青砂調査3(マヌーの川)
遮蔽物のない広々とした世界
青い空に流れる白い雲
それらを映す美しい湖沼の水面
澄み渡る美しい湖沼の世界
■システィーナの視点
はわあ~夢のように素敵。
マヌー湖沼地帯。
大小様々な湖や沼がたくさん続いていて、見渡す限りに広がっているの。湖沼は輝くように鮮やかな緑の下草で隔てられ、虫食いの巨大な葉のよう……
でも虫食いというよりは、巨大な一枚葉に浮かぶ水滴かしら?
だって水滴に、沢山の雲が映っているんだもの。
連なる湖沼の水面すべてが空の青さを映し出し、白い雲が湖面から次の湖面へと流れていく。雲が水鏡を見下ろして身だしなみをしているのかしら。
ほわあ、胸がつまる。何て美しい世界なの。
遠く彼方からたくさんの風精霊が飛んでくる。水面を波立たせないように静かに、密やかに。なんて穏やかで淑やかなんだろう。
「はぁ……」
なぜかため息がこぼれた。はぁ。何でだろう? この景色のせいかな。何だか胸が切ないような、悲しいような、淋しい気持ちになるんだもの。
「はぁ……」
静かな湖畔に腰をおろして、膝に顔を乗せる。はぁー、頬がぶにーっとなってるのが分かる。こんな酷い顔、他人には見せたくないけれど、今はいないし……はぁ。いいよね。
「はぁ……」
水面がもう綺麗で美しくて。でも無性に切なくなる。はぁ……胸の中心にぽっかりと穴が開いたみたいで……おかしい。こんな症状初めてで……どうしちゃったんだろう?
「「はぁ……」」
ん? ため息がダブった。
もう一つのため息の方を見れば、とぼとぼと歩いてくるテルメルク君が。ああ、肩を落として。私もちょっと気分が落ちて体が重いけれども。放っておけないから、グッとお腹に力を入れて立ち上がると、テル君の方に向かう。
「どうしたの? テル君」
「ああシス姉ちゃん」 テル君は私を見ると「はあ」
「ふふ。もう~どうしたのよ」
と言いつつ理由は分かっているんだけれども、とりあえず聞く。
「はあ。僕も神殿騎士様について行きたかったなって」
「そっかぁ」
うん、やっぱりそうだよね。分かってたよ。
テル君はコークリットさんが人間の町に戻ると聞いて「一緒に行きたい!」って言ってたもんね。
でもハルさんが反対したし、コークリットさんも「今は……」って言ってたもんね。テル君の気持ち分かるよ。
だって。だって、だって!
私も行きたかった!
私も行きたかった~~っっ!!
テル君を諌める時のコークリットさんの心が伝わってきて。断るのが辛そうな彼の心を感じて、「私も連れて行って」と言い出せなかったの!! うわああああ~~!!
「「はあ……」」
「ブッハッハ、二人して何をため息ついてるんだ」
後ろからハルデルクさんがやって来て。ああ、凄い筋肉だなあ、コークリットさんくらいあるかも。ハルさんは、槍を肩にかけてるけれど、ほわあ! その後ろには真っ二つになった魔獣が! 猪に似た三メートル級の魔獣で、ロープで引きずって来たみたい!
「うわあ! ハルさん、それどうしたの!?」 と驚くテル君。
「ああ、調査中に襲って来たから返り討ちにした」
「さすがハルさん!」
「調理して食えないかなって持ってきた、ブハハ」
ヨダレを拭くような仕草でハルさんはニカーッと笑う。ハルさんは開けっ広げな性格で、エルフにいないタイプだから気さくに話せる。
「お嬢ちゃん、今晩のおかずにどうだい?」
「い、いやあ~~? ちょ、ちょっと固そう?」
うう~ん、見るからに筋肉質な肉だし、それとちょっと……臭そう? ごめんなさい!
「噛みごたえあるんじゃないか? ブッハッハ。まあ脂肪分が少ないから干し肉にするか~~」 と向こうへ行こうとして「おっと忘れるところだった」
とハルさんは腰にくくりつけた網を外す。
「霊従者の旦那方に新たな貝類を持ってきたんだ」
「あ、じゃあ預かりますね」
私はハルさんから荷物を預かった。そこにはゴロゴロと大きな巻貝や二枚貝がたくさん入っている。三十五番目の川から採ってきた貝のようだ。
「テル君、行く?」
「行く」
テル君とともに湖畔の森の中へと入る。
はぁ、森の中は優しい緑色の光が降ってきて、枝葉も優しい音色を奏でているので心が和むなあ。と、大樹の根元には大地の精霊で作った仮のテーブルがいくつもあって、大柄な二人の騎士がそれぞれ作業を行っている。目元をマスクで隠しているコークリットさんの霊従者だ。
見ていると大樹の根に腰をかけていた弟が私に気が付いた。
「お疲れ、姉さん。もう交代だっけ?」
「ううん。そこでハルさんに会ってね。追加の貝類を受け取ったから持ってきたの」
「そうなんだ。ありがとう」
弟は受け取ると、大地の精霊に命じてまた一つの台を作り上げた。そこに今渡したばかりの貝の袋を置く。私はそれ以外の台を見渡して、置かれているものを見て感心する。
「ほわぁ~、凄い凄い! もうこんなに解剖されているのね」
そうなの、ここには無数の台が並べられていて、その上には今まで採ってきた貝類が解剖されて置かれている。内臓を取り出して、砂粒が選り分けられているの。
「本当だ、さすが神殿騎士様の霊従者だ!」
テル君もグルリと見渡して感心する。けれど、当の霊従者たちは黙々と作業を続けるばかりで反応がない。
「「はあ」」
私とテル君は同時にため息をついた。つまんない!
コークリットさんそのものなのに、何の反応もなくてつまんない!
こんなにソックリなのに、つまんないっ!
「いや二人とも、魔法で作られた従者なんだから」
弟が苦笑する。分かってるわよ! でもつまんないんだもん!
うう~~っ! こんなにそっくりなのに! 体が大きくて、体重が重そうで、背中から腰が逆三角形で、端整な顔立ちで、とっても凛々しいのにっ!
私は黙々と解剖をする霊従者を見た。
「はあ」
役に立ちたいのに。
彼の役に立って、喜ばせたいのに。
私は思い出した。黒豹のために汗を流していた彼を。苦労して汗を流していた彼を。
何て優しくて、温かい人なんだろうって。魔獣の子とはいえ、その切なる想いを受け止めて上げていたんだもの。
私は胸が熱くなって……ただただ熱くなって。
もう、何でもいいから! 何でもいいから、どうしても、どうしても彼のために何かしたくって……苦労している彼を手伝ったり、労ったり、癒したり、もう何かしたくて。居ても立ってもいられなくて!
そうしたら彼が袖で汗を拭いていたから「汗を拭いてあげたら!」って。きっとスッキリして気持ちいいに決まってるって思ったら……
気づいたら本当に拭いていて。
そんな自分に驚いてしまった。
エルフ以外の誰かにそんな気持ちになったのは初めてだし、ましてや男性の汗を拭いてあげたことも初めてだしで、私自身恥ずかしくて赤くなってしまったけれども……
彼の感じている心地よさが伝わってきて……
彼から感謝の心が伝わって……
私、嬉しくて嬉しくて……もう喩えようもなく、言葉にできないくらい嬉しくて、嬉しくて……
もっと役に立ちたい。
もっと役に立ちたい! なのに……!
なのに、この霊従者は黙々と作業しているだけだし! うああああ~~!!
「姉さん、そろそろ霊玉持ちの交代をいいかな?」
うああああ~~! 役に立ちたいのに~~~!
「姉さん?」
「え!? あ、ああ交代!? 交代ね、う、うん! わかったわ!」
私は無理矢理、意識を戻されたので慌ててしまった。
何の心の準備もせず弟から瑪瑙に似た霊玉を受け取ったので、とたんにドッと霊力が抜けていく感覚に、思わず霊玉を落としそうになる。
「はわわ~~」
相変わらずの凄い消費量。いやはや、この霊従者の維持って結構大変だったので、私たちエルフ四人で代わるがわる霊玉を持つことにしたんだ。
ここにいないアルと嫌味男は今、湖沼地帯に流れ込んでいる川へ行って、貝類を採取しているの。
時々、魔物が襲ってくるのでハルさんたちケンタウロスが護衛してくれたり、採取した貝類をここまで届けてくれたりしているんだ。
そうやって二日経った。二日目にして三十五番目の川から貝類を採取してきたという。コークリットさんは「一人でやるには一日五本の河川がやっとだと思います」と言っていたので、凄いペースよね。
大地からは三十五本の土の台が盛り上がっていて、そこには細かく解剖された貝類が置かれている。パッと見ると、彼が探している青い砂粒はなさそうだけれど……
「ふふ」
私は黙々と作業する霊従者二人の後ろに座って、その大きな背中と引き締まった腰を見つめた。
うふふ、本当に大きい体だわ。
背が高いからスリムそうに見えるけれどがっちりしていて。重いんだろうなあ。うふふ。私は一人の霊従者の後ろに立って、解剖作業を覗いて見た。
「……」
ああ、後ろから見ると首筋が……
はわぁ~長くて、太くて、逞しくて……
この太い首の汗も拭いてあげたんだよね、うふふ。そういえばエルフより体温が高くて、温かかったなあ。ハンカチ越しに脈動が伝わってきて、ドキドキしたんだよ私。
私は思わずその首筋に触ってみた。
「は、御用でしょうか?」
「うっ、ううんっ! 何も。続けて続けて」
ビックリした! やっぱり反応はするわよね。
ああでも、やっぱりマスクが邪魔で凛々しい顔が見られないわ。はあ、残念……
でも見た目は本人そのものだから、首筋から肩がまた格好いいの。
うふふ、肩から腕もいい。背中から腰にかけてもいいわ。はあ、キュッと引き締まったいい腰しているの。背中が広いから特に腰が強調されて……
はあ、重いんだろうなぁ。
うふふ、百キロ近くあるって言ってたもの。私の二倍以上かぁ~~、納得の腰つきだよね。はあ~~、どっしりとしたお尻がもう~~。
「あ……」
あ、これ。これ本人じゃないし、触りたい放題じゃないかしら?
そうだよ、霊力を供給してるし、それぐらいやってもいいよね! うんうん、そうだよ~、触ってOKだよ~~。
「うふ、うふふふふ」
ここは時間をかけて、じっくり堪能していこう。
私は肩に触れた。霊従者が反応するけれど「何でもないから続けてて」と言うと従者は続ける。
うふふ、長くて太い首を触ると体が温かくて……本人もそうだったわ。彼は体温が高いの。
そのまま両肩に手を置くともう、がっしりとして肩の肉は子供の頭のように大きいの。感触は柔らか。そう鋼鉄のように硬いと思いきやとても柔らかくて。なんてしなやかな筋肉なんだろう。
本当に背が高いからスリムに見えるけれど、しっかりとした筋肉がついてる。
「凄い。何て凄い筋肉なの……?」
腕も長いわ。二の腕を両の掌で触るともう、しなやかで……ずっと触っていられる。
上から見ると体の厚みが凄い……どうやってここまで鍛えたのかしら。
きっと私には想像もつかない大変な鍛錬をしたんだわ。この体は、努力と修練の結晶なのね。
胸に手を持っていくと、ぶ厚い胸板が。
ああ、何てぶ厚いんだろう。手のひら全体で押すとわずかにめり込んで、やっぱり筋肉はしなやかで柔らかいの。凄いの。
「どこも柔らかいわ。たおやかで、しなやかで」
そこから背中に手を持っていくと、筋肉のおうとつで波打っているのが分かる。
凄い筋肉の盛り上がりだけれども、ここもしなやかで弾力があるわ……凄い、凄い。こんな肉体からは想像できないほど、優しい心を持っていて、もう凄いギャップだよ。興味津々だよ! ズルいよ!
「凄い……凄いわ」
背中から腰に手を持っていくと、キュッと締まっていて……
肩幅の半分くらいかしら。腰はそのままお尻に繋がっているけれど、安定感のあるどっしりとしたお尻で……
うふふふふ。どっしり。うふふふふ。いいお尻。うふふ──
はあ……ずっと触っていられるわ。だって心地いいんだもの。はあ、凄い。はあ、凄──
「さっきから何してんの、シス姉ちゃん」
「ひやああああああ~~~っっ!?」
心臓がっ! ほわああああああっ! 心臓がっ! 飛び出るかと思った~~っ!
ええっ!? 後ろを見たらテル君が! 怪訝な顔で!
えええっ!?
「な、ななななんで!?」
「なんでって、さっきからいたじゃん」
ひやああああっ! さっきから!?
ひやああああっ! てっきり弟と一緒に行ったと!
ひやあああああああっ! こんなところ見られるなんて~~っ!?
ぜ、全身が! 熱い! しどろもどろになっていたら、テル君がイジワルそうな笑みになった!
「でししししっ! シス姉ちゃん! 霊従者に触ってたね!」
「はわっ、はわわわわっ!」
「でししししっ! 色んなところ触ってたね!」
「はわぅっ! あぅっ!」
「でししししししっ! お尻触って喜んでたね~~っ!!」
「〇✕△□~~~~~~~~~っっ!!」
はわあ~~っ! また変なところ見られたあ~~っっ!! 私は両膝をついて祈る体勢に!
「おおおお願い~~! 誰にも言わないで~~っ!?」
「でししししっ!」
「お願い~~っ! 誰にも言わないで~~っ!?」
「でししししっ!」
「一生のお願い~~~っ!! コークリットさんには言わないでえ~~~っっ!?」
「でし~~しししししっ!!」
そんなイジワルな顔で笑わないでええ~~っ!!
約束してええ~~~~~っ!!




