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ファラレルの森

 

 見晴らしの良い若草色の草原

 草原に点々と広がる傘に似た高い樹木

 樹木の傘の下で寝転がる草食獣


 草食獣によって短く刈られた下草を走る二つの影



 ■コークリットの視点



「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」

 マヌーの湖沼帯から走ること数キロ。森の様子が変わった。

 今までは密集した樹木が大地を覆って、光線がわずかに落ちるような深い森だった。しかしそこを抜けると青々とした草原が広がっていて、こうもり傘のような樹冠が印象的な背の高い樹木が、十分な距離をとりながら点々と生えている。疎林だ! 大平原の中にこうもり傘が生え、岩々が転がる不思議な大地! 明るくて見通しがいい! 遥か彼方に霞む白い壁は、純白の万年雪を纏った絶峰リートシュタイン山系! スゲェ!

 ここは視線の通りやすい疎林と高木の草原樹林帯(サバンナ)か? 潤った緑のサバンナ!

 獣人や妖精は、このサバンナを「ファラレルの森」と呼んでいるらしい!


「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」

 俺はケンタウロスのテルメルク君に先導され、緑のサバンナを走る。

 急がないと!

 毒におかされたケンタウロスを助けなければ! 心が焦る。いや焦るな! 大丈夫だ!

 さすがテルメルク君は足が早い。下半身は馬だから。トトトッ、トトトッという馬特有の軽快な足音が響く。たぶん、もっと早く走れるだろうが、俺に合わせてくれているのだろう。

 何事かと、サバンナに広がる樹林のそこかしこで動物の群れが俺たちを見る。その様子に俺は違和感が。


「ファラレルの森の、どこら辺が、腐ってるって!?」

 見たところ、腐っているとは思えない。青々とした枝葉は勢いがあり、空の青さと相まって生命が光り輝いているようだ。


「集落近くのごく一部です!」

 ごく一部か! なら良かった!

 しかし一部でも、このサバンナが腐るとは。

 さらに毒ガス!

 何が起きている?

 考えながらも小川を飛び越え、泉を飛び越える。ここらの泉が小川となり湖沼地帯へと流れるのか!?


「戦士様! 本当に助けに来てくれて良かったんですか!? 御用事は!?」

「ああ! こちらのっ、心配はっ、無用だっ」

 まずは毒で倒れた方の治療が先だ!

 二十人も、見捨てては行けない!

 俺が偶然通りかかったのは、聖霊の導きによるものかもしれん!


「湖にはっ、すぐにっ、戻れるっ!」

 青石の怪異捜査より他を優先する罪悪感に「すぐに終わる治療だ!」と「実験室に霊従者を分離して調査続行中だ!」と無理矢理言い聞かせる!

 子供たちを助けられなかった分!

 誰かを助けてやりたい!

 それが自己満足だとしても!

 萌える草原を走る俺たちに、何事かと見る動物の群れ。


「沢山っ、動物がっ、いるなっ」

「はい! いつもはもっと北にいる時期なので、これほどいるのは珍しいですが!」

 本来は、もっと北にいるらしい!

 森が腐って南下したのか?

 奥まで見渡すと、遠くで立派な角の生えたディア(鹿)の群れがいたり、大きな体のヌーの群れが移動しているのが分かる。凄い大群だ! でもこの大群の草食動物を支えるに十分すぎるほどの、いや草食動物が少ないと感じるほどの、広大なサバンナだ! リートシュタイン山系がなかったら、方向感覚をなくすぞ!?

 草食獣たちを見ながらさらに数キロ走ると、樹木が普通より開けている場所があって、テントのようなものが見える。ああ、ゲルだ! 遊牧民の移動用住居!


「あそこです!」

 ゲルは三つくらいだが、今まさに作っている最中のものがたくさんある! おそらく、毒ガスが発生した場所から運べるゲルだけ持ってきたんだろう。

 ふうっ! 二十キロ以上あったぞ、たぶん! 全然違うじゃないか!

 と、こちらに気づいた者たちがいた!


「「テルメルク!?」」

「みんなああ! 魔法を使える人を連れて来たよおおお!」

「「おお!」」

「「でかした! 湖妖精ニンフか!?」」

 数人のケンタウロスの大人たちが慌ててやって来た。おお、やはりデカいな。久しぶりに俺と目線が合う。

 ケンタウロスの男性は上半身に半袖の服を着ている。顔や二の腕には刺青が入っていて、髪の毛は黒髪が多いんだな。男性でも髪が長い。

 と一人のケンタウロスが俺を見て叫んだ。


「なっ! もしや人間かっ!?」

「「何っ!?」」

 途端に緊張が走る。

 ううむ、どうするかな。筋骨隆々なケンタウロスの男たちは俺の周りを取り囲む。八名ほどだ。筋肉と馬体の大きさが圧迫感を与え、物々しい雰囲気だ。


「だ、大丈夫だよ! 溺れて倒れていた僕を魔法で助けてくれたんだ!」

「本当か!?」

 疑いの目が俺を射す。


「嘘だったら、僕はもう死んでるよ!」

「ううむ、確かに……」

 俺は胸に手を当てて頭を垂れる。


「旅の神殿騎士で、コークリットと申します。不可解な事件を追って、大河を遡っていました」

「神殿……?」「不可解な事件?」

「冒険商人ではないな?」「ファーヴルでも」

 口々に言うケンタウロスたち。と……


「ほう! 神殿騎士殿か!」

 奥から老人の声がした。

 若者たちが振り返えると、白髪に白髭のおじいさんケンタウロスがヨタヨタ歩いて来た。おお、下半身の馬の胴体は肋が浮いてて年齢を感じさせる。


「長老、ご存じで?」

「うむ! わしのじい様が神殿騎士殿と共に、竜と戦ったと、誇らしげに話してくれたわ!」

「「何と!」」

 そうなんだ。神殿騎士のどなただろう? おじいさんのじい様というと、百年以上前か?


「人間とはいえ、神殿騎士殿は頼っていいとじい様が話しておった」

「「そうなのですか……?」」

 と皆が俺を見る。ふう、良かった。歴代の神殿騎士に感謝だなあ。


「神殿騎士殿、長老のガルダルクと申します。お助け願っても?」

「勿論です。助けに来ました。毒に侵されて、と聞きましたが」

「そうです。ではこちらで……」

 俺は集落へと入っていった。



 ◇◇◇◇◇



 集落に入ると、男たちが慌てながらゲルを建てている。

 その男たちは俺に気づくと「に、人間!?」と警戒して殺気立つ。むう、法王庁の闘技場に来たような殺気だ。毒ガスで気が立っているのもあるようだ。


「気にするでない、ゲルを建てるんじゃ」

 という長老の後を歩くと集落の先の方で、馬人だかりができていて。凄いな、馬ボディーの圧迫感。主に男性ケンタウロスが落ち着きなくウロウロして。男はどの種族でもこんな時はこうなのかもな。


「頑張れ!」「毒消しの薬草はエルフから買ったろ!?」「飲ませてあるから小康状態だ!」

 そんなケンタウロスの元に長老が。


「ほれ、どかんか! 神殿騎士殿がおみえじゃ!」

「「神殿騎士!?」」

 右往左往するケンタウロスたちが俺を見てやはり「人間!?」と警戒する。

 しかし長老はお構い無しに人波を分け入る。とその先には十数名のケンタウロスが草原の上で寝かされていて。そして数人の女性ケンタウロスが横たわるケンタウロスの汗を拭いている。

 ああ苦しそうな息のケンタウロスたち。

 よく頑張った! もう大丈夫だ!

 一人の女性が俺に気がついた。


「長老、そちらの方は……?」

「安心せい。毒消しの魔法を使える神殿騎士殿が来てくれたぞ」

「「ああ! 魔法を!」」

 看病中の女性たちは期待と安堵の目で俺を見る。

 ああ、女性たちは特に俺を警戒していないようだ。苦しむ人々の前では、そんなもの無意味だと分かっているからだろう。


「容態を診せてくださいますか」

「はい! お願いします!」

 俺はまず子供の横に座って容態を診る。


「高熱と身体中に青い斑点。血を吐いたという症状。何の毒かは分からないが、ガスによるものか。よく頑張った!」

 ケンタウロスを始めとした獣人は、人の体と獣の体に心臓や肺など、主要な臓器をそれぞれ持っている。それゆえ、どちらかがやられてもどちらかが機能していれば生きていられる。ゆえにかなりの生命力を持っていると言える。

 診る限り、両方ともやられているようだが、二つの体の臓器を少しずつ分担して使っているから辛うじて生命を維持できているようだ。毒消しの薬草を飲ませたと言っていたからそれも効いたのだろう。


「どうでしょう? 治りますか?」

「大丈夫だと思います。では魔法を」 左手をかざす「『 毒消去 』」

 と俺の手のひらの前に光る魔方陣が出現し、すぐに消えるとケンタウロスの子供を黄金色の光が包み込む。


「「おおおお!?」」

 集まった皆がどよめく。光が子供の身体に吸い込まれると、斑点はなくなり、途端に荒い息も穏やかになった。


「ううーん……」

 子供が目を覚ます。早いな。

 と俺を見て「え、どうしたの!?」と驚いて……ヨシ! OK!


「「おお! セルデルク!」」

「「な、治った! 皆、治ったぞ!」」

「「本当か!」」

 集落全体にその声が広がる。ドドドドドッという地響きが近づくのが分かる。うおお、凄いな! 物凄い数の馬が走り回ってる感じ!


「ではこの調子で治して行きます」

「「お願いします!」」

 さあ、片っ端から魔法をかけて、助けるぞ!



 ◇◇◇◇◇



「助かりました、神殿騎士殿!」

 長老に差し出された温かい山羊のミルク茶を頂く。濃くて美味い! ケンタウロスの飲み物なんて、滅多に味わえないぞ。故郷に帰れたら、兄弟姉妹たちに話してやろう。

 一際大きなゲルの中に、俺は長老と集落の主だった面々と思われるケンタウロス五名と、向かい合って座っている。

 ゲルの外からワイワイ喜びの声が。嬉しいな。

 どうやらケンタウロスの生活には机とか椅子はないようだ。まあ椅子はいらないよな。また馬の胴体がある分、座高が高い。俺はやや見上げている。

 と、四十代と見られる壮年のケンタウロスが頭を下げた。


「ありがとうございます。私の子を助けていただき。さらにはテルメルクまで」

 ああ、良い笑顔だ。これは嬉しい。胸がスゥッと晴れやかになる。


「お役に立てて嬉しいです」

 助けられて、役に立てて本当に良かった。

 ここ数日、助けられない小さな命たちがたくさんあったから……

 助けられて良かった……


「うーむ。人間は恐ろしい生き物だと聞いていたのですがな」

「そうですね、そういう面もあります」 俺は視線を落とした「人間にも色々な考えや想いの者がいます。多くの場合は、残念ながら自己の利益を考え他者を排斥しがちではありますが……」

「なるほど」

 そう、ダロス大陸沿岸部の肥沃な平原を自分たちのものとし、多くの獣人や妖精を排斥していったのはそういう人間たちだ。

 でも俺自身、そういう人間を悪くは言えない。


 なぜならば、その人たちのお陰で人間社会は繁栄し、孤児であった俺も生きてここまでこれたからだ。

 利益だけ享受しておきながら、その人たちを責めることはできない。俺も同じだ。

 だからこそ、罪滅ぼしというわけではないが、様々な人間がいると知ってもらう必要があると思う。長年植え付けられた噂による先入観も「違う人間もいる」という噂が伝われば、数年後、数十年後には手を結びあえる状況になるかもしれない。


「しかし恐ろしい」 長老が頭を振る。「たまたま神殿騎士殿が大河を遡ってくれていたから良かったが、それがなかったら死んでいたかもしれないのう」

「本当ですね」 と若いケンタウロス。「一体、何用でこんなところへ?」

「そうでした。実はある怪異の痕跡を追って大河を遡っているのですが」

 俺は追っている怪異の話をかいつまんで説明した。


「「何と……そんなことが」」

「はい。ケンタウロスの方で『 眠ったまま行方不明になる 』という方はおられますか?」

「いえ、誰も。人間の村でそんな奇妙な出来事が?」

「はい。この集落以外でもありませんか?」

「はい、まったく……大河が関係あるのですか?」

「はい。どうやら魚を食べるとそれが起こるようなのです」

「魚か……湖沼に流れ込む川は近くにあるが、我らは魚を食さないからの」

 なるほど。ケンタウロスは肉と芋類を食べるらしい。


「湖沼に流れ込む川があるならば、念のためその川の魚や貝を調べさせていただきたいのですが」

「もちろん構いませんぞ」

 そう、ここらの川魚や貝に青い粒子状の砂がないなら、この川の上流などは無関係ということになる。

 と俺は念のため青い石を集まった皆に見てもらうことにした。


「これが原因になるようなのですが、何か心当たりなどありますでしょうか? もともとは青い粒子状の砂状態であるんですが」

「「何じゃこら……」」

「「宝石?」」

「「青い粒子状の砂?」」

 口々に言い合うがやはり分からないそうだ。


「どこかの川で土砂崩れがあった、なども心当たりはありませんか?」

「ううーむ。周遊する際に幾つも川を越えますが、その付近では見たことはありませんのう。しかし川は奥に長いですからな」

「青い石がある鉱脈を見たことはないでしょうか?」

「鉱脈か……山や谷の方にあると思うが、わしらは平らな森しか行かぬからのう」

「なるほど。では砂漠などはどうですか? 大陸の南側には砂漠地帯があって黄砂という砂の雨が降ります」

「砂漠地帯はないのう」

 ふむ。彼らの周遊するところには存在しなさそうだ。


「念のため、他のケンタウロスの皆さんにもそれとなく情報共有をお願いできますか?」

「もちろんですじゃ」

「青砂によって意識を失いつつあった子供たちの話では、『 夢を見ていて、とても綺麗な場所で心を惹かれた 』と言っていたので、例えば剥き出しの鉱脈や青く輝く砂漠などの可能性があります」

「なるほど」

「待てよ……」

 俺は鉱脈や砂漠と、ケンタウロスが被害を受けた毒ガスについて、大きいながらも共通点を思い付いた。


「毒ガスの発生は、主に大地からでしょう。そして私が追う青い砂はどこかの鉱脈、あるいは土砂崩れ、砂漠など、いずれにせよ『 大地 』が関係しています。毒ガスの発生箇所を調べてみようと思うのですが」

「「え!?」」

 予想外だったのか皆が驚きの目で俺を見た。

 考えすぎかな? でも俺が青い砂を追って大河を遡っている最中に、偶然毒ガスが発生するなんて、そんなことあるか?


「よ、よろしいのですか?」 長老が言う。

「もちろんです」

「危険では?」

「大丈夫です。まずはこの場から魔法で見ることができますので」

「「おお! 魔法で!」」

「では。お願いします。もう何とお礼を言って良いやら」と長老。

「お気になさらず」

 俺は早速、千里眼を呼び出す。

 とりあえず二つでいいな。ゲルから飛び出すと、毒ガスが発生したという北西の方向に一つ飛ばす。もう一つは天へと飛ばす。

 上空の千里眼でグルリと見渡すと、若草色の草原の中に沢山の傘を開いたような樹木が広がっている。傘と傘の間が空いているので、まばらな印象を受けるな。こんな森もあるんだなあ。

 樹木の合間を走る動物の群れが見えるし、細い川がいくつも流れていて、まるで人の血管のようにみえる。はあ、遠く彼方には霞ながらも左右にどこまでも続く白い山脈が……はぁ、何て絶景だ。

 と北西十キロほど先におかしな場所があった。緑色の絨毯のような草原と樹木の一画が……


「あれ!?」

「「何ですかっ!?」」

 遠くからでもわかる! サバンナの一画に、『 円形の穴 』が開いている!


「「円形の穴!?」」

 円の大きさは直径二~三十メートルくらいか? そんなに大きくはない、穴。

 穴?

 いや違う! 穴に見えるけれど、そうじゃない。


「樹木が枯れて穴のように見えますね」

「そこですじゃ!」

 見るからにやばそう。そこからは噴煙のようなものがわいているな……

 俺は今日に至るまでの経緯を聞いてみた。


「そうですな。あの場所は川向うでしたのであまり行かない土地だったのです。ただ、二週間ほど前から動物たちが慌ただしく移動していたので、なんだろうとは思っていました」

 二週間前には異変があった可能性か……

 と俺は、上空から気づいたものがあった。


「おや……?」

「「何ですか!?」」

 さらに北西にも同じような茶色い穴が、サバンナに空いている。距離は手前の枯れた部分から数キロか……


「んん?」

「「何ですかっ!?」」

 この茶色い円が他にも点々とある。

 まるで足跡みたいだ。

 移動している……ということか?


「「ええっ!? 移動している!?」」

 俺はとりあえず手前の茶色い草原樹林へと千里眼を飛ばす。

 上から見ると、葉が枯れ落ちて枝だけになっている。幹もボロボロだ。その枝だけの樹林から狼煙のような噴煙が出ている。

 もう一方、サバンナの内部を通っていく千里眼からの映像は、空気が淀んでいて見通しが聞かず、下草が枯れて大地がむき出しになっている。

 ひどいな。

 上と横から近づいていくと……


「あれは……」

「「あれはっ!?」」

「沼がある」

「「沼!?」」

 沼だ……

 平らな大地に泥沼ができて、そこから噴煙が立ち上っている……

 気泡がボコッボコッと出る沼が……

 これが毒ガスの原因だろうが。

 なんだこれは?



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