断崖への旅路5(鹿獣人)
薄暗い大地のホール
ホールを覆う水のカーテン
カーテンの前で蠢く節の体
■コークリットの視点
水面から飛び出した巨大ムカデの状態で状況を理解した俺。
恐らく一刻を争う事態だ!
飛翔脚で一気に距離を詰めると真っ赤な気持ち悪い頭部を賽の目斬りに! 粉砕するムカデの頭部、ポッカリと開いた食道内部!
「『 探索圏 』」
巨大ムカデの背に乗り内部を知覚すると、やはり! そのままムカデの肉に刃を立て平たい胴体を縦に「ビイィーーーッ!」と斬り開きながら落下しその場所へ!
「ここだ!」
俺は剣を引き抜き、そこでムカデに手を突っ込むと、細い何かに触れた! 握りしめてそれを引っ張り出す!
ズリュリュッ!
「「何だ!?」」
そばにいた獣人の二人が叫んだ!
ムカデの切り口から、茶色い動物の足が!
でも違うハズだ!
ズリュリュリュッ! 全部出た瞬間!
ドッポオーーーンッ! 一緒に落ちる俺!
「「ええ!? 今のは! サテュロス!?」」
「ぶあっ!」 俺はそれを抱えて「分かりません!」
俺は顔を拭いながら腕の中のそれを見ると、シスよりちょっと大きいくらいの二足歩行の獣人が!
瞬間視認で、若い女性! 栗色の髪! 折れてるけど枝のような角! 上半身に革鎧! 鹿のような足!
「「息は!?」」
「あります!」
と、上からワシャワシャと不快な音! 頭部がないのにまだ胴体と足が動いている! 昆虫の神経節か!
「聖魔法『 雷撃掌 』」
突き出した手のひらの前に魔方陣が出た次の瞬間、稲妻が発生しムカデを包む! これは稲妻で敵を包みダメージを与える魔法で、昆虫獣類のように頭を切り落としても残ったボディが神経節で動くような場合有効だ。
バチバチッと神経も焼き切れる音を聞きながら、俺はハルさんたちと女性の獣人を陸地へと運んだ。
「はわわ、女性サテュロス!?」
「ムッ。折れてはいるが巻き角じゃなく鹿角に鹿の後足。つまり鹿獣人だ」
「「ディアオロス!」」
ディアオロスはサテュロスに比べると大きい。百六十センチはあるだろうか? 太ももが鹿の後足のように太く、ふさふさした毛が生えているが、膝に繋がる部分から急激に細くなって、スラリと美しい足に。何て綺麗な肢体だろう。
と俺はその視線に気づく。
シスが頬を膨らませて、俺を睨んでいるんだ! 「え!?」と思った次の瞬間、シスの手が飛んできて俺の頬を激しくつねる!
「やらしい目! やらしい目っ! この! このっ!」
「ヒデデッ!? ふぁ、ふぁあっ?」
訳分からん! やらしい目って!? どこが!? ケガがないか全身を診ていただけなのに!
「やらしい目! ドスケベッ! ドスケベッ! 変態!」
「ふぁっ!? ふぁあっ!? ヒデデッ!!」
ギリギリと頬が! イデデデデデ、この細い指にどんだけ力があるんだ!?
「綺麗な肢体だって目で! そんな目で! おおっ!? いやらしい! ドスケベッ! 女の敵! 変態! 色情魔! 痴漢騎士!」
「ふぁあっ!? ヒデデデデデッ! ひょっ、ふぁあっ!?」
なおもつねり上げるシス! ちょ、イデデデデデ!
「何よっ! 綺麗な女性だからってっ! もうっ! もうう~~~っ!!」
「ぶはははっ! 何だ、そっちか!」
そっち!? そっちって何!?
ていうか、止めてくれ~~!
「フン、大人の女性で魅力的だからつい見惚れてしまったんだろう。誰かさんと違ってな」
「(怒)~~~~~~~っっ!!」 ギリギリギリギリッ!
「ぐああああっ! ちぎれっ、ぐああああっ!!」
ローレン! 何言ってんだ! シスは渾身の力で両頬を! 華奢な少女なのに! どこにこんな力が!?
「コックリのバカ~~~~~っ!!」
「俺じゃぐああああっ!」
「ぶはは、可愛いなお嬢ちゃんは! 大丈夫、コックリは容態を診てたんだって。それに胸を比較したらお嬢ちゃんの方が倍デカイ! 栄養が身長より胸に行ったんだろう! ボインボインだからな、ぶっはっは!」
「~~~~~っっ!? コックリのドスケベ~~~~っ!」
「ぐああああっ、お、俺じゃぐあああっ!!」
ビチッと激しい音がして、頬が解放される! ぐああ!
とテルが何事もなかったように。
「神殿騎士様、女の人が苦しそうだよ?」
「イテテ。お前、他人事だと思って……まあいい。うん、食われた恐怖に呼吸の苦しさで気絶しているようだ。診たところ大きなケガはないな」
「何でムカデの中に鹿獣人がいるって分かったの?」
「ああ。鹿獣人がいるとは思わなかったが、ムカデの状態で誰かいると分かった」
「「ムカデの状態!?」」
「うん。ムカデのあちこちに折れた矢が刺さっていたんだ」
「「折れた矢が!?」」
皆、「そうだったっけ!?」 と口々に言う。
「たぶん、滝から落ちた時折れたんだろう。直前まで戦闘していたと考えていたら、腹が少し膨れているような気がしたんでヤバイと思って」
「「そうか!」」
「「気づかなかった」」
獣人は体が強いから助かったものの、体が強いから中々死ねず苦しむことにもなる。どっちがいいのだろう? そんなことを考えて、苦しそうに眠る獣人を見ていたら、呻きながら目を覚ました。
「うぅ……こ、ここは」
俺はシスを見た。
オーガー並の俺より可憐な女性が応えた方が安心だろうという意思を彼女は分かってくれたようで、獣人の手を取ると「ここは瀑布の裏側よ。体や気分は大丈夫? 貴女はレッドセンチピードに食べられていたの」と続けた。
「はっ! そうだ! 私は!」 彼女は跳ね起きると自分の身を触りながら「ああ、無事だ!」と安堵のため息を吐く。むう、目を覚ました彼女は長い髪の凄い美人だ。シュッとした感じ。そう思っていたら、シスがまた頬を膨らませ俺を睨む。怖っ、何で!? とハルさんが続く。
「何があったよ、鹿のお嬢ちゃん」
「はっ、馬の! はっ、妖精!」 次に俺を見て「ん?」という顔になる。
「自分は人間の騎士で、神殿騎士コークリットと申します」
「人間? 人間ですって? 初めて見た」
よほど珍しいのか、俺の頭から足先までシゲシゲと見る。好奇の視線がちょっとこそばゆい。するとシスが慌てて俺の前に立った。何でだ? 俺を隠そうとしてる? 全然隠せてないが。
「あの、私はシス、こちらはローレン、そしてハルデルクにテルメルクです。お嬢さんは?」
「あ、ああ。私は鹿獣人の戦士、アグリッピナ。助けてくれてありがとう」
居ずまいを正すと、姿勢正しく頭を下げる。
うん、キリッとした気高い女戦士という印象だな。
ハルさんの質問からだいぶ話しが逸れたので、戻してみた。
「アグリッピナさん。巨大ムカデと戦われていたようですが、この辺りは昆虫獣類がよく出てくるんですか?」
「はっ! そうだ! 巨大ムカデ! 忘れていた! いつも目の前のことに気を取られて忘れてしまうんだ、私は!」 その口ぶりから、キリッとしてるけど抜けてる系かもしれない。彼女は続ける。「巨大ムカデを倒したのはハルデルク殿ですか!? 力を貸して欲しいのです!」
「うんにゃ、倒したのはこっちのコックリだ」
「いや? とどめを刺したくらいです。ハルさんこそ獣闘気って何ですか? あれで倒したも同然で。凄い技でしたよね」
あんな奥の手を隠し持っていたなんて。魔法に匹敵するぞ? 隠していたってことだよな。やはり俺は信用されてないってことか? 人間に奥の手を見せないようにって。
「えっ! 獣闘気を!? 凄い!」 アグリッピナが驚く。「私も使えるようになりたいのです! 教えてください!」
やはり、よほどの技なんだろう。どうやら使い手が限られる技のようで、目がキラキラ輝く様は凄く可愛い。とシスが頬を膨らませプルプル震えながら俺を見る。怖いけどこっちも可愛い! 何で怒るんだ? やらしい目って奴だったか?
「ぶっはっは、まあまあ」
満更でもないハルさん。魔物との実戦で練られた槍や弓の技術もさることながら、さらに奥の手が……我々聖戦士の戦闘力と変わらない。
底が知れないな。
待てよ。もしかしたら、ローレンも奥の手を隠しているんじゃ? 精霊魔法の大技とか。俺だけか、包み隠さず技を披露しているのは。
「まあそれよりも! 力を貸してとは!?」
「はっ、そうだ! また忘れてしまった! 私はまた目の前のことに気を!」
「「いいから!」」
「ではハルデルク殿! コックリ殿、手を貸して欲しいのです! 群れることのない巨大ムカデが、ここ最近なぜか複数匹、上から落ちてきて集落が次々に襲われているのです!」
「「何だって!?」」
「群れない巨大ムカデが!?」
「何体も!?」
「ここ最近、なぜか!?」
皆が俺を見る!
ああ! これも青砂による異変なのかもしれない! この青砂の怪異を追っている道筋で、今まで出現していなかった昆虫獣類が襲撃……偶然ではない!
俺は確認する。
「最近とは具体的には?」
「半年ほどです!」
「それまではなかったと?」
「ないです!」
「どれほどの数の巨大ムカデが襲撃を?」
「一晩で数匹の巨大ムカデが襲ってきます!」
「集落は何人で、いくつありますか?」
「二十人前後の集落が五十ほどありましたが、半分近くまで減って来ているのです!」
「「何とっ!」」
何ということだ! 断崖に暮らす鹿獣人は敏捷性に優れていて逃げ足も速いそうだが、そんな鹿獣人でも半数が……
俺は仲間たちに考えを述べる。
「皆さんも同じ考えだと思います! この巨大ムカデの襲来は我々が追っている怪異と恐らく関係があるでしょう!」
「「そう思う!」」
「我々が追っている怪異?」
俺はラーディン領で起こった怪異から、簡単に説明すると「そのような怪異が! それで人間がこんなところまで」とアグは納得する。
「ディアオロスと協力関係を結んだ方がいいと思います」
「「そうしよう!」」
「ああ、ありがたい!」
「それでね」 とシスが申し訳なさそうに「あの、実は勝手に道を作ってしまったの。たぶん、あの崖の途中から続く道ってディアオロスの道よね」
「崖の途中からの道? ああ、確かに我々が作ったものです」
オークなどが登って来られないようにしていたという。ことが終われば壊せばいいと言っているから、それほど大きな問題にはならなそうだ。
「巨大ムカデは一晩で数匹ということですが、今日はさっきの一匹だけだったんですか?」
「はっ! また目の前のことで忘れていた! まだ二~三匹はいました! 今も仲間たちが戦っているハズです!」
「「忘れるなあっ!!」」
この鹿のお嬢さん、やばいな! 凄くクールな美人だけど、抜けまくり!?
「頼みます! 仲間を!」
「おいおい鹿のお嬢ちゃん、夜に崖を!? 無理だぞ!」
「ああ、夜などエルクたちも怖がって登らんぞ!」
「光の精霊を使えばどうかしら!?」
「この数でか」 ローレンが周りを見渡し「馬も含めて全員の足元を照らすとなると、凄い数と操作が必要になるぞ!?」
「僕たちが登っている途中、光で目立って昆虫獣類に襲われることもある!?」
「あ、それはあるかも……!」
確かに崖が光っていたら目立つ! 崖にへばりついている時に昆虫獣類に襲われたらひとたまりもない!
「荷物と馬たちはここに置いて行こう!」 とハルさん。
「でももしムカデが落ちて来たらどうするの!?」
「仲間も落ちてくるかも!」
「ウム、誰かここに残って護衛と救助役が必要だろう」
ローレンの言葉に俺は剣を腰に立ち上がった。
「ではハルさんとシス、テルはエルクたちとこの場で待機しつつ、ムカデやディアオロスが落ちてきたら対処を! 俺とローレンさんは崖を登るという役割で!」
「「分かった!」」
「ええ!? 私も行くわ! コックリの心の対応が!」
「俺は大丈夫!」
「お前はここで精霊魔法の援護をしていろ!」
「でも!」
「一刻を争います! シスは下! 行きましょう!」
「あっ!」
まだ言いつのりそうなシスを置いて三人で駆け出す。
◇◇◇◇◇
外は月夜だが三日月ゆえに暗く、風も強い。
闇夜で見る水煙はまた違った恐怖をもたらす。それは巨大な亡霊が地の底から飛び上がってくるように見える恐怖だ。この世のものとは思えない。
普通なら、こんな中での断崖登坂は命取りだ。
だがローレンが出した光の精霊で明るい。アグリッピナはさすがに断崖に慣れているようで暗くても軽々と進んでいく。
とアグリッピナが崖を指し叫ぶ!
「ああ! あれは! まさか!?」
「「あっ、燃えてる!」」
そう! 見上げる水煙が赤く染まっている!
崖から炎が噴き出しているのか!?
俺は千里眼を飛ばすとそこには広い洞穴があって、中に石造りの建屋がある!
ディアオロスの住居は崖の大きな洞穴内に作ってあるんだ! 断崖の内部に築かれた集合住宅!
水煙の霞と断崖から生える樹木で洞穴の入り口が隠され、カムフラージュされているから、ほとんど分からない!
だがその樹木で隠れた洞穴から炎が!
干乾しレンガが崩れ、散乱した家財道具が勢い良く燃えて、倒れた獣人もいる!
「ムオッ! 神殿騎士殿! アレが見えるか!?」
「ああ! 見える!」
炎で陰影を浮き上がらせる崖! その崖を登る不快な陰影!
連続する節と足! ぞろぞろと、巨大なそれが三匹!
「上へ登っている!? まさか!」
もう、捕食が終わり、断崖の上へと戻ろうとしているんじゃないか!? 俺はローレンに叫ぶ!
「精霊魔法で消火を! 俺はアレを倒して救える人を!」
「任せよ!」
「わ、私もムカデを!」
「いや、ローレンを連れて集落で消火活動を! もしかしたら逃げ遅れた人が!」
「はい!」
「気をつけて行け!」
「ありがとう! 『 飛翔脚! 』」
ヒュドンッ! 俺の体は一気に三メートル上へ!
ドンッドンドンドンドンッと、崖を蹴りグングンと翔け上がる!
くそっ、体が重いから距離が短い! こんな時は大きな体が仇に!
でも間に合うはずだ!
獣人の生命力なら生きている! その確信を胸に垂直な崖を駆け上る俺!
その視界にムカデとは違う小さな影! あれはディアオロスの戦士! 何人かが弓を射って! そうか! まだ生きている者も!
飛翔脚の炸裂音に、崖を登るムカデたちの足が止まり、獣人たちの攻撃が止まる! でも暗くて俺の姿を捉えていない!
ヨシ! まずは一匹目が射程に!
ムカデの尻尾に飛び乗る!
「「なっ、なんだ!?」」 戦士たちが叫ぶ!
「聖剣技『 波斬の太刀! 』」 ザキュッ!
俺は切先をムカデの気持ち悪い尻尾に突き立てる! 切りすぎるな! アグリッピナを食ったムカデの厚みを思い出せ!
「うおおっ!」
一気に駆け上る! ヒュドドドドッ!
「ギイイィィイイィィッッッ!!」 不快な叫び!
「「わあっ!」」 耳を抑える獣人たち!
通り抜ける前に、気色悪い赤い頭を賽の目切りに!
同時に背中が二つに割れる巨大ムカデ! 次の瞬間、割れた背中から!
「「あああっ!」」
出てきた! 瞬間的な視認では! 手足が欠損した者! 明らかに死んだ者! バラバラの腕や足! おびただしい残骸! 血塗れの体! 宙に投げ出される者! でも生きている者!
「俺が切り開く! 皆は出てきた者を助け出すんだ!」
「「は、はい!」」
弾かれたように駆け出す戦士たち!
「次っ!」 ヒュドンッ!
俺は次のムカデに翔ぶと、ムカデは俺に反応して! 気持ち悪い赤い頭を! 血だらけの口を! うおおお!
「シャアアアアッッ!!」
口から霧! 霧状の何か! 多分、麻痺毒! 麻痺させて丸呑みする!
「『 波動掌! 』」 ダンッ!
霧を波動で吹き飛ばし、そのまま頭部を賽の目切りにしたあと、剣を突き立て今度は尻尾の先まで滑り落ちる!
ズリュリュリュリュッ!
「「ああっ!」」
同じく、割れた背から! 幾つかの影! 中には宙に投げ出された小さな体! 心臓が大きく跳ねる!
子供っ! 子供だっ!
ヨシ! 間に合った! 今度は間に合った!
エマたちは助けられなかったけれど!
今度は! 間に合った! 間に合ったんだ!
今度は! 今度こそは! 助けられるんだ!
俺は飛び上がると子供を掴み! 助けられた!
「もう大っ!!」 俺は続けられなかった「っっっ!!」
そんな! そんなっ!
顔面がっ! 体の前面がっ!
な、いっ!
ないいいいっ!!
「~~~~~っっ!!」
惨いっ! 惨すぎるっ!
こいつは! この子を! 正面から! かじり取ったのか! 正面から!
「があああああっ!」
この子は! 正面から! どんな恐怖を! 正面から! どんな恐怖を!
心が! 一気に燃え上がる!
こんな幼子を! こんな幼子を!
「ぐおおおおあああああっっ!!」
おおおおのれええっ!
怒り! 胸が! 怒りの炎で!
目の前が! 世界が! 赤に!
「がああああああっっ!! ぐおああああああっっ!!」
「「ギイイイイイッッ!!」」
「「わあああああ!」」
そこからは明確な記憶がない。
気づいた時、俺は全身血塗れになって、ディアオロスの幼子を数人抱いて、ローレンとアグリッピナの前に立っていた。




