?」」
「また断崖に住む獣人? ディアオロス?」
テル君がアグを見た。アグもビックリしているから聞いたことがないのかも。
「いや! オークだ!」
「「オーク!?」」
「オークが登坂ルートを作り、拉致した獣人たちを連れて行くルートだ!」
「「何だって!?」」
「「本当に!?」」
「ああ! その証拠に登坂ルートの手前数キロの地点に、オークとオーガーの一団がケンタウロスとサテュロスの女、子供を引き連れて北上している!」
「「ええっ!?」」
「「オークとオーガーが!!」」
ついに!?
ついに、獣人たちを襲っていたオークたちと交差する地点が!
ついに!!
「コックリ! 助けに行くんだよな!?」 ハルさんが叫ぶ!
「勿論です!」
「敵は何匹だ?」 嫌味男は冷静に。
「オークが十、オーガーが五、ヘルハウンドが六です!」
「獣人の数は!?」 アグが慌てながら!
「女性と子供のケンタウロスが七、サテュロスは女性が十数名です! あっ!」
「「何っ!?」」
「二足歩行の獣足で子供くらいの大きさの獣人も! 頭に獣の大きな三角耳があって大きな尻尾がある! 狐の獣人か!?」
「リーフロスだ!」
「リーフロスの女性が十数名です」
「捕虜は三十名前後か!」 端整な顔のアグが眉間にしわを寄せる。
「どうやって助けるの!?」
「救出作戦は移動しながら練ります! 助けに行きましょう!」
「「おう!」」




