リートの大断崖04
グラスを逆さにしたような岩の連峰
連峰の合い間を縫うように流れる大河
大河に沿って進む旅の一団
■コークリットの視点
「あっ!」
千里眼が見た情景に声をあげると、皆が一斉に不安がる!
「「何々!?」」「「ど、どうしたどうした!?」」
ああ、申し訳ない!
「千里眼が、この先の状況を教えてくれて」
「「うんうん、だからどうした!?」」
「「どうなの!?」」
「この先というか、この岩塊を二つ越えた向こうに……」
「「向こうに!?」」
「汚泥の湖がある!」
「「汚泥の湖!?」」
そう汚泥の湖。視界が不明瞭でどこまで続いているか全容が分からないが、かなり広い汚泥地帯だ。この視界を遮るガスは汚泥から発せられているもののようだ。
野次馬根性なんだろうか、皆が確認したいということで近づいてみると、ゴロゴロした岩の原が出迎えて、足を取られながらも進む。
とだんだん、ボコンッ、ボコンッと重ったるい音が!
「「おお!」」
「「何と!!」」
「「汚泥の湖!?」」
岩塊の向こう! もったりした音の中、瘴気の濃霧に霞みながら、黒紫に近い汚泥の湖が! 不吉な斑模様を描きながら、至るところでゆっくりと気泡が膨らみ、ボコンッと弾ける! 弾けた気泡から不快なガスが!
「な、何だか……生暖かい?」 テルの顔がひきつる。
「これ……風の守りがなかったらヤバいんじゃないですか?」 アグがブルッと震える。
「あ、あっちの岸辺!」 シスが指をさす「浅瀬のところに何かいる!」
「「おお!」」
「「あれは!」」
「デルモス!」
そう、デルモスだ! 牛に似た形の、頭部が巨大な魔獣。泥を被って浅瀬のところに数匹固まっている! 大きい! 体長七~八メートルはある大物だ! 以前、ファラレルの森で遭遇したデルモスの倍はある!
「ヤバい! 皆、隠れて! いや下がろう!」
何匹かのデルモスがピクリと頭を上げたので、慌てて皆で隠れる。距離は十分あるものの、見つかるのは避けたい。
「「ヤバかった~~!!」」
「フーム、妙だな」
ローレンが顎に手を当てて考え込む。おお! 美青年が悩む姿にドキッとする! 俺が女性なら見惚れてしまうかもしれないな。というかディアオロスの娘たちは目がハートマークになってため息をついている。くくっ
「妙? 何が?」
ううむ、シスは免疫があるのか、普通だ。これほどの美青年を前にしても『 心を乱されない 』とすると、どんなタイプの男性に心を乱されるんだろうか? どんなイケメンだ?
「フン。デルモスは縄張り意識が強く単体行動で、泥深くに隠れるのを好む。しかしあんな浅瀬で、密集するとなると妙だろう」
「「ああ!」」
なるほど、と皆納得する。そうなんだよ、汚泥湖は広いのになぜあんな浅瀬で密集を? 妙だ。
とハルさんも続く。
「妙つながりだと、リートの断崖下にやってきたデルモスも妙だよな。ここにこんな巨大な汚泥湖があるのに。わざわざ汚泥のないファラレルの森に来るとは」
「そうか……もしかすると」
俺はふと、その可能性が脳裏をよぎったので千里眼を飛ばして調査してみる。
一つの千里眼を汚泥湖の上に、一つの千里眼を湖岸沿いに飛ばす。うう~~ん、本当に汚い汚泥湖だなあ。油なのか毒なのか、よく分からないものが混じりあって。
と、汚泥湖の中央付近に大量の気泡が「ボッコン、ボッコン」とし始めると、湖面がゆっくりと盛り上がってきた! うおお! 汚泥の湖面が山のように!
ドドドボボボボ……!
ドドドドボボボボ……!
もったりとした重そうな音を立てながら汚泥が流れ落ちていく。と汚泥の山から姿を現したのは!
「うおっ! 何だこいつは!?」
「「ええ!?」」
「「どうしたの!?」」
そう、汚泥から姿を現したのは! 何と形容したらいいのか!
パッと見、象のような? いやクマムシに近い巨大な魔獣が! どこが顔だ!? デカすぎて分からない! 太い足は八本もあるぞ!? 本当にクマムシみたい! でも大きさはデルモスの十倍はある!
「「クマムシのような魔獣!?」」
「「デルモスの十倍!?」」
皆、好奇心に駆られ、岩塊に隠れながらも再び汚泥湖を見れば、「うわっ!」「何かいる!」「デカッ!」「あれ? 奥にもいない!?」と騒ぎ始めた。静かに! そう、千里眼はもう一体、別の巨大クマムシの姿を捉えている。
俺は一人、岸辺沿いを飛ばした千里眼に集中した。汚泥の浅い岸辺には、デルモスの姿を次々に捉えているが……本来は深い場所で身を潜めているはずなのに、浅瀬に浸かっているだけということは。
もしかすると……俺の予想が正しいならば、まだ痕跡が……
あっ! 見つけた!
「あった! やはり!」
「「あった!?」」
「「何が!?」」
皆が再び集まると、俺は千里眼が見ている景色を実況する。
「この先、汚泥湖の向こう岸で、巨大クマムシのものとみられる足跡が見つかりました」
「「足跡が!?」」
「巨大クマムシは北東方向からこの汚泥湖へ移動してきたようです」
「「北東方向から!?」」
「「移動してきた!?」」
「「あの巨大クマムシは別の場所にいた魔獣!?」」
「そう。恐らく巨大クマムシは、元々棲息していた場所を追われたか、あるいは何らかの理由でこの汚泥湖に移動せざるを得なかった。元々棲息していたデルモスを押し退けてでも、この汚泥湖を住処にせざるを得なかった」
「「な、何と!!」」
そう、あの巨大クマムシは移動してきたんだ。重く巨大な足跡が、枯れ果てた大地に続いている。複数匹の巨大クマムシのものが。
「ムウ、デルモスの移動はそういうことか」 ローレンが頷く。
「な、何が? どういうこと!?」 シスが訊く。
「フン、相変わらず鈍いな」
「ななっ、何ですってえ~~!?」
「ぶはは。つまり、ファラレルの森へやってきたデルモスは、この汚泥湖を追われて下界へ降りてきた魔獣だった、と推測できるということだ」
「「な、なるほど!」」 シスやアグたちが合点した。
アグたちには、俺がどのようにケンタウロスやエルフと出会ったか詳細を話していたので、デルモスがファラレルの森へ降りてきた件に疑問を抱いていたみたいだ。
「フ。しかも大きめなデルモスがこの汚泥湖に一定数残っているということは、ファラレルの森へ降りてきたデルモスは『 この汚泥湖で縄張りを持てなかった弱い方の魔獣だった 』ともいえるかもな。小型だったしな」
「なるほど」 シスが頷く。
「「さすがローレン様!」」 アグたちは目がキラキラ。
うん、確かにそうだよな。
ファラレルの森で見たデルモスはここにいるデルモスよりも小さかったから、縄張りを維持できなかった弱者の可能性が高い。恐らく、もっと多くのデルモスがこの地を追われ、新天地を求めて移動したことだろう。ある程度強ければ断崖上で新しい場所を作れただろうが、体が小さく弱いものは他の魔獣から逃れるために断崖下まで降りざるを得なかったと。
とテルがハッとして。
「じゃあ、もしかしたらまだまだデルモスがファラレルの森へ来るかもってこと!?」
「可能性はあるな」 俺は頷く。
どんどん追いやられて行くことで、ところてん方式で弱いものから隅に追いやられていく。今、ギリギリ断崖の縁付近にいるデルモスもさらに追いやられて下界へ降りていく可能性がある。俺たちが下界で遭遇したデルモスは一匹だけだったが、もしかしたら別の場所にもっといたのかもしれない。
「フム、既にいるかもしれんぞ。あれから何ヶ月も経っているし」 ローレンが呻く。
「ちょっといいか、ファラレルの森のデルモス騒ぎは、巨大クマムシがこの汚泥湖にやってきたことが原因だとして」 ハルさんが眉間にしわをよせ「じゃあその巨大クマムシはなぜこの場所に住処を変えたか……ってことになるよな」
「そうよね」 シスが頷くと俺を見た。
「うん。その巨大クマムシは、我々が行く方向、北東方向からやってきている」 俺はその方角を指した「これはやはり、この青砂が関わっている可能性があるな」
皆が無言で頷く。
一体この青砂は何なのか……
この先で、どのような状態で待ち受けているのか……とその時。
「あれ? 何だろうこれ」 テルが足元を見る。
「ん? どうした?」
「神殿騎士様の青砂の塊を黒くしたような?」
「「何!?」」
テルは足元のごろつく石から何かを拾い上げる。鶏卵くらいの大きさの黒い玉だ。何とも鈍く輝いている。その様子に俺はハッとした!
「あ、それ!」 俺は思わず二度見して「ええっ、マジか!?」
「「えっ!? ええっ!?」」
「「なな、何っ!?」」
「「こ、怖い怖い!」」
「あわわ、持ったらマズイやつ!?」
テルが慌てる!
「いや! それ! ドレス宝炭の原石!」
「「ドレス宝炭!?」」
そうドレス宝炭! それは霊砂や霊石、霊玉を融解する時に使う特殊な炭の結晶で、通常の炭とともに燃やすことで、霊力を帯びた炎を作り、霊砂を融かすんだ!
「マジか!? こんな無造作に落ちてんの!?」
俺は足元を見て驚く! 石に混じってゴロゴロ落ちている! 人間世界では出土が限られる稀少な炭石だ! それがこんなに!? 俺は思わず拾い集める。うおお、ウォゼット先生! 喜ぶぞ!
「ちょっとコックリ! 今やること?」
「そ、そうだな。つい目先のことに気を取られ、大事なことを忘れて」
「それは私の決め台詞です!」 とアグが! 決め台詞なのか?
「テル、幾つか拾って持っててくれるか!?」
「ラジャー!」
「水に濡らすなよ、黒ガスが発生す──あ、そういうことか!」
「「ど、どういうこと!?」」
「いや、ここら辺のガスはドレス宝炭のガスだ!」
「「宝炭のガス?」」
そういうことか! 水に濡らしてから熱を加えると毒ガスが発生するから要注意なんだ。ハルさんがハッとした。
「コックリ、もしかしたらファラレルの森の毒ガスは」
「はい、そうかも」
もしかしたら、ファラレルの森を毒ガスで汚染したのは、デルモスが宝炭を運んだからかもしれない。
「とりあえず少し戻って、後続部隊に通るとき注意を払うよう伝言を残しましょう」
「「おう!」」
実は今まで、旅路で得た魔獣や環境の情報、進むべき進路を伝言として残していて。伝言といっても、エルフの二人が要所要所に地精霊や樹精霊など、色々な精霊を駆使して情報を残し、後続部隊に伝わるようにして貰っている感じなので、精霊魔法を使える者じゃないと伝わらないんだが。スランとアルは後続部隊に必ずいるだろうから伝わるハズ……
と、その時!
異変!
「うおっ!?」 背筋が凍る!
「「な、何っ!?」」「「どうした!?」」
霊力で強化した俺の聴力に! どこからともなく!
ケタケタ……
クスクス……
ケタケタケタ……
「な、何だ!? 笑い声!?」
「「え、笑い声!?」」
「「するの!?」」
皆に寒気や緊張が走ったのが分かる!
この毒ガスに包まれた不浄な場所で、笑い声だなんて!
どこからだ!? どこからともなく、笑い声が降って来る!
「降って来る!?」
俺は天を見上げた! 濃密なガスによって途中で消えてなくなる岩塊の山々を! 浮遊する大岩を!
でもその岩々はぶ厚い雲に覆われて!
その雲の中から笑い声が! 降って来る!
ケタケタケタ……
クスクス、クスクス……
「はわっ! 聞こえた!」
「でしっ! ホントだ!」
皆にも聞こえてきた!
「おい、近づいて来るぞ、知らんけど!」
「ヌウッ、結構な数だぞ!?」
「「ローレン様!」」 娘戦士たちがローレンの回りに!
「さ、下がりましょう!」
岩塊から離れ始めた矢先!
笑い声の主が、垂れこめたガスの雲から姿を現した!
ケタケタケタッ
クスクスクスッ
「「な、何だコイツら!」」
「「キノコ、毒キノコの化け物!?」」
そう、見るからに毒々しい赤や緑の傘! 気持ち悪い斑点模様! 傘を支える太い柄の部分に吊り上がった目とニヤけた口! その柄の部分から菌糸のような短い手足!
雲の中からワラワラ、ワラワラと!
「な、何だこの数!?」
「「あわわわわっ」」
体高一メートルくらいだが、数が! 百近い!? どこにいた!? ガス雲で隠れた岩塊の山々や浮遊岩の上にいたのか!? しまった、気づかなかった! ガス雲の中から次々に降りて来る!
それに驚いたのか、隠れていた大型の毒ネズミたちが逃げ出す! 次の瞬間!
ヴフウゥゥーーーーッ!!
ヴフウゥゥーーーーッ!!
毒キノコの化け物が一斉に! 毒ネズミたちに息を! 何だ!? 茶色い息! ヤバそう!
「「あわわっ! 毒ネズミが!」」
茶色い息に巻かれた毒ネズミたちは、全身から菌糸が! 細長い菌糸が生えてきた! 何だアレ!? 毒ネズミたちは痙攣して動けなくなった!?
それを見た毒キノコの化け物たちは、一斉に毒ネズミたちに群がる!
クフフフフ……
ケフフフフ……
笑いながらクチャクチャと、不快な音を立てながらネズミと菌糸を食べ始める!
うおおおっ、気持ち悪い!
と、数十匹の毒キノコたちが俺たちを見た! 気持ち悪い! 薄ら笑い!
「うおおっ! こっちに来るぞ!?」
「「ひゃああっ!?」」
ヤバイ!
そう思った瞬間!
キエエエエエエッッ!!
キイイイイイイッッ!!
不快な鳴き声! 化け物キノコの悲鳴!?
何かと思ったら! 化け物キノコの後ろでデルモスが!
グモモモモオオオオッッ!!
「「デルモス!?」」
「「デカッ!!」」
デルモスが、カメレオンのような舌で! 化け物キノコを襲い始めた!
「しかも数匹!」
そう、デルモスが見える範囲に四~五匹! そうか、このお化けキノコはデルモスの餌でもあるのか! お化けキノコたちは悲鳴をあげながら岩塊の上へと逃げていくが、デルモスは長い舌を使っては十数匹を一気に舌に貼り付かせ、口に引き込む!
キエエエエエエエッ!!
ヴギュイイッ!
ギュエエエエエエッ!!
圧し潰され! バラバラに刻まれ! 悲鳴を上げる!
うおおっ、口中で圧し潰されたキノコの肌から! 鮮血が! 気持ち悪い! 鮮血がデルモスの巨大な口から溢れ出す!
「ひゃあっ! 血が!」
「あ、あわわわわっ!」
シスが真っ青! そうだよな! 彼女はファラレルの森で食われかけた!
下手をしたら、ああなっていた!
「今のうちに! 大河の分岐点まで後退を!」
「「分かった!」」
◇◇◇◇◇
ガルルルゴアッ!
ゴボルブブブッ!
闇夜の中に、興奮した野太い唸り声が響く。口の中で液体を泡立てるような声に、肉食魔獣が獲物を食い荒らしている想像が容易につく。きっと口元は鮮血で真っ赤だろう。
一旦分岐点まで戻ってから千里眼で様子を見た俺は、どうも落ち着かない様子だったので、今日はそこで野営をすることになった。野営地の周りに闇精霊で囲いを作り、風精霊で匂いと音を遮断することで、だいぶ魔獣に襲われる回数が少なくなったんだ。この情報も後続部隊用に伝言を残していて、きっと役に立つだろう。
「ん~~」
寝静まった中、俺は鼻歌を交えながら一人離れた場所で今日見たデルモスや化け物キノコ、巨大クマムシ、ドレス宝炭の情報を記している。
はあ、このテーブルマウンテンには、独自に進化した魔獣や幻獣、動物や植物が多くて、大変だけどちょっと楽しいな。特殊な力を持つものが多いから、知ったり調べたり理解したりするのが何とも楽しい。
いつかウォゼット先生や法王庁の研究員を連れて来たいけれど、妖精や獣人の協力なくしては無理だよなあ。ここまで凄い遠いし、断崖下でも魔獣や病気は多かった。
そんなことを考えていたら、後ろからいい匂いが……
「うふふ、コックリ。今夜も記録してるの?」
シスの切れ長の目が糸を引く。可愛い。長いまつ毛の縁取りが凄く強調される。彼女はお盆を持って俺の様子を楽しそうに見ている。
「うん。次はいつ来られるか分からないしね。寝る間も惜しい!」
「うふふ。もう、お子様なんだから」 シスは堪えきれないように笑うと「はい、キノコ茶。リラックスできると思うわ」
「おお、ありがとう。ん? キノコって、化け物キノコ?」
「そんなわけないでしょっ! もうっ!」
彼女がおかしそうに笑ったので俺は嬉しくなった。可愛い。よし笑わせられたぞ! 何か嬉しい。
彼女は毎晩お茶を持って来てくれる。それが嬉しくて彼女が来るのを待っている自分がいてビックリしている。
彼女は俺の横に座ると、一緒にキノコ茶をすする。と俺の記している本の内容に目を向けて釘付けになっている。
「はわぁ~~コックリ。絵が上手~~、凄い精緻!」
彼女は興味津々といった感じで覗き込む。
ああ、キラキラした表情が可愛い。裏表のないその表情に癒される。可愛いなあもう。
「上手~~……ほわぁ~~」
キラキラした目で尚も見続ける。本当に可愛い。頬は赤ん坊の肌のようにきめ細やかで柔らかそう。おでこもツルッとしていて、自分のがさつく肌が恥ずかしくなる。騒ぎ始める心臓を落ち着かせるため、彼女の方に本を持って行く。
「休憩するから、好きなだけ見ていいよ。絵は得意なんだ」
「うん! ありがとう!」
彼女は鼻歌交じりでページをめくる。くくっ、可愛い。本当に可愛い。
あまりの可愛さに見惚れていたら、視線に気が付いたのか彼女はハッとして口と鼻を押さえた。
「あっ、やっ。私ったら、は、鼻歌っ、変!?」
きめ細やかな頬が紅く染まる。
可愛いっ! 彼女は鼻歌が出ていたから俺が見ていた、と思ったらしい。
「ふふ、続けて。もっと聴いていたいくらいだったし」
「~~~~~~~っっ!!」
彼女はからかわれたと感じたようで、頬を膨らませると上目遣いに俺を睨む。可愛い! これ、怒ってるつもりだよな! これで怒ってるんだよな!
はぁ、裏表のない彼女がそばに居てくれると、楽しくて、癒される。和ませて、明るくしてくれる。
すると彼女は、何かを思い出したかのように目を見開いた。次の瞬間には俺の目の奥を伺うような感じで見つめる。あれ? 前言撤回? 俺はその変化にビビッてちょっと背筋が伸びた。
な、どうした?
「コ、コックリ! ハ、ハ……ハーレムのこと! どう思ってるの!? 今日こそ! 聞かせて貰うから!」
「はい? ハーレム?」 俺は胸の中の空気が全て抜けた「はあ~~、何だ~~」
「なっ、何だじゃないよ!」
と怒りながら俺の目の奥を見る。
おいおい……しょうがないな、まったく。俺は可笑しくなったが真剣な眼差しの彼女に気持ちを改めた。
そうだな。女性にとっては、性や欲望の対象でしかないハーレムを好きかどうかは、尊厳に直結するもんな。あるいは人間の男がどうなのか、見定めているのかも? 俺の答え次第で、人間の男全ての評価が決まるかもしれない。
そう、彼女は人間を見たことがない。外の人を知らない。彼女の中では、俺の意見が外人全ての物差しになりかねない。責任重大だ。俺は外人代表なんだ。
「ハーレムは好きじゃないというのには、幾つか理由があるん──」
「全部! 話して!」
食い気味に被せて来たので俺は苦笑した。彼女はまた、頬を膨らませた怖くない顔で睨む。くくっ。
「一つは、霊力で性欲を封印しているのでそもそも性的に興味がないというか……」
「そ、そうなんだ!?」
性欲を利用され、惑わされないため、霊力で封印している。断崖の夜、シスが俺を胸に抱きしめてくれたけれど、普通の男性ならきっと押し倒していただろう。でも俺はそんな気はサラサラなかった。あの時も霊力で封印していて、性欲はなく逆に癒され安心して眠ってしまったくらいだ。
「で、でも封印を解除したら? 任務でそういうことをするとかだったら!? か、快楽に目覚めて、お、女好きになるんじゃ!?」
「任務で?」 俺は頭を振った「断固拒否する。嫌悪感しかない」
「な、何で!?」
「人の世界に孤児が多いのは……男性側の無責任な行為によるものも多い。任務であれ、俺がそれをすると……?」
「……」
俺自身の出生がどうだったかは知らない。
でも肉親がいない淋しさや心細さはよく知っている。そんな俺が、自分のような境遇の子を作るのか? 嫌悪感しかなく、きっと男性機能は反応しない。
「二つ目はそれ。無責任な行為はできない。子供はもちろん、女性にも」
「……」
そう、無責任なことは断固拒否する。
親が「我が子を育てられない」なんて無責任なことをしてはならないのだけは事実だ。嫌悪感しかない。
「親になる。親に……」
俺は自分の手にまだ見ぬ我が子を想像する。
ああ、可愛い。きっと可愛い。親兄弟のいない、俺の血を引く唯一の血縁の子。
「可愛い子……その子は、愛する女性に生んでもらいたい」
「……」
「誰でも良いわけじゃないんだ」
「……」
「愛する女性に」
「……」
そう、愛する女性と。その女性とだけ。
自分が心から尊敬できて、守りたい、幸せにしたいと思える女性とだけ、そういう関係で結ばれたい。
俺には家族がいないから……お互いがお互いを支え合い、癒しあえるような、そんな女性を。心と心を通わせ、繋がりを持てるそんな女性を。
「三つ目が最も大きいかな。これでいいかな?」
「……」
彼女は俺の霊を視ているようだ。霊力の色から善悪やらどんな感情なのかを計れるという彼女だから、俺が嘘をついているか視ているんだろう。彼女は純情で愛情深い妖精だから、裏表がある人間を警戒しているのかもな。
彼女は、何度も頷いた。
「ごめんね……コックリ」
「うん?」
「変に疑ってしまって……」 指をモジモジする彼女。
「くく、だよね。疑いは解けたってことだよね」
「うん……」
俺は口元も頬も緩まるのが分かった。ああ、表情が戻ってきているのが分かって嬉しい。
俺はこの時、自分の表情ばかりに気を取られ、気づいていなかった。
彼女の表情の変化に。
「コ、コックリ……」
「ん?」
「に、人間世界に」
「うん」
「そういう、女性、は?」
「ああ~~」
俺は闘技場の水場にあった聖マリアンナ像が浮かんだ。
「優しい女性はいた」
「……」
いつも気にかけてくれて。慰めて、励ましてくれていた。もう数ヶ月経つのか。
「さて、そろそろ休もうか?」
「うん……」
俺は立ち上がると……
「コックリ」
「ん?」
「あのね」
「うん?」
彼女は不安げな目で俺を見上げている。ん? どうした?
「ん……何でもない」
「?」
「また今度にするね」
「うん? 今でもいいよ?」
「ううん。今度にする……」
「そう?」
何を言いたかったんだろう? 何を訊きたかったんだろう?
でもシスは今じゃないと思ったらしい。あえて無理に訊かなかった。
それがよくなかったんだな。
それから数日間、彼女は様子がおかしくなってしまって……
気づかなかった。
彼女が、俺によって『 心を乱されている 』ということに。俺のために心を痛めてくれていることに。
それに気づいたのはずっと後の事だった。




